注文は決まっている。気まぐれでやり方を崩す気はない。いつでも必要、不必要は明確に分けられていて、くっきりと境界線が浮いていた。
まあその時は、少しばかり様子がおかしかった。中も外もみすぼらしく、全然まったく手入れのされていない様子や出迎えた女の服装。朝だろうが夜だろうがあれだけ地味でぱっとしない格好も無い。化粧すらしていなかった。
随分印象の薄い女だった。
小さく痩せていて、女が必ずやる品定めをするような目つきもせず、ただ眠そうに目を擦りながらもたもたと、薄い声を出した。愛想のかけらもなく、かと言って冷たいとは違う。いつも「そこでとびきりの女を用意してやる」と言っては、派手な顔立ちか豊満な胸を持つけばけばしい女を寄越す奴の仕事にしては、お粗末だった。
特に文句を言う気も起きなかったのは、その女が気に入らないわけでもなかったから。
別にとびきりでなくていい。家具のような女が良かった。どうせ仕事は短い期間だけだし、感情は邪魔だった。とびきりの女というのはプライドもとびきりで、厄介なことになりかねなかった。結果死体が一つ増えたこともあった訳で。
女が必要なのは仕事の後だけだった。それ以外は邪魔だ。大抵、数日は大人しくしているが慣れてくれば奴らは好奇心に負ける。うるさい追求や探りにはうんざりしていた。その点、今回の女は異常なほどわきまえていて、むしろ構わなかった。他に仕事があるようだった。聞けば、薬を売っていると言う。メシは美味かった。十分だ。

仕事は簡単だった。元々失敗する筈の無いシンプルな仕事。
火種に5人、縊り殺した後、やはり女が欲しくなった。一気に片をつけたくなるところを、抑えるための女。役割を分かっているのか居ないのか、妙な顔をした。
今考えれば当たり前なのだが。
女は女とも、男とも判断つきかねる男だった。





「まだいたの」
顔をあわせるなり吐き捨てる。小作りな顔が歪んだ。
最近はこれが毎日の日課になっている。嫌そうに言う割、無理に出て行かせようとはしない。元々友人の家だと言っていた。
「それは?」
「薬」
「いつもと違うな」
「俺が作るのはいかがわしいものだけじゃない。売るのがそれだけってだけでね」
料理はするが片付けは苦手のようで、小さな部屋は酷い事になっている。
他人の家と意識する事が最後の砦だと冗談交じりに言う。その部屋以外は一応掃除の手を入れているようだ。
「あんたは薬を欲しがらないね」
「趣味じゃねえ」
「言ったろ?麻薬とは違うんだよ。そんな物騒なものじゃないし、今のところおかしくなった話も聞いてない。あんただったらタダであげるのになあ………」
「おい」
ぴく、と指先が跳ねた。
「いいだろ。やろうぜ。血ィ出すようなヘマしねぇよ。気持ち良いぜ?」
「あんたに会ったって事が既に俺にとってはヘマなんだ」
ストレートな誘い文句をすれば、女は怒るか、喜ぶ。どちらも嫌がりはしない。好奇心を覗かせて行動を待つ。しかし、こいつは溺れて海水をたらふく飲んだ時みたいな顔をした。
「言うねぇ…」
こうまで頑なに嫌がられるのは面白い。
拒まれているとは感じなかった。手を出しても、静かに過ぎるのを待つ。徹底的常に受け身の態度は、世の中の弱者代表。
しかし苛つきはしない。
「吐くぞ」
舌を入れるキスの後、奴は唐突に呟いた。
「次、アレを、俺ン中入れたら、確実に吐く自信がある」
「案外イイかもな」
「………う、やっぱ今吐きそう」
ゲエエ、と本当に身を折ってやりだしたのは嫌味なのか本気なのか区別が付かない。


2006.6.27 up


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