ミイスはディンガル東方辺境にある極々小さな村である。
 破壊神ウルグ復活の鍵となる神器を封じ守る神官の一族を中心に、村人の数は少ない。村の存在は半ば伝説となっているし、辺鄙な場所にあるので外からの行き来も殆ど無い。
 近親婚が繰り返されたからなのか、はたまた山奥過ぎて水と空気が美味しいからなのか――
 ミイス村は美男美女の産地だった。



「……はぁ」
 酒場のテーブルに肘をつき、ほおづえをついてため息をつく。
 その視線はうっとりと夢見がちで、酒に酔ったように頬が赤い。
 此処はドワーフの国である。地下にトンネルを掘って暮らすドワーフ達はとても器用だ。細工や鍛冶に特化した彼等は、人間とは違う関わり方をしている。国と国の関係もまた特殊だ。
 諸国がキナ臭くなっている中、此処だけはずっと変わらない。小柄で横に広い樽のような体型のドワーフ達がウロウロしていた。
 髪と髭が一体となり、見るからにモジャモジャしている。
「はぁぁ」
「…うっとおしいぞ、お前」
 隣りでハアハアされると、とっても居心地が悪い。
 セラは不機嫌に傍らの少女を睨んだ。手に持ったグラスには、ドワーフ達が好むビールが半分も残っている。エグ味が強く、苦手な部類の酒だ。
「天国だな……もうあと一週間は此処にいようっと…」
「なんだと?!」
「いっそ永住したい…」
 うふふふふ、ぐふふふふと不気味な笑い声を上げている少女は先程から一人のドワーフに視線が釘付けだった。
 カウンター席でビールの何倍もあけている、立派な鎧姿のドワーフである。
 立派なのは鎧だけではなく、モジャモジャも、体つきもなにもかも立派だった。
「明日には此処を発つぞ。仕事が押している」
「待って!大切な用事があるんだから!」
「何」
「明後日には『月刊ドワーフ』の最新号が出るんだよ!」
「だから何だーーーー!!!」
 『月刊ドワーフ』。少女が愛読している定期雑誌である。
 ドワーフの、ドワーフによる、ドワーフの為の雑誌。後は人間のマニア向け。
「はぁぁ…」

 そのマニアが、目の前でため息を連発している。

 セラはうんざりして天井を仰いだ。ごつごつした鍾乳石が陰気な酒場になってしまわないのは、ドワーフ達の豪快な笑い声、愉快な話し方のせいかもしれない。
「お前、変だぞ」
 セラはじとう、と傍らの少女を睨み付けた。
 細く尖った顎、頬を縁取る絹糸のような髪。
 剣を使う割にはすべらかな手。すらりと伸びた長い足。
 容姿だけならあのミイス村出身だけあって、上。
 しかし美しいものが美しいものを好むとは限らないらしい。

 少女は立派なドワーフフェチだった。理想の夫はドワーフだと常日頃から公言しているくらいである。
 元々、それは幼少時の体験に基づいた価値観なのだと本人は説明した。
 あまりにも筋道が立っていて、セラは背筋がゾクゾクしたものだ。ドワーフへの偏執的な愛を語る少女の目はキラキラと輝いていた。危ないほどに。
 彼女が語るところによれば、幼少期村を訪ねてきた「どわーふのおじさん」が初恋の人…否、ドワーフだったそうである。
 神殿の修理に訪れた、父と旧知のドワーフは一週間程家に滞在し、幼い少女へ「ドワーフは良いもの、かっこいいもの」という認識を植え付けていった。
 何しろかっこよくて優しくて、理想のドワーフだったそうだ。
 よくわからんが。
 初恋が姉、のセラは無論その事を公言したりはしなかったが、とりあえず俺の相手は人間だったぞ、という意見を言ってみた。
 退屈な人生だね、という答えが返ってきた。
 ――大きなお世話だ。

「あの人も素敵だったけど、あのカウンターの人もいいなあ……可愛いなあ……」
「可愛い?!」
 信じがたい言葉を聞いたセラが目を剥く。少女は構わずフェチ魂を語り始めた。
「あの立派な髭……太い胴回りに短い足!」
「……」
「どこからどうみても完璧じゃない?惚れるわぁ……」
「…付き合いきれん」
 勘定を席に置いたまま、セラは酒場を出た。
 戸口を潜るときチラリと後を見たが、少女はまだウットリした視線でカウンターのドワーフを眺め回していた。救いようがない。





「おはよう!」
 翌朝、宿屋の入り口で、例のドワーフの肩を抱いたリーダーを見たセラは卒倒しかけた。
 かろうじて、クールキャラのプライドにかけて取り乱したりはしなかったが、その強張った顔つきで全ての意志は伝わったようだ。
「彼、デルガドさん!今日から仲間!」
 少女はドワーフの頭上で「ナンパ大成功」と口だけで言っている。
 陽気な(ドワーフは大体陽気で気のいい連中である)ドワーフは「よろしくな、若いの!」と明るい挨拶をしたが、セラは頷くので精一杯であった。