遊びでも、本気でも。
 様々な女を口説いてきたが、これほどまでも即行かつ明快な理由でフラれたのは初めてだった。
 ゼネテスは酒場のカウンター席で薫り高いお茶を飲んでいる少女を見つめる。すんなりと伸びた手足、日に透ける細い髪をばっさり切って、すうと伸びた背筋。白い項。
 容姿に恵まれた女にありがちな自信過剰もあけすけさも無い。勿論、本気で口説く訳は無い。社交辞令のようなものである。
 それでも直ぐに「ごめんなさい」と言われた時は、ガクリと来たし理由も知りたかった。
 少なくともそれまでは積極的に懐いていると感じていた分。
「ごめんなさい、私4等身以上の人って興味が持てないんで」

 4等身。

 一瞬何を言われたのか分からなかったが、彼女が手に持っていた雑誌を見て納得した。『月刊ドワーフ』……全てのドワーフマニアな人の為の一冊である。
「好きなのか?」
「うん」
 なんのてらいもなく。
 断言した彼女はお茶を片手に雑誌を開き、直ぐに自分の世界に引っ込んでしまった。隣の男が雑誌の内容にギョッとしても、マスターが「コフン!」と咳き払いをしてもおかまいなしである。
「そうかあ。それじゃあなあ…」
 ゼネテスの苦笑とぼやきに、少女は素早く顔を上げた。
 そしてキョロキョロと辺りを見渡し、心なしか小声でコソコソ喋る。
「私、悩んでるんです」
「悩み?俺に話していいもんか?」
「ゼネテスさんは冒険者歴も長いし、色々人生経験踏んでそうだから」
「ははは。まあ、なあ」
 役に立つかどうかは分からないぜと断ると、なんでもいいと返ってきた。なんでもいいねえ…



 彼女の悩みは単純だった。
 通常、ドワーフの男を魅力的と感じる女が少ないように、人間の女を魅力的と感じるドワーフもまた少ない。
 勿論彼等の美醜の感覚は優れている。美人を見て「美しい」と称賛する気持ちはあるのだが。
 これがカノジョとなると別である。
 まず、笑われる、と少女はガックリ肩を落とした。

「こんな年寄りからかうもんじゃないとか」
「ああ…」
「ありがとうわしもおまえさんが好きじゃよ、ナデナデ、とか」
「うーん…」
「……こんな痩せっぽっちじゃナニする気もおきんわいとか」
「ぶっ」

 最後の一つはボソボソとした低音だった。どうやらいたく傷ついたらしい。
 薄暗い顔をした少女は、縋るような目でゼネテスを見つめた。
 真実を知る前なら、多少なりとも感じるものがあったろう美少女の眼差しも今では切羽詰まったマニア心の叫びにしか思えず、背をヒヤリと汗が伝った。

「食べても太らない体質なんです」
「なるほどねえ」
「身長だってどうにもならない。伸びちゃったんだから」
「まあなあ」
「……言わないでください。自分でも分かってるんで」
「……」
 ドワーフの女に勝るバストを人間の女が手に入れたら、化け物だと思う。
 ゼネテスはあえて口にしなかったが、同情を込めた目線を返してやった。確かに標準よりやや小ぶりのようだ……うむ、あまり見ないようにしよう。