早朝の太陽が徐々に上っていき、空気が暖まってきた頃ようやく小さな村に着いた。
 トウモロコシ畑を目指して一度は国道へ出た。歩きやすさの為だったが、万が一連中が見張っていないとも限らない。結局はまた下へ戻る。
 農夫がそんな離れた場所に畑を作るわけが無く、幾らもいかないうちに開けた場所へ出た。おんどりの声がこだまするのんびりとした入り口でまず一軒。離れた場所にもう二軒。
 全体では十数軒ほどの、本当に小さな小さな村だった。
 綿のシャツにジーンズの作業着姿、と絵に描いたような農夫がのんびりと歩いていた。 畑仕事の帰りらしく、丈夫な足をした農耕馬がかっぽかっぽその後をついていく。

 あまりの光景ののどかさに雲雀はめまいすら覚えたが、ぐったりとして意識を薄れさせているツナの状態は良くない。意を決して呼びかけると、農夫は飛び上がって驚いた。
「なんだあんたたちは? 山賊にでも襲われたのか」
「似たような物かな。事故にあってね」
「そちらさんは……おお、こりゃいかん」
 半分引きずられるようにしているツナの額に触れて、農夫は青い顔で村の奥へ走り出した。
 成る程、触ってみると相当に熱い。
 疲労、怪我、精神的ショック。理由や原因に心当たりはたくさんある。
 走って戻ってきた農夫が大声で自分たちを呼んだ。





「気が付いた?」
 ツナが目を開けると、窓からの光を背に雲雀が腕組みをして、椅子に座っていた。
 ベッドの感触。辺りを確認しようとしてめぐらした頭は鋭い痛みを訴え、全身にぼうとした倦怠感が漂っている。
 体調はあまりよくないようだ。
「ここは」
「村だよ」
「村……俺……何で」
 束の間状況に迷い、頭を抑えて一つ一つ拾う。そうだ、
「呆れたよ、電話も無いんだってさ。携帯はきかないし、町まではかなりあるんだ」
「車……は」
「一台だけ。しかも、買い出しに行ってまだ帰ってきてないらしいね」
「そう…です、か」
 喋るのもいちいちキツい。視界がにじんで不明瞭になる。熱っぽい瞼を数回動かすと、ようやく視点があった。
「なに」
「え…」
 指がすっと近づく。反射で目を瞑ると、目尻を伝って頬に触れた。
「泣いてる」
「あー…ちが、うんで、これ、は」
「もう黙って」
 ぶっきらぼうな言い方はいつもだ。これでも気遣ってくれている。
 お言葉に甘えて口を閉じ、身体の欲するままにまた眠りにつこうとしたツナの――
白い包帯の巻かれた腕を雲雀がむんずと掴む。
「いだだいだだいだい! いだいでずヒバリさんー!」
「ふーん…」
「うう…っ」
 涙目で軽く睨むと、するりとかわされそっぽをむかれた。のろのろと起きあがる。

「ずっと眠っててつまらなかったよ」
 ヒバリは若干機嫌良い声を出した。小さな村は退屈だったのだろうそれに、他人の質問にあれこれ進んで答えるタイプではないし、いつもの調子で無愛想に偉そうに命令したのではなかろうか。
 冷や汗をかきながら横のテーブルの水差しに触ると、それはふいっといなくなった。
「ヒバリさん…」
 遊ばれてるな。
 表情は変わらないが、キラキラした目で分かる。この人は自分で遊ぶのが好きだ。
「欲しい?」
「欲しいですよ喉渇きましたもん」
「どうしようかな」
 ひょい、ひょいと動く水差し。あっちこっちに飛んでツナの手を上手に擦り抜けていく。
「ヒバリさ………」
 げほっ、ごほっと咳き込んだのは喉が渇いていたせいでも、同情を引く仕草でもなかった。
 身体を捻った瞬間、走った激痛に息をつまらせたのだ。

 激しい咳を繰り返すツナの肩を押さえ、ヒバリは静かに押し倒して口を付けた。流れ込んでくる水に気管が落ち着き、咳が止まる。
「は…」
 最後にゆっくりと口を舐めていった舌がその唇にしまわれる。少しだけ勿体ぶった仕草に体温がカッと上がったが、
「うっ!」
 当然、怪我をして熱を出している身ではどうしようもない。なんという…
「なまごろし…」
「ふふ」
 思わず恨みがましく呟いた言葉を拾われ、笑われる。その口がまだ水を含む。
 恥ずかしさに俯くと覗き込まれ、もう一度唇が寄ってくる。
 いや、と避けた。
 本当はいやではない。
 追ってくるのを待って自分からあわせ、冷たいそれを貪った。喉奥へ流れていく水は甘く、きっとこれは酒並に俺の気分を浮つかせるのだと思えば、もっと飲んでいたい衝動にかられる。
 ゆっくりと寝台に押しつけられた。
「あの…ヒバリさん、傷は」
「君がうるさいからちゃんとした」
「あぁ良かった…」
 もういい。
 身体がどうなるかは分からない、けど、耐えられそうにない。とりあえず無事を祝おう、 二人ともちゃんと生きてる。十分。
 すっかりその気だった。
 堪えきれず自分から手を伸ばそうとしたその瞬間、部屋のドアががちゃりと開いて誰か入って来なければ。

 

 



「本当に助かりました。ありがとうございました」
 ひたすら恐縮して礼を言う。
 隣で殺気をガンガン出して臨戦態勢の雲雀を必至でおさえ、ギリギリの愛想笑いを浮かべる。なんたって恥ずかしい、しっかりばっちり見られてしまったからだ。
「目が覚めて良かった」
 幸い相手は偏見があるタイプではなかったらしく、一瞬その目に動揺を見せたものの、感じの良い笑みを浮かべた。
 丸首のセーターを着て穏やかな顔をした、村唯一の医師だそうだ。
「処置は適切だし、問題はないよ。ただ、まあ……当分は安静にしたまえ」
「そっそっそうですよね!」
 すみませんすみませんすみません。
 心の底から謝り続けるツナの隣では、ふてくされた雲雀がいらいらのあまり手の水差しをばっきゃんと砕いてしまった。