指定した時刻丁度に獄寺はやってきた。
 しかも一人で、丸腰で、両手をぶらぶらさせ――

 ……そう見えるだけ、なのだが。
 実際彼のふところその他にはどっさりとダイナマイトが入ってるし、くわえた煙草には火がついている。戦闘する意欲満々って印だ。
 まとめてふっとばしたら俺もふっとぶって事、分かっているのだろうか。
 その足が倉庫街の丁度真ん中、即席サーチライトの当てられた中央で止まる。ツナはそれを暗がりから見て、スウと息を吸い込んだ。
「"一人だろうな?"」
「見てわかんねーのか?」
「"両手を地面に置け"」
「おうよ。じゅ………」
 今十代目って言おうとしたね、獄寺くん。こら。
「俺の……ツレは無事なんだろうな」
「"ピンピンしてるぜ。それより"……ええと」
 くそう、暗がり過ぎてカンペが見えない。
「これなんて読むの?」
「"自分の心配をした方がいいんじゃないのか?"だ」
「"自分の心配をした方がいいんじゃないのか"……プッなにこれ」
「…あんたが言ったんだろうが。なるべくセオリー通りの悪役の台詞をと」
「ここまでベタだと思わなかったんだ。それに君、字が下手すぎる」
「それは悪かった」
「なにをごちゃごちゃ言ってやがる!」
 メガホン片手にもそもそやっていると、獄寺はきれていた。

 ほんとに短気だなあ。
 昔よりマシになったけど、それでも相当だよなあ。
 しかしこれ以上焦らして倉庫ごとふっとばされても困るのでツナはイタズラを止め、よっとかけ声をかけ窓をまたぎ、よろよろと着地した。
「悪い悪い……今出てくから!」
 拡声器越しの大音量で宣言すると、シーンと静まりかえった中をずかずかと歩く。
「おーい」
「じゅうだいめぇ――!!!!」
 獄寺は飼い主に呼ばれた犬の如くすっ飛んできてツナに飛びつくかと思いきや、スライディングから鮮やかに土下座を決めて見せた。
「申し訳ありません! 申し訳ありません! 申し訳ありません!」
「ちょっ、獄寺くん恥ずかしいからやめ」
「申し訳ありませんでしたァァッ!!」
 人目のあるところでこれをされると俺は本当に辛いんだ!
 勘弁してくれ止めてくれと願いながら後ろを振り返ると、思った通りの困惑顔で自作のカンペを持って歩いてきた男が、ものすごくしょっぱい顔をしていた。
 俺のせいじゃないぞ!
「……」
「……あの、これはですね」
「十代目申し訳ありませ」
「ちょっと黙ってて」
 獄寺くんは即、黙った。
 話がややっこしくなるから静かにしててくれるとありがたい。
 場を取り繕う笑みを浮かべると、それを見た彼はゆっくりと首を振った。
「十代目。ボンゴレの……」
「ああ、そっちか。 ウン、そうなんだ、俺がそのボンゴレってことで、だから色々安心してくれていい。君のことは。なにをされた訳でも」
 ……そうでもないか。
「…まあいいや。事故ってことにしてお互い悪い夢でも見たと思って忘れよう! ね。それで、獄寺くんいいニュースがあるんだけど」





 ひよわな人質がそれに収まらないと知った彼の驚きにつけ込んで、ここぞとばかり詐欺商売みたいにずらずら並べ立てた勧誘の言葉は我ながら上出来だったとツナは思う。
 あの能なし(失礼)と共倒れになるよりかは恩を売って契約した方が賢いと思わないかと、悪魔の如く囁き、これは――かなりの賭だったけど、彼に武器を返して部屋の前に立たせた。もちろん保険は忘れずに、背中にぴたりと銃口をあてての甘言だった訳だが。
 考える時間はそう必要なかったらしい。
「君達にして欲しいことはそう多くない。商売も、出来るならやりたくないね。うちはクスリはやらないんだ、そういう伝統」
 一月後、馴染んだ仕事場で対面した男は、今度は部下を引きつれたスーツ姿だった。
 正直あんまり似合ってない。
「物と物、情報と情報。取引は単純に行こう」
 側で苦虫を噛み潰したかのような顔で睨んでいる獄寺はこのさい無視し、細かな段取りを決めていく。しっちゃかめっちゃかにかき回した後始末を終え、ボンゴレから後任を据えて、今はもう獄寺の冤罪も晴れている。
 やはりいるべき人がこの場所にいないと落ち着かない。
 報復はこれから。
 今はじっくり刃を研いでいる真っ最中。
「あんたが入り用かどうかはわからんが――衛星誘導の狙撃ライフルからブラックホークまで都合はつく」
「それは頼もしいですね」
 成る程、そっち方面にパイプの太い人物だったか。
 戦争をする気は無いが、揃えておいて損はない。
 ライフルは某殺し屋様への誕生日プレゼントに、戦闘用ヘリは某教官様へ?
 物騒すぎるかな? 包装はどうしよう。巨大なリボンが必要になりそうだ。
「この訪問は非公式だけど、遠慮することはない。見るとこだけはいっぱいあるんで、楽しんでってくれ」
「ああ」
 立ち上がって握手、これも伝統。

「…?」
 手を離そうとしたが、離れない。
 代わりにぐいと引かれて体が半分持ち上がり、耳元で声がした。
 流麗な日本語だった。
「俺は忘れないことにしよう。今となっては一生に一度、奇跡のような体験だ」

 なんのことだと声に出す前に思い当たる。
 そーいやあったな、そんなこと。
「あはははは」
 せいぜい日本人らしく、笑ってごまかすことにした。





 なにもかもうまくいった。
 太すぎず細すぎず、ほどほどな繋ぎも出来たし、報告したらリボーンは(結局あいつは最初から最後まで影で見てにやにやしてただけ!)まあまあだな、と言った。しかし彼にして最上級の褒め言葉であろう。ツナの機嫌も上々だった。
 自分はこうして無事にいる。獄寺も。
 よかったねえと振り向いたツナだが、思わず顔が強張る。
「何がですか」
「はい?」
「忘れないって。奇跡のような体験って? 事故ってなんですか……つまり、悪い夢にして忘れたくなるような事ってのは」
 すっかり忘れていた。
 獄寺は超が付く地獄耳である。
 更に記憶力も異常によかったりする。
「十代目」
「ははははは」

 朗らかな笑いでうやむやにする?
 ――今現在できてないし。

 逆切れして怒鳴りつける。
 ――修羅場になる。それに理不尽。ダメ。

 なにもかも正直に話す?
 ――たった今出来たばかりのか細い糸を、獄寺が全力でぶっちぎりにかかるだろう。間違いなく。

「どうして逃げるんです」
 君が一睨みで俺を石に出来そうなほど怖い顔してるからだよ!

 じわじわと迫ってくる獄寺からじりじりと後退りながら、ツナはここから逃げる算段を必死で考えていた。