手入れと称して銃身をピカピカになるまで磨き上げる奴がいる。バカな奴だ。銃は飾っておく物ではない。本当に磨かなければならないのはすぐ煤だらけになる中身の方。ジャムって暴発、その他様々なアクシデントの起こる確率を極限まで下げる。でなければ俺の仕事は成り立たない―――それらは酷く―――

「聞いているのかこのやろう」
 暖かな日差しが降り注ぐ午後。
 天から差し込む光の下、猫のようにゴロゴロと転がる二人の男。
 少年は渋面を作り、わざとらしくドンと音を立ててバラしていた銃を置いた。
「繊細、だろ?ちゃんと聞いてるよ……ふわぁぁ」
「若いうちにンな眉間にシワばっか寄せてっと早く老けるぜ……あふ」
 本当に良い天気だった。
 暑くもなく寒くもなく、絶好の昼寝日よりである。
「しかしこの"エンガワ"ってのはマジでいいもんだなー」
「でしょー…わざわざ無理矢理くっつけて良かったですよー」
 ツナ自ら熱心に絵を描き現地の大工に「こんなの! こんなの!」と主張したにも関わらず、うまいぐあいにいかなかったのでこれはいよいよカンナとノコギリとカナヅチとハチマキを取り寄せねばならないかと危ぶんだが、幸い子飼いの貿易会社経由で案外あっさり日本からもってこられたので、後は大工が四苦八苦しながら取り付けてくれた。
「気持ちいーぜー…」
「ほんとですねー…」

 ツナと、兄弟子のディーノは午後いっぱいの時間を活用してのんびりとしていた。
 隣ではリボーンが顰め面をしてそれを睨んでいる。予定になかった事だからだ。
 彼は相変わらずツナの家庭教師であり、今日は久しぶりに授業をしてやるつもりなのである。
「オラ起きろ」
 ジャキンと鋼鉄の擦れ合う音をさせて、冷たく光る銃口を寝ぼけたアホ二人に向ける。
 途端彼等はいそいそと縁側の上で姿勢を正す。ツナは日本人らしく正座をした。
「な、なんだいリボーン?」
「おう、聞いてる、聞いてるからな」
「………」
 ジロリと睨め付けられて二人のソワソワは最高潮になった。
 今ではボスとして立派にやっており、普段はおおらかに構えているディーノでさえも、この少年の不機嫌を察すると平常心ではいられない。

 それらを眺め回し、リボーンは――とりあえず銃を下ろした。
 ふっと息を吐いたツナを一瞥。トレードマークの帽子を指で押し上げつつ、ピタピタとその頬を叩いた。
「……なによ」
「来月、ボンゴレ主催でパーティーがあることは知っているな?」
「獄寺くんがああでもねえこうでもねえって悩んでるやつだね」
「難しいもんじゃねえいわゆる身内の集まりだがな、テメエ」
「やっだなあリボーン幾ら俺だってちゃんとした服着て行」
「アホ」
 べしっ。
 ピタピタ続行中のまま、それがビンタになった。
「いでえ!」
「服じゃねえ。女だ。お前にそれが都合出来るのかってんだ」
「お……女? の人?」
 隣でああ、あーそうそうとしきりに納得しているディーノに、ツナは頬をさすりながらかなしげな視線を向ける。
「メンツの問題だよ。ボンゴレのボスってなると、生半可な女じゃダメだろ」
「うえぇ…」
 めんどい。
 ツナの顔はそれを一面に書き散らしたような表情になった。
「ディーノさんはどうしてるんですか……って、そうか…ハハ」
 モテモテで苦労も無いんでしょうねぇ。
 まあな、なんてさらっとした返事を期待していたツナに、ディーノは首を振って見せた。
「うんにゃ。俺もメンドーだから、そういうのはしばらくしてねえ」
「おお! 気が合いますねえ!」
「そうだな!」
「バカどもが」
 べしべしっ。
 ディーノもビンタをくらった。二人揃って不出来な弟子だとリボーンは嘆く。
「だからお前も呼んだんだ。俺が教えた事を綺麗サッパリ忘れてるんじゃねえかってな」
「いや、そんなこたーねーぞ」
「ほう」
 リボーンは顎をしゃくり、傲岸不遜に命令した。
「やってみろ」
「俺?!」
 そして少年の手がツナの癖毛を掴み、ずいとディーノの前に突き出す。
「忘れてねぇかテストしてやる。ついでに弟分に手本を見せてやれ。ほら一石二鳥だ」
 前半はディーノに、後半はツナに向けて、リボーンはさらりと言う。
「そんでもって、当日までにその腕にくっつけて歩く女の一人や二人や三人や十人連れてこい」
「一人で十分だろ!」
 ディーノは、師弟漫才を繰り広げているリボーンとツナを交互に眺めると、少し照れたような笑いを浮かべたが、軽く肩をすくめて向き直った。
「よし」
「えっ本気でやるんですか?!」
「笑うなよ、ツナ。俺も結構恥ずかしいんだぜ」
「わ、笑うっていうか……」
 爽やかな笑顔を浮かべるディーノに、普段なら安心するところ。
 しかしツナはなんだか嫌な予感を覚えていた。
「あのお手柔らかに……わっ」


 無理矢理引き倒されたのでツナは目を瞑って衝撃に備えたが、背は縁側の固い木にはぶつからずふわりと落ちる。
 広い手のひらに支えられたらしい。
 ほっとして視線を前に戻すと、真剣なディーノの目にぶつかった。
 いつもの陽気な彼ではなく、真面目な顔。それも、ビジネスライクな真面目さでなくどこか危うい感じがする。
「ツナ……」
 声が1オクターブ低い。
 ぶっへえと吹きそうになるのを必死で堪え耐える。
 笑いたいのではない。
 落ち着かない。
 なんかいたたまれないのだ!
(ちょっ、やばっ、なん、マズイですよこれは?!)
 勘弁してくださいとギブアップする寸前、とどめのようにその口が耳元に移動した。
「……いいか?」


 なにが――!!
 いつものツナなら元気良くツッコミを入れているところ。
 なのに声がでない。枯れたようにつっかかり、息だけであふあふ言ってしまう。
 頷く訳にもいかず、半分泣きそうになりながらびく、びくと震えていると、ディーノは躊躇いつつ口を寄せた。
「う…」
「しっ」
 逃げようにも、肩を押さえる手は強くてぴくりともしない。
 耳の後ろに触れている感触。
 まさかと思うが、其処までやらないですよねディーノさん?!
 ツナが問う前に答えは出た。ちゅ、と濡れた音がしてそのラインはいとも簡単に踏み越えられた事を知る。
 なにも、そこまで、徹底して、やらんでも。
 ってか俺は男です。男相手にこういう真似しても、や、それなのに、俺男なのに、なんでこんな。

 パニックを起こしたツナが喚き出す前、唇同士が触れる寸前で轟音が響き渡った。
「十分だ。腕は鈍ってねえみたいだな」
 リボーンは満足げにふんぞりかえって煙たなびく銃口を吹き、ウンウン頷く。
 ずるりとツナをディーノの下から引きずり出し、またも頬をべちべち叩いた。
 涙目で硬直しきったツナはその体勢のまましばらくじっとしていたが、やがてずるずると腕で這って
「……」
 リボーンの後ろに隠れてしまった。



 ディーノの容姿の良さは折り紙付きだ。
 余計なことをぺらぺら喋る必要はなく、その蜂蜜色の瞳ででじっと見つめ、囁き一つで女はハイと言うだろう。
 だが十倍努力しても到底たどり着けそうにない難関に、ツナの顔は引きつっていた。
「無理! 絶対無理! こればっかりは努力とかそんなんじゃない!」
「甘ったれるな根性無しが」
「そういう問題じゃないだろ…!」





 リボーンと一緒に過ごした期間はツナの方が長く、そのせいかやりとりは気安く親しげだ。
 押し倒した時の前屈みの体勢のまま肘をつき、ディーノはそれをぼんやり眺めていた。
「なあ」
「ひゃいっ?!」
 少年の影に隠れながら、びくびくと怯えた視線を寄越す。
 めでたくボンゴレ十代目となってから――いや、もっと前、知り合った時からも、そんな目をされた事はない。少なくとも、ディーノの記憶には無かった。
 軽いショックを隠しながらも、なるべくのんびりと、いつもの様子で笑いかける。
「どう?」
「……軽く最終兵器ですね」
「そんなもんかぁ? 俺自分じゃ分かんねえからさー」
「えー…あー……そう、です、か」
 ぎこちない動きで必死に目をそらそうとする。
 そのよそよそしさがなんだか癪に障って、ディーノは起きあがった。
 わたわたするシャツの袖を掴む。

 伺うような上目遣いがくる。
 少し気合いを入れて笑う。成る程、女とは違う。距離は狭まるどころか逆に開く。なにせツナは勘がいい。
 もうずっと、こんなことはしていない。
「もーちょっと先いっとく?」
「何処へ?!」
「勉強勉強」
「いやああああ結構ですー!!」
 心臓がもちませんとばかり、怯えて後退る手を掴んで握る。指の間に指を差し込み、腕を退いて口付けると見る間に顔が真っ赤になった。かわいい。面白い。かわいい。
「阿呆か」
 そろそろ背後の気配が、洒落にならないくらい冷たくなってきている。
 分かっていながら止める気はなく、震える指がやんわりと押し戻してくるのに興奮さえ覚え。
 ディーノの瞳が瞬き、悪戯っぽく光る。
 間近に迫るそれを見ていられずに、ツナはぎゅうと目を瞑った。