厳しい顔つきで入ってきたかつてのボス、そして今のボスは、ワニをかみ殺せそうなほど凶暴な眼差しで側近一同をじろりと睨め回した。
流石にあの服ではなく、生前(?)と同じような黒スーツにネクタイをし、まるで七五三のような有様となっているが本人は大まじめで、その小さな頭をきびきびと巡らす。
「10代目、揃いました」
「ご苦労」
獄寺が感極まった顔をして、口元を抑える。無理もない。
彼はこの一言を心の底からずっと待ち望んでいたのだ。
皆もまた一様に緊張に溢れた顔つきで、ボス再着任後早々の第一指令を待っていた。
「決まったか?」
そのなかで、のんびりとした口調で問う男はリボーンだった。
彼は一日置いてすぐダメージから復帰したツナを見直す気持ちで居た。昔のあいつならとことん地の果てまで逃げようとした筈だが、なかなかどうしてクソ度胸すわってやがる。
固唾をのんで結果を待つ面々の前で。
ツナは突然腰に手を当て仰け反った。
「ハッハッハッハ!アーハッハッハッハ!」
気でも狂ったか高々と笑い声を上げ、ふんぞり返って危うく後ろにひっくり返りそうになっている―――のを、付き添いのビアンキが支えてやった。
「ありがとう、ビアンキ」
ツナがにっこりと礼を言う。その顔は気のせいか若干青筋が立っている………
「決まった。ああ決まったさ!」
「それは感心な事だな」
「ふふふそうだよなリボーン。俺は決めた。勿論、今この状況でファミリーのために一番賢い選択をするつもりだそうだそれが俺の義務だからだ。ボスとしての勤め―――ボンゴレ万歳!」
「………ああ」
妙なハイテンションで演説をぶる。らしくない。
「お前の揃えてくだすった候補者の皆さんはすばらしいよ?マフィアとしての才能も仕事の能力も思考も地位も名誉も全て揃ってる一級の方々だ、けどなあ」
けどなあ。
「俺は、絶対、お前に勝ち逃げなんてさせてやらないからな」
なんか目が据わってる。
ひやりとした嫌な予感を、リボーンが背筋に感じたのはその時だ。彼にして鈍いと言わざるを得ない。
「俺ばっかり苦労して、お前ばっかり万々歳で済ませてやらーん!ファミリーのためとか関係なーい!俺は俺の為に俺の気が済むように復讐してやるって決めたんだ!つーわけでリボーン」
「は」
「お前を指名する」
「は?」
「お前はこれから俺のダンナとして跡継ぎ作成に協力し、分娩室で俺の手を握って出産に立ち会い、子供が生まれたら休日はデパートか遊園地巡りだ!!まず真っ先に子供に教え込んでやるぜ「おとーさん」!!「パパ」もいいな!「パパ、だっこー」ってなァハハハハハハッ!!!」
「………なんだと?」
「夫婦は等分に子供の面倒を見なけりゃあなあ!不公平だからな!お前は赤ん坊を背負って仕事に行くことになるかもなあ!ふははっ!いい気味だぜ、今はクールで冷徹な殺し屋のお前も、息子を連れて旅だのキャンプだの紙ヒコーキ作って飛ばしたりするんだ!20年後には娘の結婚式でダーダー泣く馬鹿オヤジになるかもしれない!いや、むしろそうしてやる!!」
「何人産むつもりだお前」
「お前への嫌がらせの為なら何人だって産んでやる」
ギリギリギリ。
鼻がくっつきそうな至近距離で睨む目は性別が変わったせいか、今までたまりにたまりまくっていた不満と反感なのか、やたら強気である。
威嚇するツナを、寸前で腰を捕まえ引き留めているのはビアンキだ。獄寺や山本、ヒバリでさえも彼女がリボーン命で愛に生きる女だというのは知っている、どうして大人しくしているのか―――嫉妬に怒り狂ってツナがポイズンクッキングの餌食にならないのか?不思議に思う。
皆の視線に気付いたツナはピラニアみたいな顔を止めて立ち上がり、まるっきり虎の威を借る狐の様子でニッコニコでビアンキの手を取った。
「そんなボンゴレ子宝作戦一家の大黒柱、ビアンキさんです」
「実は私の案なのよ、リボーン」
頬を赤らめ褒めて、と言う。まるっきりいつもの彼女だ。
「貴方の子供なら私愛せると思うの」
うぉえええええ?
「おかーさーん!」
ツナが変なハイテンションで叫び、ビアンキの腰に抱きついた。
「つまりこういうことよ。ツナが貴方の子供を産み、そして両方私のものに」
「なんでだよ!」
真っ先に弟の獄寺が疑問の声を上げた最もだ。しかし、それに答えたのはツナだった。
「俺はビアンキに忠誠を誓った…」
「一体いつ?!」
「きのうのよる」
「早っ!」
「ツナは私のもの。子供も私のもの。そしてリボーン、貴方も例外ではないわ」
「………」
有名なGの人の格言を適用したかのような、堂々とした宣言だった。
皆が固唾をのんで見守る中、リボーンは沈黙していた。
だがツナが勝ち誇っているようななんだか泣きそうなような微妙な顔を向けると、彼は深い溜息を吐いて帽子に手をあてる。
「………分かった分かった。ツナ、お前の勝ちだ」
「リボーン、やっぱり」
「ったく要らないところで頭使いやがって………何時分かった?」
「お前がする事に間違いは無いし、うっかりも漏れも無いよ。常に最善の策を、2手3手と用意するやつなんだからね」
この装置を見るのは2回目だ。
他の皆は初めてなのだろう。興味深げにあちこち見回して、そっとアクリルの表面を撫でる。
「すげぇ………」
ラボにあったのと同じ、中に水を浸した巨大なケース。暗い部屋で緑の蛍光ランプだけが光り、足下を照らしている。中は澱んだように暗く、見えない。
「点けるぞ」
パチリと照明のスイッチが入ると、皆一様に息をのんだ。
ケースの中に浸されているのは、確かに自分だった。
それも傷だらけで、顔も例外ではない。目の上からまっすぐ切り傷はあるし、首の部分に引きつれた線が入っている。
かなり満身創痍の、酷い有様だったが、その顔は穏やかで眠っているように静かだった。
「これ―――ほんとに中身入ってないの?」
「お前の頭ン中あるのは何なんだよ」
「や、そうだけど………まるで生きてるみたいじゃないか」
「細胞は生きている。体も代謝を続けている、ゆっくりと。だがここから出せば3分ほどで呼吸は止まり、後は腐って死んでいく。くれぐれも取り扱いには要注意、だ」
「うええ…」
「最も俺はどちらでもかまわんのだがな」
ツナの体を、リボーンは切った首も本体もすぐに蘇生処理を施し、保存していた。
そして今日まで。彼の自室で今、光があてられるまでずっとそのままあったのだ。
「………いつ移れる?」
「ラボに連絡すれば大喜びでやってくれるが、成功の確率は五分五分だろう。お前の粗末な脳味噌が2度の手術に耐えられるかって問題もある」
「それだって、いいんだよ―――この体だって長く持たないんだろ?」
「15年が耐久年数。まだまだ開発途中の技術だからな」
「成功すれば………」
「人間の腹ン中から生まれた方が、そりゃ丈夫さ。成功すれば寿命まで使える」
皆で喜び合って、とんだ騒動だったと肩を叩き合い、一人一人部屋を出て。
残ったツナは再び照明の消えた暗い部屋でケースの中を覗き込んでいた。リボーンは側の椅子に腰掛け、壁を見ていた。何もない壁を。
「なんでこんな所に置いたの?」
「………」
「こんな、俺の死体、なんて陰気なインテリア流行らないって」
コツン、と固いアクリルを叩く。
「戒めの為に」
大きなものなので中の液体は揺れない。水族館の水槽と同じ。
「結果どうであれ、間に合わなかった事は事実だろう」
「………別に。お前のせいじゃないのに」
「そうだな」
「そうだよ」
部屋は暗すぎた。顔まで見えないし、見るべきではないような気がした。
「それより、本当に戻る気か?繋がるかどうか分からんこのゴミに」
「ゴミって………俺の体なんだけど」
相変わらず酷い言いようだ。
確かに見た目はかなりボロいし酷いしさえないおっさんだしでサイアクだけど、と自分が落ち込むような事ばかり考える。
「まあ、失敗したらそれはそれでしょうがないからこっちでやってくよ」
しかしそれが長続きしないのがツナだ。すぐにけろりと言い切ってしまう。
「あっ………したらホントに跡継ぎ作んないとダメ?」
「好きにしろ。俺は何も言わないでおく」
「あはは」
暗い部屋から出て、外の空気を思いっきり吸う。
問題は全てクリアとは言えないが、それでも右も左も分からなかった最初よりはマシで。ちゃんとこれからやっていくだけの気力はあるのだから十分だ。
ヨシ!
黒いジャケットを脱ぎ捨てる。無意味に腕まくりをして、よっしゃやるぜぇー!と気合いを入れ、わっと走り出そうとしたツナは、
突然下腹部を襲った痛みに敷石をコロコロ転がりながら獄寺が開けて待って山本がハンドルを握っている車まで行ってしまった。
「10代目―――!?!」
「ツナ、どした」
「いだだだだだ!いだっ、いだいっ…」
生暖かい感触が足を伝って行き、地面にポタポタと落ちた血の赤に駆け寄る2人の顔が青ざめ、次に赤くなる。
「いた、いたた………」
呻いて転がるツナの元へ黒衣の殺し屋がやってきて、
「なにコレめっちゃ痛いんだけど………!」
現実を突き付けるまで後10秒。
ツナは今、蒼白な顔色でベッドに伏していた。
与えられた痛み止めのおかげでのたうち回るような激痛からは逃れられたが、触診触診と呪文を唱えながら手を伸ばしてくる変態医師からは逃れられず、部屋の天井に銃弾がめり込む事態となった―――生まれて初めて、貞操に危機を感じたからだ。
「生きてるか?」
「わかんない………」
昼過ぎに様子を見に来てくれたビアンキが地球の果てまで吹っ飛ぶような殺人水面蹴りで追っ払ってくれなければそのまま奪われていたかもしれない。
「男ってあんなに恐ろしい生き物なのか………」
「………」
コメントし辛ェよ。
リボーンはまたその1時間ほど後に来た。来て早々、頭まで布団を被ってシャマルの悪口を言っているツナに出会ったという訳だ。
「そんなに邪険にするもんでもねえだろう」
「嫌いじゃない!嫌いじゃないよ!でもあんな野獣にヤられるのは死んでもヤだ」
「野獣、ねえ」
お前も男だろ、という気持ちと、そもそもなんでアイツに診察を頼む、というのとないまぜになり、自然視線は咎めるようなものになる。
「お前、そんなんでよく俺の子を産むとか言えたな………ハッタリもいいところだ」
「ハッタリ?」
「クソ」
「あのなリボーン」
むくりと起きあがるツナの顔は寝起きで不細工で、オマケに寝癖がついていた。
「俺は半々ぐらいの気持ちで言った。もしなんならお前でいいやって思ったぞ?」
「………口説いてんのか?」
「違う違う。ほら、お前の子供だったらさ、そりゃ俺の遺伝子も入るからどうかは知んないけど………簡単に死にそうにないじゃん」
「ふん」
「こんな商売だしね。返り討ちにするぐらい根性と度胸と腕があった方が安心だなあ、って思ったんだ。それにお前は優秀な家庭教師だろー。案外パパに向いてるんじゃないかってさあ、はははーっ」
「試してみるか?」
気が付くとベッドの上に膝を乗り上げているリボーンが近かった。
「手術の目処も立ってねえ事だしな。産んでからって手もあるんだぜ」
「………冗談でしょ?」
「さあな」
ふっと重さが無くなる。いつの間にか広くなった背中が遠ざかる。
試してみるかなんて事を言えるぐらい相手は大人なのだそうなのだ。
本当に危ない男というのは、実は一番近くに居たのかもしれない。
「時間はたっぷりある」
「ん、な」
「攻め手に回った俺の腕は知ってるだろう?せいぜい頑張ってそのテーソーとやら、守ってみな」
「冗談だよなあ!!!?」
ひらりと手が翻る。バタンと扉が閉まる。
じょうだんかほんきかくべつつかないんだけどコワイー!!
一人部屋に残されたツナは、無言で布団を握りしめだらだらと冷や汗を流すのだった。
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