「職務怠慢だね」 結論は速やかに下された。あまりの早業にツナはあんぐりと口をあけ、立ち上がりかけた尻がまたすとんと落ちる。 まさか。 会って3秒で駄目出しか。 その男が市庁にやってきたのは、午後を過ぎた絶好のお昼寝タイムだった。 ツナはこの時間を何より楽しみにしており、疲れて胃が痛む仕事と安らげるんだか安らげないんだか、時折主の気まぐれで寝込むほど疲労する家(居候)を往復する潤い無き毎日の、一滴の幸せなのだ。 だがそれも、ボンゴレ市長に就任してより初めての監査で、ぶちこわしとなった。 監査官は初めて会う人で、並盛の時に担当官だった心優しいじいさまではなかった。 どっかの誰かさんのような全身黒ずくめに、常に殺気をまき散らしているような殺伐とした気配。 遠目に見たときは女優かモデルのようにスタイルが良く眉目秀麗でうっはあ超美人!と思ったがこれが全然気のせいで、オチつき。男だったのだ。 それが足で扉を蹴り開けカツカツと靴音を鳴らして近づいてきたので慌てて立ち上がろうと………したら、この厳しく容赦のないお言葉。 「君が10代目ボンゴレ市長沢田綱吉?」 「はっ、はいっ…」 「配置のミスかな?」 「多分、ってか絶対そうです!ええそりゃもー絵に描いたような凡夫と評判です!」 はいはいはーい! 手を挙げて無能力さをアピールするツナのデスク上に、ビシリ!とよくしなる棒鞭が振り下ろされた。 思わず後退ると、足をもつれさせて派手に転ぶ。 「だとしても、しばらくは移れないよ」 「ひゃい………」 「もう君に用はない。せいぜい仕事に励むがいいさ」 カッカッカッと軍隊並に整った足音を響かせ、嵐のように監査官は去っていった。 「あーこわかったなんだったのあの人」 監査が入るという知らせは届いていたが、もっとこう、数日かけて見回ったりとか………する筈なのに意味が分からない。 「………帰ろ」 市長の顔がそこそこ知られ始めてきたので、帰るときはコッソリ帰る。 今でも殆どの人間がツナは市庁内の市長専用プライベートルームに住んでいると思っているだろう。 しかし彼は手近な便所に滑り込み、コソコソと着替え始めた。といってもスーツの上から清掃員の青のだっさい作業服を着て帽子を目深にかぶり、がらがらと掃除用具の詰まったカートを押して出てくる。 全てあの処刑人、リボーンの指示だった。 リボーンは今まで通り仕事をする。 ツナは指示を出さないが、仕方のないことだと思っている。この都市は大きすぎ、まとまりがなく、人々の環境はそのそれぞれが天と地の差である。これを変える事は不可能に思えた。 それでも僅かずつ法の改定はしているし、習慣というか習性というか………公園の美化清掃も始めた。当面の目標は市民が安心して早朝のラジオ体操に出られるようになることで、勿論それにツナ自身は加われない。 朝が弱いからだ。 犬も着々と集まっている。 ツナの予想に反し、半ばアクシデント的に犬になった処刑人見習いの獄寺はよくやっていて、躾もきちんとしているようだ。 だが、たまに様子を見に行けばぞろりと揃った強面に頭を下げられるは、転びかければ殺到して支えようとするわ、ゴキを見て悲鳴を上げようものなら「沢田さんを守れテメエらァァァァ!」と獄寺の指示が飛び大騒ぎになるので(ハズカシー!)、あんまり会いたくなかった。 それにあいつ、さかるからだめだ。 「今日のメシはなんだろな~」 ツナは市庁に通っている地下鉄から作業服のまま車両に乗り、清掃作業をしているふりをして駅を待つ。5分ほど乗って下りればビルの立ち並ぶオフィス街から少しは人間が住む街らしい街に出、マンションはもうすぐそこだ。 人気のない郊外、都心、ほどほど、書く場所に部屋を確保しているリボーンだが、今のところ此処が最も良く利用する家だった。 「あいつ酷いけど、メシだけは美味いからなあ」 思い出すだけで思わず涎が垂れそうになる数々の料理。 リボーンは一流の処刑人でありながら、家事までも得意だった。あらゆることを万能にこなす、そのエプロン姿を最初見たときは笑いを堪えるのが大変で、というか失敗して、またえらくお仕置きをくらったが最近では―――見慣れるとこれが意外に似合っている。 一人っ子で市長としての教育を受け、日常生活に関しては甘やかされて育ったツナは自分で家事をするという概念がなく、まあこれだけ世話になるんだもん仕方ないかァという世の中をあきらめきった、舐めきった考えでもって処刑人と同居していた。 怖いもの知らずである。 「ただいまーっと…」 玄関口を開けると夕食のいい匂いがしている。 思わず嬉しくなり、靴を散らかして中に入ろうとすると、鋭い声が飛んだ。 「揃えて入ってこい!」 「はーい…」 感覚が鋭すぎて悪事ができないのが難点だ。 といっても、この空間でする悪事などせいぜいが靴を脱ぎ散らかすとか、服を脱ぎ散らかすとか、トイレを綺麗に使わなかったとかそういうものであるが。 それ以上は即死を意味する。 「………あれ?」 靴を揃えたツナは、見覚えのない一足を見つけて目を丸くした。 同居を初めてこの方、リボーンが自室に客を招くことは一度もなかった。 「おいリボーン、誰か来てるのか」 「おかえり」 台所を覗くと、包丁を持ってエプロン姿の長身の男が出迎える。 一瞬脳内がバーストするが、ツナの適応能力はずば抜けていた。 「今日の夕飯なに?」 なにごともなかったかのように会話再会。 そしてリビングにそのまま移動し、ラグとカウチを除けて中央にでーんと置かれたコタツに足を滑り込ませた。 「あーさむさむー」 このコタツはツナが並盛シティから取り寄せた愛用品である。 当然の如く最初はメタメタに罵られたが、設置して3日目にはしっかりこの部屋に根付いた素晴らしい道具である。 ツナは常々このコタツというものを人類史上最高の発明品と評してはばからない。 「ねえ、なあ」 むぎゅ。 コタツに足を突っ込んだツナは先に触れたやわらかい感触にぎょっとした。先客がいる。 「な………」 恐る恐る向こう側を覗き込んだ彼は、飛び上がる程驚いた。 肩まですっぽり入ってでーんと此方を見据えているその男は、先ほど市庁で別れたばかりの監査官だったのだ! 「うわあああああ!」 「煩い………大声を出すな………」 「ひっ、ひぃっ」 スタイリッシュな黒の制服も台無しだ。 なんとものんびりした動作で監査官は起きあがると、まじまじとツナの顔を見た。 「やあ」 「やあっていうか!やあっていうかー!」 「ヒバリだ。もう会っているな?なかなか話の分かる監査官でな………趣味も合う」 「ヒー!」 殺伐したお友達もあったものだ。 震えながら部屋を出ようとすると、鋭い視線がそれを止める。 言葉も無しにツナを凍り付かせたヒバリ、とやらは、眠そうに目を擦った。 「本当にこのボンクラ市長と暮らしてるのかい?」 「ボッ…ボンクラ……」 「そうだぞ。馬鹿だがまあ悪くはない」 「馬鹿………」 「君がそう言うならそれなりなんだろうけど、それにしてもねえ」 極めつけにじろじろと眺め回され、ツナは生きた心地がしなかった。 なんだろうか、このヒバリという監査官、普通の人間とは違う。どうも、対面しているだけで背筋が冷えるような感覚がする。 絶対逆らってはいけない人種だな……… リボーンは厳しく、酷いこともするが、優しいところもある。 ちょっとした甘えも気まぐれに許してくれる時があり、多分そういうのが女にももてるのだろうと思われる。 だがヒバリはその美しい容姿同様に冷たさも併せ持っており、こうしてただ2回あっただけで恐怖を、しかもとても強く感じた。 「あ、あの俺自分の部屋に戻りま」 「させないよ」 ぐっと腕を掴んで引かれ、コタツの脇に転がされる。 仰向けになったツナの上にヒバリは馬乗りにのしかかり、無表情に上着を脱いだ。 「わー!」 「煩いって言ってるだろ」 パンっと頬が鳴った。 叩かれたショックでツナが呆然としていると、ヒバリは笑った。完全な不意打ちに、思わず状況も忘れて見入ってしまうほど美しい笑みだ。 「あぁ………イイ顔するね。ちょっとは分かるかなあ」 「痛いんですけど………」 「うん。痛いように叩いたからね」 人を傷つけて悪びれもせずにいる。 信じられない気持ちでヒバリを見上げると、 ああ、まさか。 ツナはダッシュで逃げ出そうとしたが、当然の如く逃亡は失敗した。 「ひっ、ぎぃっ、ぁぐうっ」 バックの体勢で尻だけを高く上げさせられ、膝立ちのヒバリが背後からぐさぐさと突き刺す。 苦しさと快感にむせび泣くツナの背を、ヒバリの持った棒状の武器が伝う。冷たい。 棒鞭は監査官モードの時だけらしく、部屋の隅に鞄と放り出してあった。これは、彼が腕に仕込んでいたトンファーという打器だった。 「やあぁぁ―――ッ!」 ヒバリは乱暴にツナの後穴をそれで抉り、白く女のように優美な指で竿と玉をぎりぎりと握りつぶし、揉みしだき、痛みすれすれの快感と言葉で嬲って下準備をした後、恥辱に震える獲物を引き裂いたのだ。 彼はリボーンとはまったく違うタイプで、与えられる感覚がとにかく一方的。息もつけないまま翻弄され、滅茶苦茶にされて狂いそうになる。気持ちいいのか痛いのか分からない混沌とした意識の中で唯一、その鋭い視線だけが変わらず。 予想に反し傷つけられるほど暴力的ではなかったものの、紙一重という感じだ。なるべく逆らわないよう、促される事は全てやったがそれでも限度がある。 「―――疲れた」 突然律動を止め、ごろりとその場に横たわったヒバリは、内部を擦られるたびに身を竦めて唇を噛みしめるツナを下から眺めた。 「後は君がしろよ」 「そっ………ん、無責任な…」 「仕事帰りでぐったりだ」 「俺もなんですけどォォ!」 「やだ」 腕を組んでプイっと横を向く。その凶悪さとは裏腹に物言いがやたら可愛らしい。 ツナは脱力し、次ぎにその腹に手を着いてそろそろと身を起こす。仕方ない。 「も、これで終わり、してくださいよぉ………俺腹へっちゃってぇ…」 「アハハ。最中にそんなこと言われたの初めてだよ」 「俺も………こんなキツいのはちょっ………」 「頑張れ」 人ごとみたいに。 むっとしながら、身体を揺する。上下運動は体力の関係で無理なので、前後にだ。 滑る度快感が深まり、声が抑えられなくなる。 「ひっ、いっ、んっ、んんっ」 「んー、いい感じ」 上機嫌に笑う、その笑みだけは房事中とは思えないほどに綺麗だ。 「ああっ、はあっ」 ぞくん、とする。 口元が戦慄き、声が甲高くなる。ああやだやだ、恥ずかしいみっともないったら。 限界近く、股をきゅっと締めて全身を緊張させると、ヒバリの掠れた声がした。 「出すよっ……」 「あっあの中、に、いぃっ…わあっ…!」 答えを待たず、ヒバリが絶好のタイミングで下から腰を突き上げる。 たまらず精をほとばしらせたツナの中にも、同じように生暖かい飛沫が降りかかり、腸壁を満たす。 「あぁ………」 出ちゃったよー、夕飯前なのにー。 ツナがそんな事を考えていると、腹筋の力だけで起きあがりごろんと押し倒したヒバリが顔を覗き込んでいた。その口元は引き結ばれ、表情は真剣だ。 「つなよし…」 「あー、え、はいっ?」 「男は中で出しても赤ちゃんは出来ないんだからね」 「そう…ですね?」 意味が分からず目を白黒させたツナだったが、背後から聞こえてきた声にびくりとはねた。 「いくら馬鹿でもそれくらい知ってる。コイツは食い意地が張ってるからな、そっちの心配してるんだ」 コツンとゲンコで頭をつつかれ、振り返るとリボーンがさいばし片手に膝を着いていた。 「満足したか?ん?」 「腹へった………」 「な?」 「はあ…」 呆れたような顔をする2人を交互に見て、ツナはとりあえず――― 「へへ」 愛想笑いをした。 「へへじゃねえよ」 「笑う所じゃないでしょ」 途端両脇から腕が伸びてきた。さいばしは脇に置かれた。 足を割られる。ヒバリのトンファーがぐりぐりと射精後のだれた先端をいじり、また怪しげな雰囲気だ! 「ちょっと!俺腹へったって言ったでしょーが!」 「運動の後の食事はまた格別だよね」 「ほらツナ、いつもの方が馴染みがいいだろ?」 「ああ僕が出したのでぐちゃぐちゃ………床にたれてるなぁ」 「俺ので綺麗にしてやる」 「ギャーッ!」 結局夕食は遅くなり、疲弊したツナは美味そうにパクパクと食べていく涼しい顔の2人を睨み付けながらぶつぶつと口の中で悪態を付いていた。
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