「どうしてこんなことに………」

10代前半にして沢田綱吉は悟った。人生とは流れだ。川のように、流れは速くなったり束の間の平和を与えてくれたり、気まぐれなものだった。
(俺の場合は最初がゆるやか、後急流………いや滝だな!)
内心滝のような涙を流しながら包丁をふるう。色鮮やかなパプリカを刻むと、独特の匂いがツンと鼻をついた。
「ピーマンきらいー!」
「ピーマンじゃありません。苦くないから大丈夫ですよ」
「やだー!やー!」
「パプリカっていうんです。綺麗な色でしょ?ね?」
「………頑張って食べるぴょーん」
今彼は台所で腕をふるって夕食を作っていた。料理は日常で日課、仕事で生命線、ついでに言うと風前の灯火状態な貞操を守る最後の手段でもある。
「ただいま帰りました」
「むっくろさーん」
「おかえりなさい」
わふわふっと吠えながら(名前通り、犬みたいだ)犬が玄関まで出迎える。ツナはそこまで暇ではないので挨拶だけしておくが、まっすぐやってきた六道は手も洗わずに手元を覗き込んだ。
「今日は何ですか?」
「ピラフです」
「おいしそうですねー」
耳元で喋られると、背中がゾクゾクーッとするから止めてくれと言うに、この男はちっともきかない。
「六道さん」
「いやだな、そんな他人行儀ですよ。僕のことは骸と」
「むくろさん」
じりじりと距離を狭めてくる変態から身をまもるために。
ツナはその鼻先に包丁の刃を向けた。
「犬さんをつれて、大人しく待っていてください。でないとご飯ぬきますよ」
「犬、いらっしゃい」
「はぁーい」





あの時、猛烈な痛みとショックで気を失ったツナが目を覚ましたのは3日も後だった。
長期間使用していた副作用だったらしいのだが、問題はそこではなく、
「クフフ…」
「………おンギャー!!!!!!!」
目を覚ました途端鼻先3ミリの位置にあった六道骸の顔だった。
………正確には顔云々というより、なんであんたがここにいるんじゃい!と言いたかった。
「なんであんたがここにいるんですか!」
言った。
「なんでって、ここは僕らのアジトの一つです」
「りっりっりっりっ………」
「リボーン氏には大層手こずりましたが、まあ何とか君の奪取には成功しましたよ」
「うそーん?!?!?!」

大ショック!を受けているツナは、今や完全に男に戻っていた。
女にして放り込まれる時に暗示をかけられ、忘れていた今までの自分の事情も何もかも(実際は母親はまだ生きていて自分は命を狙われているっていう緊急の情報のせいで女にされ、全寮制女子校に突っ込まれていたんだっけというのも)思い出し、つまりはこの目の前でクフフとか笑ってる変態野郎がその悪いやつなんじゃんよ!とも思い当たり、
「おたすけー!」
完全にパニックを起こしていたのだが。

「まったく面白い人だ。君はまったく予想がつきませんね」
上機嫌に笑う六道は全然手加減せず、それどころかツナの頬に頬を寄せてスリスリし、今にもキスをしてこようとしたので、あっコイツ女とか男というのは些細な問題でしかない正真正銘暴走中の変態なんだァ!と知ったツナの顔色を極限まで青くする。
「おーたーすーけー!!」

ぐぐーっ。

目を瞑って喚いたツナを、助けてくれたのは神でも仏でもなく、
「………おなかがすきました」
「えええええ???」
六道の腹の虫だった。
「おなかがすくと力がでない………」
どっかのパン顔のヒーローのようなことを言いながら、六道はその場にへたりこむ。ひきずられるようにしてツナも座ったが、その顔はまだ引きつっている。
「千種………一体どこまで買い物に。僕は飢え死にしそうですよ」
「だ、大丈夫ですか?」
「うう………」
よくよく部屋を見渡すと、隅っこに転がっているのは犬だ。
やはり彼も腹をおさえ、うう、ううと唸っている。

「あのう………よければ俺、なんか作りましょうか」
ツナはこう見えて、スパルタ家庭教師の2人目がいて、料理が出来た。
あんまり可哀想な様子だったので仏心をくすぐられ、ついそう答えてしまったのが運の尽きだった。





「…ただいま」
「千種さん!帰るなり悪いんですがちょっと手伝ってください!」
この3人の中では比較的器用な千種は、料理のアシスタントに。
残り2人は食べる専門に。
ツナはすっかり人生の急流に飲み込まれ、彼等の台所を仕切っていた。
「キャベツ切ってくれます?」
「分かった」
最初こそビアンキティーチャー仕込みのポイズンクッキングで3人を倒れさせよう、逃げようなどと目論んだものの、
「おいしい!」
「うまー!」
「…すごい、な」
塩を倍にしてもみりんを抜いてもとことん味を崩しても美味しく頂ける驚異的な口と胃袋を3人は持っていた。どうやら、過去の食事が相当悲惨だったらしい。
そうだろう。
千種は面倒くさがって料理などせず店屋物ばかりだし、犬はドッグフードをおやつにするぐらいだし、六道に至っては包丁を握る気配すらない。握っても、どうせ人を刺すとかろくでもないことに使うくらいしか出来ないのだ。

幸いなことに、料理の腕を認められてからは六道に襲われることもなく、(なんでかしらないけど)恨まれることもなく、セクハラをされるくらいで貞操は無事だ。
犬からは尊敬され、千種は今まで通り仲良くしてくれて、手伝ってくれる。それなりに小さな幸せを感じることもある………
「できましたよー」
「あーいっ」
「いただきましょうか」
4人でちゃぶ台を囲んでいただきますを言う、その時など。

沢田綱吉という人間は、異常に適応能力が高かった。
「あっおれのー!」
「もう食べないかと思って」
「食べますぅー!」
「ちょっ、喧嘩しないで!」
ニコニコ仲良しファミリーライフを繰り広げているうちに、彼はすっかりこの謎と物騒に包まれた3人組との生活に馴染んでしまったのだった。