* * *

 

帰るなり真っ黒いフードを被った集団が一声に振り向き、レプリカの剣を頭上に翳して「裏切り者に、死を!」と合唱した。ザンザスは、もうこの家の異常に慣れきっていたが流石にこれは穏やかではなく、無言でとりあえず近場の2人を殴り倒した。
「うるせぇ」
ざわ、と黒衣の集団が怯える。
「人ン家で何やってんだ。殺すぞ」
「僕ン家ですよ」
奥でひときわ目立つ黒衣装を着た長女が、肩をそびやかしてやってきた。
「学生にだって息抜きは必要。そう思いませんか?」
「息抜きか、これ」
「よく出来てるでしょう?僕の秘密結社。ミドルスクールの一年生、夏休みに結成し今やこんなに成長しました」
「こんな気色の悪いものを夏休みの宿題にするな」
「酷い!」
ぷっとふくれた長女は振り向きざま剣で襲ってきた。
他のはレプリカだが、これだけは確実に本物だった。刃の光方が違うし、床にあたるとはねかえるどころか「ザクッ」と音を立てて突き刺さった。
「チッ…」
「集会はお開きだ。とっとと帰らないと一人ずつ血祭りにあげていく」
皆ワーキャー言いながら一声に部屋を飛び出していった。

かと思えば、長男の奇行も目に付く。
学校では頼まれもしないのに勝手に風紀を正すチームとやらを結成し、一般生徒と教師と近隣住民の恐怖を買っている。
活動内容はとりあえず、目に付いた気に入らないものをそれが標識であれポストであれ物であれ人であれなんでもボコボコに殴り倒す、というもの。
まあ、活動事態はザンザスも賛成の部分が多々ある。
しかし人が2人以上一緒にいるだけで「群れるな」「暑苦しい」「むさ苦しい」「見た目ウザい」などとイチャモンをつけて殴るのはどうかと思う。
それを言うなら常に赤ん坊とガキと2人を連れ3人で群れ蒸れのザンザスはどうかというと、そこは自分の兄弟なので手加減をしているのか、ザンザス本体にだけ殴りかかってくる。
殺す気で。
ムカつく。
のでザンザスは、少々大人げないながらも反撃し、2人は顔を合わせればバトルに突入する。
今では満身創痍の体に夕日を一緒に浴びたかが如く妙な親しみが漂っているのだった。





「ママが帰ってくる?!」
そんな悪魔の如き奴等も、子供である。
母親が遂に仕事を終え帰ってくると知り、皆歓声をあげて歓迎パーティーの準備など始めた。
「飾り付けを!」
「歌!」
「スキンにバイブにローターにデリケートな貴女用クリーム〜♪」
「ザンザスさーん!骸姉さんが変態な小道具をー!!」
「やめろバカ。母親を泣かせるつもりか」
「クフフフフ!」
鳴かせるつもり満々ですよと言い切った変態を、ザンザスと次女は庭の木に吊しておいた。
家に戻ると長男が、変態小道具満載のポーチをまじまじと見詰めていた。
「お前も年頃だろうが、そういうのはもうちょっと後までしまっとけ」
「いや………」
そうじゃないよと首を振る長男がポーチを揺らして言い切った。
「これ多分、アイツの私物」
「えっ、父さんの?」
「中身減ってる」
微妙にスリムになっているクリームの容器を、長男は力任せにゴミ箱に叩き付けた。

慣れない事をする子供達と何故か巻き込まれたザンザスはおおわらわだったが、なんとか外に車の音が響く頃には全ての準備が出来ていた。
なぜだか分からないが妙な感慨が込み上げてくる。
多分、普段慣れないことを立て続けにやったせいだろう。
すり寄ってくる次女の頭を撫でてやりながら、ザンザスはなんとか笑みらしきものを浮かべた。
「………大尉」
「あ?」
「大尉は、好きな子の前では笑わない方がいいよ。僕からの忠告………」

どういう意味だ。

「ママー!」
問い質したかったが、歓声にかき消されてしまった。





「本当にありがとうございました」
赤ん坊を抱きとめながら深々とお辞儀をした母親は、すっかり血色がよくなっていた。
恐らく子育てのストレスから一時でも解放された故だろう。
相変わらず無愛想な上官のヘルメットを睨み付けながらザンザスは鷹揚に頷いた。イエイエというには余りにも苦労が過ぎた。
「子供達もあんなにマトモになって………」
「別に………」
なってないと思う。
庭に吊されていた長女を見てもなおそう言い切れる母親とは偉大である。
それと、さりげなくマトモじゃなかった自覚があるらしい。
ザンザスはこの苦労性の母親に滅多にない同情をした。ほんの少し。

はしゃぎ過ぎ、疲れて眠ってしまった子供達。
静かな居間でカップを片手に向かい合う男女。
なんか妙な雰囲気………

「………で?早速、モノを確認したいのだが」
無粋な声が入り、ザンザスは我に返った。
母親も慌てて立ち上がり、さっさとこんなものは済ませてしまいましょう、とガレージに急ぐ。
一瞬の感傷を気のせいと断じ、ザンザスもまた立ち上がった。
裏切りにあうとも知らずに………