* * *
「一体どういう………?!」
「知らん」
豹変した上司の態度にザンザスは歯噛みした。うかつだった。
こんなことならさっきいいところを邪魔をされた時点で殺っとけばよかった………と内心でギリギリしながら黙っていると、「さっさと取ってこい」などと理不尽な命令をされた。
「なんでオレが」
「この状況でそれを言うか………ある意味流石というか、いや」
「あっ」
「奥さんの頭を吹っ飛ばされたくなかったら、さっさと取ってくるんだ大尉」
「………チッ」
面倒臭い、無視したい、という気持ちは不思議と起こらず、ザンザスは大人しく命令に従うという―――異例の―――行動を見せた。
命じたスカルの方が驚いたぐらいだ。
「………」
驚いた後、羽交い締めにしている奥さんを見、えええーっというように体を仰け反らせる。
「先輩といい大尉といい………なんでこんな奴に」
「え?あ………あっ!」
思わずそこに居る皆が振り向く大声を出した奥さん―――ツナは、スカルのヘルメットをがしぃっと掴んで叫んだ。
「その声、確かに覚えが!まさか―――」
「ってゆーか、名前で気づけよバカ。んっとにバカだよなーお前は」
ガレージからの狭い入り口から、ひょっこりと顔を出していたのは―――
「なにっ!」
「オレが居ない間に随分勝手な事してくれたじゃねえか………スカル!」
キィンッ、と甲高い音を立ててスカルの銃がはねとばされる。
すかさず遠くへ蹴飛ばし、その腕からツナを引っ張り抱え込んだザンザスは唐突に始まった戦いから身を遠ざけた。
「おっ………お前、なんで生きてんだ?!?」
「生きてちゃ悪いみたいな物言いだな」
そう。
そこにいるのは確かに海中へ沈んだ筈の、一家の大黒柱だった。
「リボーン!!!」
教授は軍人相手に一歩も退かない身のこなしでスカルの攻撃を受け流し、封じ込め、強烈な拳を見舞う。
「貴様っ………貴様のせいでオレはっ………クソ!死ね!!」
「オレを殺ろうなんざ10000000000年早ェ」
「ぐはっ………!」
トドメの回し蹴りで宙に浮いた体が、地面をバウンドしてぐったりする。
死んでいた筈の旦那に会えて感激の涙かはたまた恐怖の眼差しか―――
目を潤ませて震えるツナをザンザスは思いっきり旦那の目の前で抱えていた。
「………成る程。そういうことか」
「え?」
「オレが居ない間に勝手な事をしてくれたのは、スカルだけじゃなかったんだな」
「ええ??」
「この………節操無しが!」
「ひいぃっ?!?」
「このオレというものがありながら浮気たぁーいい度胸だぜ、ツナ。じっくり尋問してやる」
「ぎゃあああああ!!!!ちっ………違う!違う違う違う誤解だ―――!!!!」
鮫群れ集う海のど真ん中から生還を果たした教授は、大尉の腕からツナを受け取ると、フッと柔らかく笑って礼を言った。
「ウチのが迷惑かけたな」
「………」
今は、ザンザスも転がっている上司の気持ちがよく分かった。
恐らくこうしてありとあらゆるイイトコロをかっさらっていくこの男を、先輩として苦労したのだろう。そして、旦那の腕の中でガタガタ青い顔で震えているツナもまた被害者なのだと………
束の間、相手の力量を計った。
戦って勝てる相手なら―――
「ツナぁー………」
「一体どうしたのうるさくてねむれないよ」
「………パパ!」
「あああっ!!」
あまりの騒がしさに起き出してしまった子供達は、父親の姿に呆然としている。
ザンザスは静かに一歩下がり、転がっている上司を担ぎ上げた。
任務は完了した………
* * *
「ただいま」
「お………おかえりなさい」
ニッと笑う父親の顔を、子供達は皆目を丸くして見詰めている。
次女や次男、赤ん坊はわっとその足に抱きついたが、長女と長男は複雑な表情でそれを眺めている。ややあって、苦笑に近い笑みを浮かべ長女が抱きついた。
「しぶとい人ですねえ」
「お前が家に居る限り妻を置いて死ねねぇだろ」
「クフフフ」
「だから言ったろ、鮫なんかじゃなくコイツは僕が倒すんだから」
「熱烈な歓迎の言葉だな、恭弥」
男同士の挨拶をして、長男との再会も済んだところで………
「それでな、ガキども」
教授はまだ抱えていた子供達の母親を揺らし、言った。
「おとーさんはおかーさんに聞くことがたくさんたくさんある。多分明日の朝までかかるから、誰も俺達の部屋には入るなよ。骸、恭弥、フゥ太。アホ牛とイーピンの面倒を見てろ………よし、イイコだぜ。うまくいったら10ヶ月後に弟か妹が出来るからな気張ってやれよ」
「「「「まだ産ませる気かよ!!!!」」」」
子供達と妻からつっこまれても、教授はいっこうに平気だった。
「お前バッチリ危険日だもんなー」
「そっ………そそそ、そう、なの?」
妻本人よりも妻の体調を熟知している男は、意気揚々と家の中に引き上げていった。
「やー!みんな助けてー!!死にたくないぃぃーっ…」