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毎年、この時期がやってくるとツナは頭がカスッカスになるまで悩む事になる。理由はただ一つ『ハッピーバースデーザンザスさあ君へのプレゼントはこれさ!』である。
仕事での付き合いはもちろん、それを抜いても親戚なようなそうでないようなとにかく何か関わりがあるっぽい人、なのでとりあえずお付き合いの一環として贈っていた。クリスマスだのお歳暮だのお中元だの。とにかく目に付いたありとあらゆるイベント日に贈り物をするのはファミリーの決まりというよりただのご機嫌伺いの色合いが強かったが、それでも会って直接渡す訳ではないので顔面に叩き付けられ返される、というような恐ろしい出来事は――とりあえず――なかった。ただ、言付けを頼まれた部下というかぶっちゃけスクアーロが頼み事をする度悲痛な顔つきをするのが本当に申し訳ないのだけれど、ついでだしいいじゃないと思っていた。痛いの俺じゃないし。
しかし今回は、どうもそういう訳にいかないのだ。仕事上の付き合い、命を狙われている、を除けばただの親戚のようなそうでないような以下略、だったザンザスであるが、なぜか今年はそれとはまた違う関係を築いてしまったからだ。こうなれば話は別なのだ。他人に言付けたり郵送したら最後、どんな酷い目に遭わされるか知れない。
ツナは画面を鬼気迫る表情で睨み付けながら人生始めて出来た彼氏へのプレゼントに悩んでいた。彼氏って。男って。男かよ……やっぱ服とか香水とかアクセサリーじゃ駄目なんだよな。不動産や店をやらすのだって、アイツ結構忙しいし。ホテル経営はどうだ? リゾートで超いい気分? いや駄目だ。面倒事やらすんじゃねえとかって殴られそうである。
考えてみれば自分はアレのプライベートについてはまったくと言っていい程知らない。進んで関わりを持とうとしなかったのもあるが、大体向こうがツナを嫌いぬいていたのである。顔を見れば鉛弾を顔面にブチ込んでくるような男とどうやって交流を持てと言うんだ! …その関係から今に至るのだから人生何が起こるかわからない。なんでこうなったんだっけ?
あやうく恋人関係に疑問を持ちそうになったところで、ツナはぬあー! と叫び声をあげながら頭を抱え、リクライニングをきかせた椅子の上で仰け反った。だめだ、なんにも浮かばない。
そもそもあの人、殺し以外の趣味あるの? ツナが見るところ一日中椅子に座って無意味にふんぞり返って、まるで生産性のない日々を過ごしている。職業暗殺だしな。
ゲームもマンガも読まないらしいし、持ってる車ややたら排気量の多いバイクは専属のメカニックが付いた超こだわりの品ばっかりだし。俺小さくてかわいい車が好きなんだ、それに市内の移動なんてスクーターで十分じゃないと言ったツナに家畜の排泄物を見るような目を向けてきたのは記憶に新しい。いいんだよ! 俺は地球環境に優しい男なの!
庶民育ちのツナと違い、ザンザスは何気にお坊ちゃま育ちなので身の回りの品は全て一級品。家事はメイドがやるもの、労働は下民の仕事とばかりに口を動かすことすら殆どしない。視線だけで命令ってどうなってんの?
それにあの狂信者達がよってたかって甘やかすモンだから(なあスクアーロ君?)その超絶ワガママ加減にツナは何度となくブッ千切れそうになっていた。いや実際キレた。服を脱ぎっぱなしにするな、使ったものは元に戻せ、浴室を使ったら最後ちゃんと綺麗に流しなさい。ツナ自身母から教えられた事ばかりであるが、あのバカタレはフンと鼻で笑って終わりにしてしまう。思わず地面から垂直の跳び蹴りをかましてやったのは俺ぜんぜん悪くない。お互い半裸で本気の殺試合に至ってしまったのも、あのバカが全面的に悪い。
段々ツナはイライラしてきた。あれ、もう、あいつにプレゼントとかやる必要なくねえ? などと思ってくる。あーもー知らねえええ!
「……ってワケにはいかないよなあ」
今までのツナの数少ない恋愛体験によると、彼女の誕生日プレゼントを忘れるような男は即刻首とあそこを切り落として城壁に晒されるべきらしい。一日お祝いがズレたって、約束の時間に三十分の遅刻をしようとも、彼女達ははらはらと涙を落としあなたはもう私のこと好きじゃないのよ、愛していないんだわと吐き捨てる。
あの仏頂面がそういう台詞を言うかどうかはおいといて、いままできっちり祝われてきた誕生日をスルーされて良い気分でいられる筈はない。これが元で即全面戦争になられても困るので、ココは慎重にいかなくては。ツナは再びなけなしの集中力を集めて画面を睨み付けた。ザンザスが欲しいもの。わからない。俺が欲しいもの。睡眠。じゃない、せめて男が、男が誕生日プレゼントに欲しいもの……
ザンザスは別邸を幾つか持っているが、やはり仕事の都合上居ることが多いのはヴァリアーの本部である。
隊員の住居フロアを兼ねた本部は某国の国防総省のような超厳戒態勢であり、最奥のザンザスが居る部屋までは秒単位でフォーメーションが変わる警備体制と、幾重にも張り巡らされたハイテク警備システムが機能していた。
職業が暗殺なので、この分野はエキスパートである。これほどまでに進入が難しい施設はそうそうないだろう。下手な国家の軍隊よりも統制の取れた暗殺部隊が、非番の日は全神経を尖らせて本部の警備にあたっているからだ。
見つかったら警告なし即始末のこの建物に侵入した者は、誰もが例外なくその亡骸を晒してきた。
絶対に不可能と言われていたその攻略に、とある事情で挑んでしまったツナは今更ながらその警備に舌を巻いた。うへえ、こりゃボンゴレ以上だ。俺ん家より厳重じゃないか。
ツナは万能家庭教師に叩き込まれた鉄壁の気配断ちで、天井をぺたぺたと這って歩いていた。
天下のヴァリアー本部様に忍び込むにあたって、失礼の無いよう黒装束に暗視ゴーグルまで着けてほぼ完璧な変装。見つかって即撃たれても切られてもいいように、ギリギリ悟られない程度まで調整した闘気とか。超辛いのだが修行に比べればまだ耐えられる。
的確な位置に配備された、その一人一人がとんでもない力量を持っているのがわかる。母体となるボンゴレが割とどんな人材でもフリーに行き来させるのに対し、ヴァリアーは選びに選び抜かれたエリート揃い。
個性の強いそれをザンザス一人のカリスマでまとめ上げている手腕から、常々ツナはお前もそれぐらいやれと尻を蹴飛ばされていた。でも、人間、向き不向きがあると思うんだよね……俺にああいうばーん、とかどーん、とした男になれというのは恋に破れた人魚姫にアレやめて別の男にしない? と言うのとおんなじだ。できっこないんだから。
存在感のなさに定評のある男ツナは順調にヴァリアー本部の天井をぺたぺたと這い歩き、順調に難関を突破していった。電子機器をジャックして妨害電波を流すボンゴレ最新技術の結集と、三秒ぐらいならなんとかなるステルス機能付きスーツのおかげらしい。
「さて」
ここからが問題だ。
この先はヴァリアー幹部の私室と首領ことザンザスの部屋がある。
彼等のプライベートを守るためカメラ等の電子機器の数は減るけれども、圧力関知床に仕掛け天井、一部の幹部の特殊な趣味で壁穴から槍まで突き出てくるらしい。
ゴーグルのスイッチを切り替えて、感圧板やパネルの所在を確認する。成功ルートはミリ単位でミスの許されない、非常に難易度の高いもの、というか、ほとんど普通の人間は無理だろそれ的な身のこなしでもってようやく通り抜けられそうな。なんだろうこの不思議なダンジョン。
ツナはすう、と息をためると、空中に身を躍らせた。
つま先の先で一点だけ空いたスペースをジャンプ台に、壁を中継に、その一歩を踏み出してしまえばもはや失敗は許されない。
鬼コーチと化した家庭教師に未処理の地雷原を走らされた時を思い出す。道具も何もなしで勘だけでそこを渡りきれと、無慈悲にもそのど真ん中に蹴り落とされた。
360度見渡す限りの地雷原。ひび割れた大地とまばらに生えた草、あちこちにあいた穴ぼこの絶望感ったらなかった。そう、アレに比べれば――天井は落ちる前に走り抜けてしまえばいい。槍は出てくるまで僅かに間がある。
勇気を奮って通路を走り抜けたツナはしかし、立派な細工のされた重厚なドア前でほぼ垂直に飛び上がった。
飛びながら天井パネルの僅かな隙間に指を滑らせ、はね上げると天井裏の際に足をかける。ごくり、と喉がなる。見渡せば足の指ギリギリの所にチカチカと赤い電源ランプが点灯する監視装置があった。
「ッ……の、クソッタレ!」
扉を蹴り開けて現れたのは、自慢のロン毛にステーキソースを張り付かせた哀れなヴァリアー幹部の姿だった。
「ったく、オレが知るかってんだクソ! 気になるなら自分で連絡しやがれっつーの…」
スクアーロはぶつぶつと悪態を吐きながら顔のソースを拭い、手をぶらぶらと振って、いかにも忌々しいというように頭を振って――
そしてふと、天井を見上げた。
「……」
「……」
視線がばっちり合う。
くわ、と見開かれた目。ぽかんとあいた口。
その表情が余すところ無く彼の感情を伝えていた。おまえ、どうやって、ここまではいってきた? つか、なに、やってんだあぁぁ?
「…へへ」
黒装束とゴーグル姿で天井に隠れ、パネルを持ったまま照れ笑いをしたツナ。
次の瞬間スクアーロの顔がげんなりしたものへと変わる。言葉を発さないままその口が忙しく動き、『ああ、もういいから、さっさと行ってやれ!』と言っている。その顔は、『うっわこいつらクソうぜえええええ』とも言っていた。うん、否定はできない。
ツナもまた無言のまま手を顔の前につきだして『ごめんね』をやった。実のところツナとザンザスの関係をいち早く思い知らされた不幸な人物は彼だったりする。本気でごめんなさい。そしてご面倒をおかけしました。
部屋に入るまでは少しかかった。ドアからでなく、天井を使ったからだ。
網の目のように張り巡らされた機器を一つ一つ慎重にロックして、寝室位置を確かめて、針の穴並みの隙間から下を覗いた時は既に夜中。部屋は真っ暗になっていた。
夜目の利くザンザスは照明を完全に落としている。恐らく侵入者を誘う意味もあるのだろう彼のこの習慣は、電気は小玉を点けないと寝られないツナと真っ向から対立し、だって眠れないじゃないかというツナの涙目によりフットライトへの譲歩を見せた。
夜中のトイレについてきてくれるんならともかく、ぜったいこいつはそんな事をしないので死にものぐるいだった。ボンゴレ就任時の挨拶より頭をフル回転させたものだ。
なつかし〜な〜、と思い出しながらベッド上からは死角となる位置で天井パネルを外し、音もなく着地する。
ふむ、既に就寝しているらしい。
ザンザスはいびきどころか寝息も危うい完全無音睡眠型で、寝てるのか死んでるのかわからない。その不気味な寝方に仰天したツナが心肺蘇生処置を試みたところ、うるせえの一言後蹴り飛ばされそうになった。
呼吸音が聞こえにくいのは致し方ない。するするととらえどころのない動きでもって近づくと、ベッドの中央に人型の盛り上がりが。
見つけた。
間違いない、奴だ。
両腕をだらりと下げ――ツナは次の瞬間、驚異的な跳躍力で飛んだ。
「…ッ!」
翻ったシーツやカバーに一瞬視界が遮られる。
止まっている暇はなかった。中からぬうと突き出された腕がツナのすぐ横を通り過ぎた。
体勢を立て直すべきだろうかと一瞬迷ったツナだったが、下手に距離をあけて二挺拳銃をぶっ放されても(後で内装の人が)困るので、勢いそのまま下の身体を押し倒した。
「静かにしろ!」
完全に押し込み強盗の台詞を吐いて首元にワイヤーを突きつけたツナをザンザスは人を殺せそうな目付きで睨み上げていたが、よいしょとゴーグルを額に上げた途端、ぎゅっと眉を寄せ怪訝そうな顔つきになった。
「ザンザス――」
勿体ぶって万国旗を背中のデイパックから取り出したツナは、にっこり笑って広げた両手の間に渡し、言ったのだった。
「誕生日おめでとう! これ俺からのお祝いね!」
「死ね」
「だから、言ったじゃないか……これはサプライズで」
「はぁ?」
「俺だって悩んだんだよ! あげるもん何がいいかなって! いつもみたいに肉だの酒だのじゃ何かアレかなーって……味気ないっていうか。せっかくだし! もっとインパクトのあるものがいいだろ? でも、品物が思いつかなくってそれで…」
「ここに忍び込んだのか」
「びっくりした? びっくりした?」
「殺す」
「いやあああ殺さないでやめてー!」
太くてごつくて殺気のこもった指が、ギリギリと喉を締め付けてくる。
くびり殺されそうだ。本気で。
「ちょっとしたジョークじゃないか!」
「てめえ……此処がどこだかわかってんのか?」
「ヴァリアーの本部です」
「その格好は」
「忍び込みセットです」
「パスなしでオレの部屋までか」
「いや大変だったなー。結構苦労したよー?」
「やっぱ殺す」
そう、うん、わかってる。
今まで一番嬉しい、というかビックリしたプレゼントがこれだった。警戒厳重なボンゴレの屋敷に侵入、『今夜は私がプレゼントよボンゴレ……ふふ、天国にいかせてあげるわ』と愛を囁かれながらナイフを突きつけられるそのスリル――
何年経っても忘れられない経験である。
突き合っていた彼女が敵対組織の暗殺者だったというオチはついたものの、ツナ的には全然恨んでいない。あれはあれで貴重な体験というか。中々にオツな夜だったのだ。
よくあるじゃない。定番の。昔からの。
ちょっと思いつきでサプライズを足してみただけなんだけど!
「待っ、ちょっ、本気で締まってる締まってる死んじゃう」
「締めてるからだ。死ね」
2012.10.10 up
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