ドリームメイカー
押し切られるようにして始まった、アイドルになるためのレッスン。
レッスンと言うよりもはや修行という様を呈している気がする。 マンツーマンでツナについた先生は社長だった。社長は、本当に厳しかった。基礎体力作りのトレーニングから、リズムを覚えるためのダンスレッスン。振り付け一つにもこだわりがあり、ただ投げるように腕を振るなとか、感覚でしか分からないような事をガンガン突いてくる。鬼である。 帰っても休む暇などない。高校は既に決まっているらしいが、それまでの期間ビッチリと勉強をさせられた。祖母は生活態度なんかには厳しかったが、勉強はあまり手をつけなかった。成績を気にする人ではなく、子供はまっすぐ育てばそれで良いじゃないというような、おおらかな一面があったのだ。 しかし社長は学業の面でも非常に厳しかった。分からないと容赦なくペナルティが課される。直に及ぶ被害にツナは否が応でも努力せざるを得ず、どんなにダメダメな対応をしても、冷たい一瞥と容赦のない脅し文句で尻を叩いてくる相手にまるで歯が立たないのである。 初めての合同レッスンの日、京子もハルもツナの出来に手を叩いて喜んでくれた。彼女たちは出来の良い生徒らしく、社長の要求も軽々とこなす運動能力を持っている。コツを掴むのもはやい、何より可愛い。アイドルになるべくして生まれたと言っても過言ではない系女子! しかしツナはどう頑張ってもその域に達することはない。性別より何より、華がないのである。群衆に埋没する系のしかも男子。 しかしこのマニアに言わせると、アイドルユニットというのはバランスが命なのだと言う。可愛くて、華やかで、外見に優れた女子というのはゴマンと居る。磨けば光る原石たち。しかしそればかり集めても成功するとは限らない。 「何事も相性だな。人間関係の基本だろう、相性」 「わかんないよ」 人生経験浅いツナには分からない。だがこの社長に言わせると、友人も男女の仲もアイドルも、全部相性で構成されている事になってしまう。 「京子は可愛い。文句なしにセンターを張る素材だな。ハルには個性がある。内面も変則的で予測がつかん。だが二人だけだと、互いの存在に引っ張られて凡庸になる」 「そうかなあ。二人並ぶとすごく可愛いと思うけど」 「見た目の問題だけじゃねえんだ。『女の子』ってのはな、仲間意識があるんだよ。友達と共通の物持ちたがったり、好きな芸能人が一緒だったりするだろ?」 「ああ…」 「あいつらは仲が良い。すごく気が合う。だから、二人で居ると『女の子』になっちまう」 「いいじゃん女の子。可愛いし」 「だーかーらー。ただの『女の子』じゃ駄目なんだっつの。アイドルになるんだぞ。互いの個性を生かしてこそ、だろうが」 「ううん…」 一緒に暮らしているし、レッスンも付きっきり。誰よりも近い場所で、ずっと顔を合わせている存在ながら、ツナはまだこの男の事がよく分からない。 軽い物言いもするし、親しみやすいような気もするのだが――実際彼女たちや事務所の他の人間なんかには、人当たりの良い好人物という印象を与えているらしい――しかし、どうにも得体の知れないところがある。 「その点お前はいいな。特徴がないってのが一番でかい。徹底して前に出ないし、おどおどと人の顔色ばかり伺ってまるで個というものがない。いや、あるにはあるが出さない。しかし隠し方は杜撰で透けて見える、まあはっきり言って子供だな」 ものすごい勢いで悪口を言われた。 はっきり言われすぎて逆に感心する。確かに、ツナはそういう人間なのだ。 責任は負いたくない、頑張りたくない、目立ちたくない。ひっそり陰日向に暮らしたい。 よく分かってるじゃないか! 「あいつらは恐ろしいほどに善人だからお前みたいのを放っておけないんだ。頑張ろう、一緒に、ってんで、ぐいぐい引き込もうとしてくるだろう」 「うん…」 「そういう関わり合いが、傍目から見てて伝わってくる。それが狙いだ」 「つまり……」 ツナがダメ過ぎて足を引っ張ってしまう故に、彼女たちは二人で居る時より頑張らなきゃいけなくて…… 「俺足手まといじゃない?」 「そこがいいんだ」 上機嫌で手を打ったその顔は、笑ってはいるがとても真面目だった。 やっぱりこの人よく分からない。 この奇妙な生活を初めて半月ほど経ってから。 ツナと京子とハルと、三人は揃って近くのショッピングモールに買い物へ来ていた。お目付役のいない、本当にフリーな休日は久しぶりで嬉しかったが、それが女の子の買い物となると…… 本当は共同レッスンが始まってすぐに誘われていたのだが、昼夜のレッスンと勉強でツナはそれどころではなかったのだ。生活に体が馴染むまで、毎晩風呂で就寝してしまい社長に浴室のドアをノックされるほどだった。 今はなんとかベッドに辿り着くまでは進歩した。 やっと休めると思ったら、女の子の格好で私服(もちろん、女物!)を買いに行かされるとは。京子やハルと一緒に過ごせて嬉しい部分もあるのだが、基本的に女でいなければならないのでその辺は窮屈に感じる。 「社長から資金を預かってますからねー。今日は張り切ってツナさんをコーデしちゃいますよ!」 「楽しいね、買い物! ツナちゃんにはいっぱい可愛いお洋服着て欲しいなぁ…!」 「はは…お手柔らかに、お願いします…」 可愛くされてたまるかよ、という気概は既にない。 デビューに向け色々な事が一気に動き出している。衣装合わせも始まっている。元々、京子とハルは早くにデビューが決まっていて在る程度の準備や業界への根回しも済んでいる。一人加える事にしたのは社長の独断で、それもかなり突然だったのだとツナは後で聞いた。 あれだけもっともらしい事を言っていたが、単なる思いつきに近いのじゃないか。 疑っても尋ねても、あの男はのらりくらりとかわすだろう。どうせ適わない。 撮影だの歌録りだのが始まれば、ゆっくりできなくなる。今の内に休んでおけ――そう言って送り出した男の顔を思い浮かべる。 年齢不詳のその顔は、京子やハルに言わせればとってもハンサムで格好良い、らしい。実際整った造りではあるけれど、ツナには悪人面に見える。内面がアレだしな。 代わる代わる服を当ててくる二人に好きなように連れ回されながら、ツナはぼーっと今までの事を思い出していた。初対面から変な人だったなあ。いきなり俺を連れてきて、アイドルになれ、だもんなあ。変人だわな。 増えていく店の袋と、まったく勢いの落ちぬ彼女たちのマシンガントークをBGMに。 一周して噴水のある広場に戻ってきたツナ達は、甘い物を食べて一休みすることにした。 「あ、いいよ。私行ってくる」 荷物を置いて立ち上がろうとした二人をとめて、ツナは店に向かって歩き出した。 俺も随分自然に出てくるようになったなあ、わたしとか。 ややうんざり気味の気持ちで店員に注文を告げる。クレープなんて食べるの、何年ぶりだろう。ばあちゃんは和菓子専門だったし。あの人はクリーム苦手だったよなあ。 三人別々の味にしようと、細かく定められた注文をつっかえつっかえ伝えると、店員は快活な笑顔でスムーズな会計をし、こちらでお待ちください、と番号札を渡される。 さて一安心。 ショーケースを挟むカラフルな装飾柱に寄りかかり、二人の居る場所へ向き直ったツナは、眼前の光景に苦笑した。 明らかに周囲の目線を奪う美少女二人。 どこが凡庸? 普通の『女の子』? とっても可愛いし、十分アイドル級じゃないか。 見ていれば、男はほぼ素通りできないらしい。老いも若きも幼稚園くらいの子供でさえ、ぽかんと二人を見上げて母親に注意されているくらいだ。分かる分かる、だってかわいいもんとツナは笑った。 番号を呼ばれ、クレープを三つ受け取ったツナは小走りに二人の元へ向かった。 放って置いたらナンパでもされそうな勢いで注目を浴びている。社長にもようっく言い含められているのだ。とにかく男を近づけさせるな、と。 その事に関してだけはツナも大賛成である。 「ごめん、お待たせ…どうわっ!」 正に、やってしまった。 何もない所に躓いて、両手にはクレープを持ち、受け身を取るなんて器用な事も出来ず。 ツナは頭から噴水に突っ込んだのだった。 出て行った時と違う服装で帰宅したツナの報告に、社長は爆笑した。 流石だ、外さねえな、とやたら感心したように言い、顔をまじまじと見てまた爆発的な発作に襲われたのだろう。クソ、いい加減にしろ。 「――でも」 続く言葉にようやく笑いを収めたその顔は、涙さえにじんでいた。そこまでかよ! 「あんたの言ったこと、少し分かった…かもしれない」 「んお?」 ツナがやらかした時、一瞬凍り付いた場の空気。 その後周囲の人が思い思いに顔を逸らしたり、プッと吹き出したり、素直な子供なんかは指さして笑っていたりしたけれど。 「ツナさん大丈夫?!」 「はいこれ、使って」 事態に笑いもせず、二人はすぐにフォローにまわった。 甲斐甲斐しく世話を焼く二人はまるで真剣な顔で。 そりゃ噴水に頭から突っ込んだら、面白い見物なんだろうけど。 事情を知らない、後から来た人までが足を止めてわいわいと自分に構う二人を見ていく。 老若男女様々な世代の人が、性別関係なく、ちょっと足を止めて微笑むのだ。 単純に仲の良さに和んでいるのかもしれない。少し見るだけの人もいた。でもとにかく目立つというか、悪い意味ではなく、注目を集める。 可愛い子が二人いれば十分だろ、と思っていた。 けれど実際は、可愛い女の子に興味がある――ツナのような男ばかりでなく、女でも子供でも年の離れた人でも、店のお姉さんでさえ、にこにこと此方を見ていたその視線。 何よりもまず、分かってしまった。 このマニアはそういうものを要求しているのではないか、と。 「つまり、そういう意味じゃないの?」 「へえお前、ぼーっとしてるだけかと思えばちゃんと見てるんだな」 「なんだよそれ」 「感心感心」 わしわしと頭を撫でて、はははと笑い声をあげて、実に楽しそうである。 こうまで人生楽しめるんなら、すごい。ある意味羨ましい。 ツナは黙ってぐらぐらと頭を揺らされながら、中途半端に半乾きの服の洗濯をすると宣言した。 「ちゃんと表示見ろよ。女物は大抵指定がある」 「うわめんどくさい……」
2012.10.23 up 04. |