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 パンパカパーンと華々しく始まったリボーンさん誕生日おめでとうございます記念大パーティーに、ツナは笑顔でぱちぱちと手を叩いていた。
 鳴り響くクラッカーや良く似た銃声が混じり場は大変な混迷ぶりであるが、此処にいる誰もが心から笑って楽しんでいる事がわかる。
 毎年この催しものは盛大に行われていた。
 準備が異様に大変なことと例年必ず過酷な死のゲームが挟まってくる以外は、ツナだって楽しみである。良い酒良いメシ良い日より。天気ももちろん快晴だ。ボンゴレの広い敷地には屋敷にある限りのテーブルが出されていて、立食形式のガーデンパーティーとなっている。
 屋敷に通じる扉は開け放されていて、控えや休憩に使えるよう個室の用意も完璧に調っていた。どの部屋のテーブルにも果物やオードブルが盛られ、ホールには椅子やソファーが普段の七割増しで設置してある。皆初めは行儀よくしているが、最終的に酔っぱらいの集団がゲラゲラと屋敷に入ってきて所構わず寝るもので、もう随分前からこういう形式になっている。
 前日からの準備その他もろもろでほぼ徹夜に近いツナは疲れていた。
 明るい陽の下でその疲労は隠せず、やつれ気味の顔を晒していたが、この晴れの日に辛気くさい顔なぞしていようものならリボーン様に殺される。疲労が過ぎてハイなテンションで本日の主役に祝福のハグとキスを贈り、上機嫌な客の相手をし、忙しく立ち回るボンゴレのボスに死角はなかった。
 否、なかった筈だった。

 例年通りのデスゲームも一段落し(今年の仕掛けはワニだった。やった。若干マイルド)、宴もたけなわ、と言ったところ――いい加減皆が酔っぱらいきったあたりで、今まで概ね大人しくしていたリボーンがすっくと立った。
「あれ、リボーンどこ行くの…?」
「いいかおまえら。これからが本番、今日一番のお楽しみって奴だ」
「えーなになに?」
 輝くばかりの笑みを浮かべたディーノを始め、続々と人が集まってくる。
 守護者達はもちろんほとんど身内な他ファミリーのボス、そのおつき、個人的な知り合いから屋敷の使用人まで。
 先頭に立つリボーンはすたすたと屋敷の中に入っていき、エントランスホールにいつの間にか据え付けられていた巨大スクリーン装置に向かってごそごそやっている。
「なに? これ、リボーン、俺知らされてないんだけど…」
「言ってないからな」
「いやそんなフツーに言われてもね、って、ああ何コレ?!」
「はっはっはっはっ」
 其処には未だ何も無い状態の、普段のホールが映っている。
 固定されたカメラの、画面の端に、小さくもそもそと動くもの。
 それは、此処に居る誰もが知っている人物だ。
「ちょ、これ俺じゃん!」
「その通り」
「いやいやいや何撮ってんの? っつかこれ、なに、いつから? えー!」
「昨日夜八時から今朝までだ。ふふ、気付かなかったろう。まあオレもこれから見るんだがな、つまり、」
「これ……まさか……ホールに居た俺のこと、一晩中……?」
「お前の勇姿を一晩中」
「………!」
 みるみるうちに青ざめたツナは、素早い動きで投影装置を叩き割ろうとした。正に会心の一撃。
 他の人間なら打ち損じる事はなかったであろう――しかし――相手はリボーンなのである。彼はひょいと眉を上げると突進したツナをいとも容易くその長い足でいなし、頬に靴跡を付けつつ床にぐりぐりと押しつけた。
「何してやがんだ、ああん?」
「だ、だめ! これはだめだ!」
「はあ? 何が駄目だって?」
「離せリボーンッ! 頼むからそれだけは勘弁してええええ!!」





 さて時刻を巻き戻して十二日夜――を過ぎて、十三日の午前一時。
 ツナは言い付けられた誕生日の飾り付けをちまちまと作っていた。よく日本の小学校とかで作られる紙の花、そして色紙を細く切ってわっかにして繋げるやつ。
 母国の習慣を今ほど恨んだ事はない。リボーンに命じられた飾り花+わっかの作成お呼び飾り付けの期限は明日の朝。シンデレラも真っ青なほど過酷な労働条件である。
「うう…なんでこんなことしなきゃならないんだ……」
 祝う気持ちを表すのに、なぜにこんな地味な作業を延々しなければならないのだろう……いや、奴の魂胆はわかっている。リボーンという男は悪魔のように冷酷で、無慈悲で、つまるところドSなのだ。ただ自分が苦しむ姿を見て、楽しみたいだけなのだ!
 やめたい。超にげたい。っつか、ねたい。
 それでもやらなかったら後がこわい。
 ツナはちみちみと細く切った紙を順番に繋げていき、ようやくボンゴレ屋敷のバカでかいホールをぐるりと一周出来る紙の輪ロープを完成させたのだった。
「……ふう」
 これをまた、あの高い場所に飾り付けるのか。
 ボンゴレ屋敷のバカ高い天井に。梯子をかけて……あ、駄目だ。壁に傷が出来るからそういうのなしって言われてた。
「ウソどうやって飾りゃいいんだ?!」
 いっちいちリフト出さなきゃ駄目かよオオオオオと午前一時に喚きながら床へと崩れ落ちたツナは、四つん這いで顔を覆ったままピクリとも動かなくなる。

 真夜中。
 一人。
 相談相手もなく。
 どうしようもない事態。
 極めつけ、くだらない用事。

 これだけ落ち込む要素が揃っているのだ。絶望にうち拉がれ、ぷるぷると子犬のように震えながらぐったりと冷たい床に寝転がったツナは――
「うぉわっ!!」
 次の瞬間気配を感じてその場から飛び退いた。

 石造りの床が砕け、破片が辺りに飛び散る。
 ツナは崩れた体勢を空中で立て直し、突然気配無く現れた男に鋭い視線を向ける。

「なにごとっ?」
 素っ頓狂な声を出してツナはへなへなとその場に崩れ落ちた。
 床に拳を突き立てた(めりこんでいる)姿勢から、ゆっくりと立ち上がったのは、つい先日びっくりサプライズをプレゼントしてガチ説教&お仕置きを朝までくらったザンザスその人であった。
「…え、え、なん、なに」
「チッ、外したか」
「どうしたんだこんな夜中に……いつものアレは……まさか一人?!」
「……」
 無言で腕を組みつつ、眼前に立つ188センチをツナは恐る恐る見上げる。
 相も変わらず仏頂面で、無愛想で、何を考えているのかさっぱりわからない顔だ。
「なんでこんな夜中に」
 動揺のあまり同じ事を言うツナの顔を一瞥し、ザンザスは口を開いた。
「どうして部屋にいない」
「それは……コレ作ってたから。朝までにやらないといけなくて」
 わさ、と盛ったようなカラフルな紙の輪に、一瞬怪訝な表情を浮かべたものの。
 それよりも大事な何かがあるのか、やや苛立ったような口調である。
「無駄足踏ませやがって」
「え、じゃあ部屋まで行ったの? それで戻ってきた?」
「……」
「なんでわざわざそんなこと。連絡くれればおれ」
 はっ。
 言いかけた口がぽかんと開く。
 つい最近、そんなようなことした人がいるんじゃない。
 まじまじと――身長差のせいで大分高い場所にあるその顔を見つめなおしたツナは、詰まったような息を吐いて絶句した。
「てめえに出来るなら当然オレにもやれる。簡単だった」
「そ…うなんだ…」
「十四日は仕事がある」


 わざわざ、そのためだけに来てくれた。
 ボンゴレの警備をかいくぐって。
 ヴァリアーの警備体制には少々劣るかも知れないが、ボンゴレのそれもまた規格外だ。そもそも、この存在自体が派手な男に隠密行動をまともに取れると思っていなかったツナは、気配無く一撃を振るうその力量に恐怖を感じると共に――
「…っ」
 途方もない感動の念を覚えた。


「……?」
 思わず、である。
 ぼろっと溢れた涙に妙な顔をしたザンザスだったが、とりあえず黙っていた。
 ツナはそのうちヒク、ヒク、としゃくりあげるような音を立て始め、慌ててハンカチを出して目元を拭っていたが、その顔を上げた時は滅多にない全開の笑顔であった。
「なんだ気色悪ィ」
「ごめん、なんか、すごく、嬉しくて」
「――は?」
 物としてのプレゼントもなく、ただ意趣返し、脅しつけ、嫌がらせのためだけに訪れたザンザスの目的は思わぬ形で阻止された。他ならぬツナ当人によって。
「その、俺、さ。毎年こんな日取りだから、あんまり普通に誕生日祝って貰ったこと無くて……明日リボーンの誕生日なんだ。毎年冗談で済まないような、マジで命かけるゲームとかやるもんだから大抵翌日病院で。良くて二日酔い。へへ」
 もちろん、プレゼントをもらう。
 ケーキだって焼いてもらえる。
 でもあれだけの大騒ぎの翌日、新たに祝いの席など設ける気力はない。ビジネス的なイベントなら何度もこなしたけれど。
 こういう、シンプルな祝われ方を、自分の為だけに――しかも前日にしてもらうのは。
 ツナには本当に久しぶりの経験だったのだ。
「ごめん。やっぱすごく嬉しい」



 言うだけ言って両手で顔を覆い、本格的に肩を上下させ始めたツナを見るザンザスの目にははっきりと『不愉快極まりない』と書いてあった。
「おい」
 空気を読む、相手を気遣う、などの言葉は彼の辞書にない。
 未だ涙が止まらないツナの顎を無理矢理掴み、濡れてぐちゃぐちゃの顔を上げさせると、鼻で笑い投げるように放す。
「泣くな鬱陶しい。五秒で止めろ」
「…努力するけどたぶんむり」
「フン。てめえ、オレに此処まで来させておいてタダで帰そうってのか?」
「まさか!」
 ぱっと花開くような笑顔。
 それまでの沈んだ空気などもはや一ミリも残っていない。ツナは見るからに嬉しそうに先に立って歩き、「この前視察に行ったところ、酒が名産でさ。味も上等だったから、好きかと思って買っておいたんだへへ」なんて言いつつウキウキと飛び回っている。
 その後をゆったりとした足取りでついて行く男の背中が、最後の映像であった。
 そのまま彼等はホールから、カメラの視点から姿を消した。










 恐ろしい程の沈黙がホール内を満たしていた。
 ツナは途中から映像の一切を、細々と聞こえる音声の全ての認識を拒否していた。彼は床に突っ伏したまま死体のように動かなかった。あんな、あんな仕掛けがあったなんて。しかもこんな大勢の前で上映とか正気の沙汰じゃない。だめだもうぜんぶばれた。
「……十代目ェェェェ!!!!」
 悲痛な叫びがあがった。ボス命こと獄寺である。
 彼は酒気など遙か遠くに吹っ飛ばし、そのまま倒れ伏す主の前に滑り込みからの華麗な土下座を決め、そのままゴッゴッゴッゴッと鈍い音をさせながら頭を床と空中で激しく上下させるのだった。
「申し訳ありません! 申し訳ありません! オレとしたことが! 今すぐ準備します! ボンゴレ一盛大な宴を! 祝いを! クソッタレあんな野郎に遅れを取るなどォォォォォ!」
「ツナ……悪かったな」
 そう言ったのは痛々しい面持ちで首をふりふり現れたディーノである。
「そうだよな。毎年、リボーンの誕生日が一日先だからなぁ……ついプレゼントだけで済ましちまってたけど、その、な。お前さえ良かったらウチでさ、準備すっから。日付変わるまで夜通し祝ってやるぜ! ザンザスのやつなんかよりずーっとイイ感じにな!」
 いやああああやめてえええええ。
 まるで自分がお誕生祝いを催促しているかの如く気恥ずかしい。
 ツナは小声でひたすら「いいから、いいから、いいから、いいから」と念仏のように唱えることしか出来ず、それでも次々自分の周りに集まってくる彼等が――少なくともザンザスと自分の関係に気付いているのじゃないのだと知って、幾分かはホッとしていた。よかった。ばれてないっぽい。っていうか対抗意識燃やしてるっぽい。そっちか! それはそれでよくないけどよかった!
 そうだよな。あれだけの会話、ただの仲良しさんじゃん。いいことじゃない、犬猿の仲のヴァリアー首領とボンゴレボス、実は酒飲み仲間。ファミリーにとって良い話題じゃない。

 しかしそんな希望も、そっと背に置かれた手の感触と、抱え起こされて真正面から合った視線、未だかつて見たことのない驚きの白々しさ溢れる笑顔のリボーンの前に霧散した。
「そうかそうか。そんなに寂しい思いをしてたわけか。なあツナ?」
「ヒッ……」
「遠慮すんなよ、祝ってやるって。お前だけの為に、このオレが直々に――ヴァリアーのボスなんざメじゃねえくらい――しっかりがっちりネッチョリ朝まで祝ってやるから覚悟しやがれ」
「ひやああああごめんなさいいいいいい!」
 他の誰が気付かずとも、こいつだけは絶対に騙しきれるわけなかった。

 

2012.10.14 up


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