バランスビター・おまけ



「ふぅ…」
 ホテルの狭い浴槽から這い出た所で、着替えを部屋に忘れてきた事に気付く。
 仕方がない。
 腰にバスタオルを巻き、ガシガシと頭を拭きながら、綱吉は浴室を出た。
 殺風景な部屋の中、散らばった鞄の中身。続く出張で買い足した日用品が増えるばかりなので、整理しようと思ったのだが。
「つかれたー…」
 着替えたら即ベッドに倒れ込もう、と決意する。
 ラルと近辺の居酒屋で食事を終えたのが九時過ぎ。チェックインして風呂を使って既に十時を回っている。もう眠い。
 なにしろ朝はかなり早いのだ。
 早朝トレーニングは所変わろうが前日どんなハードな仕事だろうが問答無用で行われている。さっさと休まないとまた明日叱り飛ばされる事になるのだ。
 タオルを取りかけた時、コンコンッとノックの音がした。
 あの早い音。きっとラルだ。
(やばい)
 彼女はせっかちなのですぐにドアを開けないと怒る。
 それに随分一緒に居る上で分かったのだが、相手は男の裸など見慣れているらしく、恥じらったり、ちょっとどうかと思う、なんて注意をしたりはしないのだ。
 それよりさっさと用事を済ませたいタイプなので、以前着替えますなんて言ったら軟弱者と怒られた。
(怒られるのは嫌だ)
 綱吉は躊躇う事無く腰にタオルを巻いた格好でドアを開けた。
「明日の事だが」
 案の定、ラルは綱吉の格好を見てもまったく普通に部屋に入ってくる。
「少々予定の変更があってな。一日観光になった」
「ええ? 視察じゃないんですか?」
「それが…ん?」
 ベッドに並んで腰掛けた二人である。
 ラルは間近にある綱吉の腕を掴んで、まじまじと見つめた。
「大分…」
「はい?」
「悪くないな」
 何を言っているのかと思ったが。
 視線は腕や足、腹と移り、筋肉を見ているのだと気付く。
「そりゃ鍛えられましたから。板支えるのだって結構、コツとか力要りますよね」
「最初に比べればだ。フン、まだまだ…」
 調子に乗るなと言いつつも、笑っているご機嫌なラルに綱吉も笑顔を返す。

 丁度そのタイミングで、またもドアがノックされた。
 あれおかしいなと首を傾げる綱吉に、ラルが口を開きかけるが、その前にドアのロックが開いてしまう――鍵がかかっている筈なのに。
 ガチャリとドアを開けて現れたのは、お久しぶりの。
「社長?!」
「そういう訳で、明日はこいつと…」
「お前ら…!」
 驚く綱吉、説明を続けるラル、カードキーを持ったまま(なぜ持っているのか)入るなり固まっている社長と三人三様のリアクション。
 一瞬の間があった。
 そして一番に口を開いたのは、社長だった。
「チクショウ抜け駆けしやがって」
「へっ」
 そうだったのか。
 思わずラルと社長の顔を交互に見た綱吉だったが、続く名前と言葉に凍り付く。
「ラルッ! コイツ食う時はオレも混ぜろって言っただろうが!」
「………え、ええー!」
 そっち?! と驚愕する綱吉を庇うように腕を出したラルは、油断無い仕草で立ち上がった。
「何を馬鹿げた事を。貴様を一緒にするな汚らわしい! おい、気をつけろ」
「ひ、ひぃ」
「コレの前でそんな格好をするものじゃない。前々からやたら女を侍らせていけ好かん奴だと思っていたが……気に入れば年齢性別問わないらしいぞ!」
「うわあああ」
 慌てて着替えを持ち、洗面所に駆け込むその後で『余計なこと言うな』『貴様が自分で言ったのだろうが!』『あ、そうだった』だのワヤワヤ、いろいろ聞こえてくる。
(恐ェー!)
 綱吉は着替えを抱いたまま、扉を背にしてガタガタと震えるのだった。





 翌日。
「貴様が運転しろ」
「お前がすればいいだろう」
 睨み合うラルと社長に挟まれて綱吉は妙な汗を垂らしていた。
「あ、あの…俺が運転しましょうか?」
「お前は黙って座っていろ」
 確かに、綱吉は運転があまり得意ではない。
 いつもはラルがハンドルを握るのだが、今日はやたらと渋る。なにしろ…
「ほら、ココ。ココに座るがいいぞ」
「……」
 パシンパシンと膝を叩いている笑顔の社長のせいと思われる。
(店が総出でセクハラと戦ってる裏で、この人がこんなだとは…)
「…失礼します」
 綱吉は丁重に礼をして、いつもの如く助手席に収まった。
 途端後からヤジが飛ぶ。
「ダメダメそんなの。こっち来て座れ沢田、これは社長命令だぞ! 接待! 接待!」
「全部無視しろ。むしろ途中で放り出せ」
「ううう」

2009.11.10 up


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