C.P

 

飛んでいた意識が徐々に戻ってくる。事後独特の下半身の怠さ。
ふうっと満足げなため息を吐かれて後悔よりも何よりも怒りが先に立った。
「クソッ………クソッ………クソッ!離せこのバカ!」
先程までの、流されるまま快楽に従順な人格は消え失せていた。それよりも恥や、口惜さも手伝って強情で頑固な顔になる。
「生意気なんだよお前」
「あぁ?」
「さっさと仕舞え」
手を着いてずるりと抜き出すと、肩を上下させて呼吸を整える。床に滴った残滓を靴底で散らすと、綱吉は忌々しげに舌打ちした。
「見張ってろよ」
ずりさげられたズボンと下着を申し訳程度に直してから、膨れっ面が命令する。目は限りなく無表情で先程の余韻は欠片もない。
ひょこ、ひょことびっこを引いているような歩き方。
腰を庇うように添えられた手。
それでもあちこちに手を着きながら、自力でトイレのドアに辿り着く根性だけは流石だった。張り込みの為に借りた小さな貸し部屋にはトイレと狭苦しいユニットバスが申し訳程度に添えられている。
ぱたんと小さな音をたてて閉まって以来、聞こえてくるのは水音だけになった。

言われたとおり身繕いをして、皺になったコートの衿をぱんと払う。
下半身を殆ど剥かれ、挙げ句ドロドロの綱吉と違い、前をくつろげただけなので数秒で済む。相変わらず窓の外はちっとも変化が無く、連絡無線もウンともスンとも言わない。携帯ですらぴくりともしないのだ。
ただ、窓の外には張りつめたような空気が漂っている。ザンザスは独特の血生臭い気配を感じ取り、窓枠に手を置いて立ち上がった。
今回、皆はいざとなれば発砲も辞さない覚悟で望んでいる。狙ってくる組織の連中も、単なる障害物程度にしか思っていない。そこのところの非情な意識は犯罪組織も警察も同じだ。
「………来る」
独り言に近かった。しかし、その直後にバスルームの扉が開いた。
綱吉は荒々しく部屋のドアを開けて出ていった。ザンザスも直ぐに後を追い、二人は廊下の中程で走り始めた。
「急げ」
身支度は済んだようだ。襟足の部分が濡れている以外はいつものヨレヨレ具合だが目つきが違う。出会ってこの方こんな顔にはお目にかかっていない。
二人が裏口から飛び出すのと、銃声が響いたのはほぼ同時であった。店に向けて放たれた銃弾はまっすぐ二階の窓に飛び込み、束の間の静寂後恐ろしいほどの叫び声が上がる。
店の戸口に辿り着いたところで、無線がザラついた音を発した。
「もう行ってる!」
シンプルな言葉を叩き付けるようにして返す。突入は、既に始まっている。





幸いというか何というか、腕の無いスナイパーだったのか。
はたまた幸運か―――ターゲットは腕の肉を少しばかりこそげ落としただけで無事であり、そのまま逮捕、護送された。
店にあふれかえるチンピラはまとめて護送トラックに詰め込まれ、制服警官が機械的に暴れる群衆を押さえつけていた。
計三日に渡る大捕物の後にしては気が抜けるほど静かな通りを、様子見に幾人もの刑事警官がうろついていた。
「しばらく再開は無理じゃねえのか…」
「グズグズしてると女の子が流れていっちまうってよ。明日にでも業者が入るらしいぜ。見舞いにでも行くか?」
「公僕の安月給じゃな…なぁ!」
「へっ……?」
不意に話題をふられた綱吉は慌てて振り返った。
「な、何?」
「何って、おい大丈夫か?ぼんやりしてるんじゃねえぞ」
「後輩に任せて後でふんぞり返ってたって?」
偉くなったモンだなあニヤニヤ、しているのは以前の綱吉を知っているからだろう。
扱き使われていた時代が彼にもあったのだ。
「トシかなあ、なんて。ハハハ」
「まああの若いのがいりゃお前なんてそれこそふんぞりかえってようが寝てようが余裕だろ。3人まとめてぶん投げてけろっとしてたらしいぜ」
「そりゃすげえ」
「若いのは違うねー。俺等もあと10年若けりゃあ………」
「その前にその突き出た腹をどうにかしろよ」
「違ぇねえ」

クックックアッハッハと快活に笑って去っていく先輩方を見送った後綱吉はこっそりと頭を抱えた。
そりゃ確かに今回、自分は何もしなかった。
できなかったのだ。
そこまで辿り着き、銃を構え、手を挙げさせるのが精一杯だった。向かってきたら簡単に倒されていただろう、それもこれも全部、
「そのボウヤのせいなんだがな………」

署への足に車を一台確保して、早くしろとばかり睨み付けている後輩に全部の書類仕事を押しつける算段をしながら。
綱吉はひょこひょこと歩き出した。


2006.8.28 up


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