悪魔を転ばせる男/番外

 

困った。
常に困ってばかりの人生だが、こんなに困ったのは久しぶりだ。
薬がじわじわと意識を食い潰していく。粘膜から吸収されるとアルコールでも悪酔いする、もっと強い効果を持つ薬なら?チカチカ、キラキラ、お遊び程度じゃ届かない幻影が目の前にちらついているとしたら?
尻をもぞもぞさせる度、ベッドのシーツが擦れてずれる。恥知らずの一部が足を開きかけ、思い直して位置を直すフリをする。女のように交差させ、アーアー言ってるこの格好がどんなにえげつないか自分が一番よく分かっている。どうしてこんなことになったのか。
無言。わざとらしく沈黙。背を向けて外を眺める意図的な放置。
高尚過ぎて平民の俺には理解できない。いきなり人をトイレに連れ込んでズボンを引きずり下ろし、尻に指を突っ込む趣味なんてどうにも。

そもそも、始まりはあの日。犯人の死亡という最悪の形で警察の面目をぶっつぶし、幕を閉じた事件はその後、奇跡的に生き延びていた子供たち3人の発見でチャラになった。俺は最高に持ち上げられ、褒めちぎられ、顔どころか名前も知らない様々な偉い人たちの間を盥回しにされて賞状をもらい、なんたら平和像をもらい、ピンクのふわふわドレスに身を包んだジャリガキ………いや市長の末娘さんから花束を貰った。
見世物が終われば後は講演会をしてくれだの、本を書かないかだのという山ほどの誘いが来て一々断るのも面倒なので適当に上司に任せていたら、俺はその全てを断りまくった相当に気難しい変人というレッテルを貼られていた。するってーと今度は寄付金攻撃。
金をやるから広告塔になってくれという潔い申し出の数々から、たった一つ上司が許可したのは地元の盟主様方による政治色プンプンの集いだった。どうやら予算の問題らしい。
そんな訳で俺はなれないネクタイなどを締め、珍しくいいスーツを着て、くしゃくしゃのスピーチ原稿を握り締めて時間まで会場となるホテルの部屋でプルプルしていたが、緊張しすぎて本番はガタガタ。何を言ったのかも覚えてないし、質問に答えられたのか、そもそも質問があったのかすら記憶にございませんなていたらく。
上司の生温かい視線に迎えられ、迫り来る人々の脅威に怯え逃げ出した俺はフラフラしながらエレベーターに飛び込んだ。俺は愛想笑いを浮かべながらスミマセンと謝りつつ、つい習性で隅の方へ移動した。日陰を歩くことに安息を見出すジメっとヌメっとした種族なのである。
エレベーターに乗っていたのはなんかいかついおっさんが何人も、だった。
「………」
気のせいか?
気のせいではない。
丁度隣位置に立つやたら大きなおっさん(………いやそう言ったら失礼か、まだ若いかもしれない意外と)、いやお兄さんは、無理やり入っちゃった時からじいーと顔を見てくるので、どうにも居た堪れない………
「………」
なんだよ。
ちらりと隣を伺う。黒いスーツにネクタイにグレーのシャツ、という、お葬式ですかみたいな格好をしたガタイのいい兄ちゃんに知り合いなどおらず、そもそもこんなインパクトのある人物一回会ったら絶対に忘れないだろう。目つきがキツくて強面のヤクザっぽい、絶対道で出会ったら回れ右をして逃げ出すこと請け合いの顔の側面にはくっきりと傷が浮いている。これがまた怖い顔によく似合ってて、子供が見たら速攻でわあわあ泣いてお漏らしそう………っていうか俺も泣きそうだ。
キツい顔がお好みならハンサムと言えなくもないがまず問答無用で怖い。心底近づきたくない。
じりじりしながら待っていると、彼らの行き先はもっと上だった。なんだ金持ちか。
奥から出るとき「失礼」断ってスイスイ抜け出す。なんか半端に笑いを浮かべて降りて即ゾクッ。ガクン、ドサリ。何をされずとも俺はその場へ転がった。
ゆっくりエレベーターから一歩を踏み出すその気配が、確かに何かに似ていると思考に到達する前もしくは同時に、スーツの襟首を掴み上げられた。

「名前出してない!どころか何も言ってない!口座番号さえ教えてくれれば礼は即入金する!!」
部屋に入った途端の第一声だ。我ながら相当情けないが、殺されたくなかった。
懐に手を突っ込まれた時は財布で我慢してくれるのかと思ったが、予想に反してというかある意味予想通りというか全然違う動きをしている。おいおい、待てよ、それどころじゃないだろう………俺はこれから上司に紹介してもらったお嬢さんと(講演会に出る条件だった…)木曜の夜に食事に行き、健全な道に戻る第一歩を踏み出そうとしているのに。足が長くて俺より5センチは身長が上だけど、私背が低い人が好きなのなんてサービスたっぷり言ってくれるから一時の名声に釣られたんでも好奇心でもなんでもいい、俺を君の女という性で癒してくれと縋る予定で思いっきり愛想良くしておいたのにぜーんぶ頭から吹っ飛んでしまいそうだ、ウーッ…

ギシ、とベッドが鳴る。彼はお喋りが嫌いだそうで、俺の口には布を噛ませ自分で弄れないよう後ろ手に縛り上げている。どんなにソコが疼いても、苦しくても、体をずらしてほんの少し得られる刺激を頼りにするしかない。それだって、時間が経てば経つほど辛いから、もう叫んでしまえば楽なのだと思う。つまりそれを待ってるんだろう。
あの悲惨な初体験の思い出は、俺的にはかなり人生での忘れたいことランキングトップに位置しているのだが、相手はまた違うらしい。わざわざこうして顔を晒してまでする必要性が他にない。好奇心だろうが興味だろうが嫌がらせだろうがまたは他のもっとゾッとするものだろうがなんでもいい、今すぐ忘れてくれ。お願いする。
「フーッ…」
転がる。耐えきれず、膝を下にして落ちる。
柔らかい絨毯に受け止められなければ皿が割れてしまいそうな勢いで転がり、俺はそれでも出口の扉に向かってずるずると這っていく。苦労して身を押しつけて膝立ちになり、なんとかほんの少し動く頭や肩でドアノブを回そうとするが、完全に無駄な努力だ。そんな健気な俺を彼は全く無視しつつ、そのくせ愉快そうに観察している。嫌なやつ。
「フグッ………!」
崩れる。いよいよいけない。立とうとしても片端からがくがく力が抜けていき、後ろの疼きは最高潮に達している………ああもう、なんでもいい。いっそ入れろ。生殺しの快楽に漬けられた脳みそが無責任にそんな思考をはじき出す。丁度、ずりずり這い回ったせいでずれだした猿轡がもう少し頑張れば外れそうな緩み具合だし、この際。我慢して………
「な、あ」
涎でべとべとになった布が顎をずり落ちた。
「ちょっと………お前、なんか………」
同時に理性も滑り落ちる。今はもう、一つの事しか考えられない。

「だいっキライだ―――ッ!!」

呼びかけに振り向いた顔がぎっとキツくなった。





やーもー絶対言ってやんね…
決意は固かった。男がそう簡単に根をあげるかよ!………ってあげるけど。も、どうでもいいけど………
ドアを背にした駅弁ファックでガツガツやられながら俺は嫌いだの変態だのクソ野郎だの罵り続け、その度に酷くえげつない腰使いで責められてヒイヒイ涎を垂らし足を回してしがみついて、結局嫌いがもっとになるまでそう時間はかからなかった。
全部、薬のせいだ。
痛くて死ぬかと思った最初と違い、薬の効果は絶大。痛みは殆ど麻痺した状態で奥の奥まで突っ込まれ前立腺をぐりぐり擦られると、まるで漏らしたみたいに盛大にぶちまけて爪先までヒクヒクする。余韻に浸る間もなく、また次の射精感が込み上げてくる。底がない。そのうち、ずるずる力が抜けてしがみついていられなくなると今度は膝立ちのバック。好きだねー………いや俺も好きだけど………自分でする分にはな。
「んっ………の、悪党っ…!人殺しっ…!変態強姦魔ぁっ…」
「オレにそんなクチきくんじゃねぇ、よ」
殺すぞ、と例の文句を吐き出す口が耳の後ろにピタリと吸い付く。熱い。ああ、ヤバイ。また。



2006.6.18 up


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