出張



 柿本千種はうんざりしていた。
「会議です」
「会議ですか」
「ええ。では今日はこの議題について話し合いましょう」
 トン。
 厚みのあるボードに、流麗な文字が躍っている。無駄に綺麗だ。どうでもいいが。


『沢田綱吉と六道骸今後の進展について』


 死ぬほどどうでもいい。
 普段から表情が顔に出ない男と評判の彼だが、内心では相当うんざりである。
「一大事というのはそれですか」
「はい」
「追っ手がかかったとか、そういう事ではないんですね?」
「違います」
「だから犬を呼ばなかったのか…」
「あの子は子供です」
 この話題はまだ早いでしょうと真顔で言う主の顔を見つめていると、足下がぐらつくような気がした。
「一緒に旅行に来れたという事は、脈があると思っていいんでしょうか?!」
「仕事だからついてきただけだと思いますが」
 沢田綱吉はあれでいて、一応勤務態度は真面目なのだそうである。
「長時間のドライブ中、親しい言葉を幾つも頂きました…」
「あーなんか想像できますが多分そういうのじゃないと思います」
 十中八九罵詈雑言であろう。
「お風呂から戻ったら、僕が用意周到に脱ぎ捨てた衣服の位置が変わっていました。これは僅かでも離れていたくないという感情が彼をそうさせ」
「邪魔だから除けたのでしょう。部屋の端まで」
「千種!」
 ばしばしと畳を叩いて苛立ちを露わにする。
 六道骸と言えば、裏の世界では結構名が知られてたりするのに…と柿本千種は情けない気持ちになった。
「骸様」
「なんですか!」
「押して駄目なら引いてみろという言葉があります」
「おお!」





 夕食である。
 この宿は潜伏先のうちの一つだ。そう――捉えてはいるけれども。
 居心地が良く、山奥で動き辛い所はあるが中々便利だった。身元がちゃんとあるというのも悪くない。
 故に柿本千種はこの宿に愛着を持たぬでもなく、宿の者にも迷惑をかけたくなかった。
 あの素っ頓狂な主と哀れな連れには自ら食事を運び、給仕をする事にした。
 従業員には大事な客と言ってあるから不審がられてはいない。(心配はされた)
「うわー、すごいなー」
 運んできた膳を覗き込み、沢田綱吉は歓声を上げた。
「手伝う?」
「いや、いい」
「ごめん、邪魔になるか」
「重いから。客だし」
「……」
 骸の方をちらりと見ると、腕組みをし、座布団の上に座って険しい顔をしている。
 自分の言った『押して駄目なら引いてみろ』を実戦しているようだが、いきなりすぎて不自然だ。
 他は無駄に器用な人間だが、こういう所はとんでもなく不器用である。これでは沢田綱吉には伝わっていまい。
「…どうしたの」
 流石に哀れに思い、助け船のつもりでさぐりを入れる。
 しかし沢田綱吉の視線は膳の上のものに釘付けであり、膳が移動すると顔もウロウロ動く。
「知らない。なんか、戻ってきたらずっとアレなんだよねー。腹でも下したんじゃない?」
「…はあ」
(まったく気にしてないですよ、作戦替えた方がいいんじゃないですか)
 沢田綱吉が膳を見つめ続けているチャンスを利用し、さりげなく合図を送る。
 しかし骸はムスッと黙り込んだまま動かない。視線も合わせない。
(骸様)
「…フン!」
(あれ)
 フリかと思ったら、本当に怒っているようだ。
 やっと視線を寄越したと思ったら、ギロリと睨まれて焦る。
(なんで…)
「柿本は? 一緒じゃないのか?」
「え…あ、いや。客だし」
「いいじゃないか一緒に食べよう。ほら、座って隣」
「だから…」
 雲行きがどんどん怪しくなってくる。沢田綱吉は――勿論懐かしさからだろうが、柿本にばかり話しかけてあまつさえ肩や腕に手をかけてきたりする。
 端から見ればやっぱり、
(ベタベタ…してるように見えるんだろうな…)
 学生時代も、ゲームや漫画だのと話題が合うせいで沢田綱吉は側に居た。
 骸にあらぬ嫌疑をかけられた事もある。まさか、主を差し置いて。
(それにオレは変態じゃない…)


 はっきり言って、迷惑だ。


「沢田」
「なに?」
 はっきりと断ろうと思って向いた顔が、ぎこちなく固まる。
(う…)
 沢田綱吉に罪はない。妙な人に妙な気に入られ方をしただけで。
 彼の瞳は久しぶりに会った自分への友情でキラキラと光り輝いていた。
 これを邪険にする事は…

「冷めるから、早く食べた方が良い」
「そうだな!」

2008.8.21 up


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