内装は新しかったが、建物自体は古い。経営者も変わっていないだろう。
細い階段を上がって通路、隣の建物に続いている。外灯脇に昔ながらの連れ込み宿の看板が見え、可笑しくなった。
部屋に入れば獄寺は黙りこくったまま、静かに床へ座り込んだ。立っていられないほど酔っているのでも、入れた拳がダメージを与えているのでもない。
どうしようもない精神的疲労が彼を苛んでいるのだ。

腕を伸ばして立たせようとする。
せめて椅子………はないか。ベッドの上でもいい。引くと、長い前髪の奥からもうしわけありませんとくぐもった声の謝罪が聞こえた。
「獄寺くん」
此処には誰もいないし、誰も聞いていない。
「そんなに辛いの」
「辛い、わけでは」
解けかけたネクタイを外し、取り去る。シャツのボタンは最初から上二つ分外れていたが、それも全て。
「分からなく、なりました。俺はあのじいさまにゃ、えらい世話になってんですよ…」
「少し聞いてる」
「テメエなんか無理だって言われて何度も何度も殴られましたよ。人前で…生まれの事も、バカにしやがった。挙げ句オヤジに連絡まで」
「………それは聞いてないなあ」
「絶対、殺してやるって思いましてね。そのくせ飴ポケットにねじ込んできたり、意味分かんねえ、ですよ。いや意味なんてねえのかな。ただ子供扱いしやがって、俺甘いもの食わねえってのに」
少しずつ吐き出している彼の唇に触れる。
腫れて熱かった。俺のせいだ。俺の。
「理由は後で知りました。俺と同い年の孫がファミリーの抗争で死んでる」
俺が。
「驚きますよね。殺しに行けば、怒鳴りつけられる始末で。なんで人の忠告きかねえんだバカかって、真っ赤になって怒る。年寄りってのは気が短いですねぇ…」
だからなんだと言うんだ?
「俺はもうずっとそんな事ばかり思い出してます。腹が、大穴開いたみたいに」
「柄じゃないね」

出した声が冷たくひび割れている。苛立ちは最高潮だ。
「10代目?」
そこでやっと彼は気付いた。はだけた衣服の合間から手を入れ、直接触れる。女の香水がぷんと匂った。
「あの男は君の過去の象徴で、闘争心をかき立てる燃料だった」
少し押せば簡単に転がった。膝に乗り上げ、首を緩く愛撫しながら見下ろす。
「けど理由じゃない。繰り返す、理由じゃない。しなければならないことを思い出せ」
おれはいらいらしっぱなしなんだよと、囁いてやる。
「なあ、手間をかけさせるなよ」

勿体ぶっているのではない。
価値が分からない。俺は男だし、特に綺麗でもない。彼は相手を選べるだけ恵まれているのだから、申し訳ないような気もしていた。
だがコートを脱いで、上着を脱いで、シャツのボタンに手をかけたところで身体をひっくり返された。目に光りが灯っている。元の彼だ。
「あの、俺は」
「いいよ」
「おさえる自信がありません」
「許す」
効果覿面ってやつだ。鼻先にニンジンぶら下げられた馬なんて失礼な例え方。しかし他にぴったりの言葉があるだろうか?いつもに戻っている。確かにキーは俺自身だった。(あいつの言うことはいつでも正しい)

だらりと両腕を流す。床の汚れが気になって擦ると、一気に腰を持ち上げられた。
投げ出されるようにして落ちたベッドのザラついた寝心地に失敗したという意識が過ぎったが、すぐに考え直す。
膝の合間にあてられた彼は既に熱くなっている。屋敷までは無理だ。
「女じゃだめだったの…」
「貴方だけです」
嘘か本当か知らないが、胸を舐め回す彼の舌はやけに熱心で、時折うねる。
思い切った選択をした直後独特の、意識が白むような感じ。腰に食い込んだ指がゆっくりと伝って下にのびる、まどろっこしい。
「痛くしないで」
彼は胸元から顔を上げ、笑った。
その後頭部を掴み引き寄せる。合わせた唇は血の味がした。意識を取られていると前を握られ、ゆっくりと擦られる。

力を抜いて横たわった。
もう俺は何をする必要もない。彼は熱心にそれを続け、唾液でべとべとにした胸から口を離してやや反応をしだした俺を頬張る。
生暖かい口内の感触に低く呻くと、更に舌で舐め回された。たまらない。器用に舌を翻し、舌裏でくすぐったり、脇までくるむようにねっとり這わせたり、夢中になってしゃぶっている。
「楽しい?」
「………は…出して……ください」
根本や袋の方まで扱かれ、急激に射精の感覚が迫ってくる。無理をしないことにして、身体を快感の波に任せると程なく少し荒い息が漏れた。
彼は先端からほとばしったそれを零さず全て口に飲み込んでいく。情事の最中、彼はこんな顔をするのか。いつも厳しく前を見据えられ、もしくは軽蔑も露わに見下ろす高慢な視線は微塵も感じられず、半分落ちた瞼と、目端に覗く艶が男の俺でさえも変な気分になるほどだ。
たまらなくなって足で引き寄せた。
思った以上に興奮した身体がふつふつと熱を上げる。唇を合わせかけて止まった彼に自分からすりよると、舌を差し出す。
躊躇いがちに絡んでくる彼のそれは妙な味がした。俺の。
「信じられない」
興奮した声。俺だってそうだこんなこと。
平べったい胸をいやらしい手つきで撫で回していた手が中央の突起を捉え、擦りあげる。びりびりとした感覚が半身に響いて思わず声をもらすと、動きは派手にぐにぐにと肉を潰す、激しいものになる。
「や………痛…」
しかし彼は手を止めず、俺が再び興奮しているのを確かめそちらにも手を伸ばした。
唾液で濡れた指が順繰りに落ちていき、合間を通り、後穴へ行き着く。
「駄目ですか」
低められた声が耳元で訴える。入れさせてくれって事で、それは男なら理解できる衝動だ。
「好きなようにすればいい」
息をのむ音がして、目を開けると彼はもう身を屈めていた。顔を俺の尻に突っ込んで、舌をのばして舐め始める、べろべろと、がむしゃらで激しい動きで中と外を舐め回し、唾液を送り込む。
「ぁっ、う」
指は前を扱いている。きゅっきゅとリズミカルに行き来する親指は固く、間違いなく男の手だ。
どうして気持ちいいんだろう。
後ろも、痒みやくすぐったさと紙一重の快感に浸り始めている。指が一本中へ入り込み広げている。ぐぐ、と奥まで入れられて痛みと異物感が酷い。
しかし黙っていた。

徐々に緩む中を二本の指が行き来している。飽きもせず俺の全身を舐め回していた彼のそれは十分過ぎるほど熱くなっていて、手で触れると今にも弾けそうだ。
「駄目、いたずらしないでください」
意地悪な物言いに目を開く。笑っているが、切羽詰まった表情を見てそっと手を離す。
「これじゃきついですかね」
身体をひっくり返され、うつ伏せの状態で膝をつき、尻を高く上げさせられた。入れるのかと身構えたが彼の熱は尻を滑り、指をくわえたそこではなく尻たぶの合間を行き来する。
ぬるぬるした感触と荒い息づかい、ぺちぺちと軽く肉の触れ合う音が耳を犯す。
してる。間違いなく。後悔?分からない。
「一度出します」
彼は短く言うと、うっと息を詰めて吐き出した。
背中をどろりとした感触が伝っていき、ぞくぞくと背筋が震えた。応ずるように収縮した後穴に彼は指をもう一本付き入れ、間髪入れずに掻き回し始める。
「すごく………すごく…ヤバい眺めです、よ」
ぬるみを背中に塗りつける手。ぴちゃぴちゃと音がした。三本の指が弄られすぎて感覚の麻痺した中をほじくり返す、もう限界かもしれない。
「ごくでら、くん」
呼びかけに応じて俺を掴んで返す。
彼は正常位がお好みのようだ。堪えきれないという風に唇を湿らし、射精後も変わらぬ硬度を保つそれを掴んで、押し当てた。
「あぁっ…」
入ってる。
太い先端部分がヌチュ、と音を立てて入り込む。相当慣らした筈なのにきつく、広がる痛みと圧迫感に喉がひくひくと喘いだが、意識はじんわりと熱かった。

不意に同性の前で、よりによって彼の前で両足を開く無様な格好が恥ずかしくなった。
なぜ急にそう思ったのか………多分、彼の視線が執拗に追いかけてくるからだ。
「やっ……いや…見るな…!」
腕を伸ばして視界を塞ぐ。くっくと笑う彼は首を振る仕草だけでそれを外し、まとめて掴んでぐっと上半身を押し倒す。
「ひあああああ!」
中に入ったものがびくびくと暴れる。息が切れる。
恥ずかしさと埋められた強烈な感覚で逃げ出したくなった。

この選択は間違っていたのじゃないだろうか?
俺は取り返しの着かない事をしたのでは。

ずっ、ずっ、と彼は腰を揺らし、俺を浅く突き始めた。その間も視線はしっかりと前で、開かれ、じっと此方を見ている。恥ずかしい、恥ずかしい。
嫌だ。
「見るなってばぁっ…うぅ」
「10代目…」
突然子供のように泣き出してしまう。彼は一瞬驚いた顔をしたが、勢いをつけて奥までねじ込む。ぐぷぷ、と圧力がかかり、俺は息を詰まらせた。
「ひっ」
「力抜いて。それじゃ辛いし、傷ついちまう」
腕を取って自分に縋らせ、彼は今や完全に己を取り戻している。その視線は俺しか見ていないし、些細なことは忘れるだろう。
「や、だ…」
「不思議な人だ………」
いつまでも恥ずかしがる俺を面白そうに見下ろして、宥めるようにキスをする。腰の動きが早くなった。ああ痛い。辛い。
「出、ます」
ぐっと息を吐いて彼は引き抜こうとした。反射的にその腕を掴み、引き寄せる。
目を見開く彼に耳元で囁く。
「いやっ……なか…出して」
「………っ!」

どばあ、と中で広がる。
最後の最後、してやった満足感に身体は幸せに弛緩した。倒れ込んできた重い体を受け止め、背中に爪を立てた。
びく、びくんと中で暴れ、数度の射精を繰り返している彼の目を固く閉じた表情。

いい具合に必死じゃないか。
多分、俺も。

「もう一回………しましょう?」
鼻先で擽るようにして唇を押しつけてくる頭に、腕を回し抱え、耳に口を押しつける。
「後で。皆が待ってる。ほら、この間の礼をしなくちゃ…」

2005.11.9 up


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