ヒバリとカメ
「ただいま」
「お………がえりなざい………」
つなよしを死ぬほど驚かせたのは片手にコンビニの袋を持ったヒバリでした。
どうやら買い物に行ってきたようで、なにー?さしいれー?何かあったかいもん飲みたいかもー!とつなよしは袋を覗き込みましたが。
「………ちぇっ」
中に入っていたのは缶コーヒー。しかもブラック。
「僕缶のブラックはあまり好きじゃないんだけど」
「じゃなんで買ってきてるんですか!」
「フフ…」
ぐいぐいと熱い缶をほっぺたに押しつけてくるヒバリの顔は楽しそうに笑っています。どうやらいやがらせをするため、わざわざブラックを選んで買ってきたようです。
まったくロクな事を思いつかないとつなよしが内心ブーたれていると、袋から何か転がり落ちました。なんでしょう、まだ何か入っているようで………
「………筆ペン?」
「ああ、それ?」
それは水性インキを使った筆ペンでした。
ヒバリはなんでもないようなフツーの顔でその包装をはがし、キャップを取って筆ぺンを構え、
「うわっ!な、なに」
「じっとしてよ書けないだろ」
つなよしの着ている物をはぎ取りながら、その肌に筆を滑らせました。
「ヒャッ!」
「動くなって言ってる」
「つめたい!つめたいんですがヒバリさんなにを」
「写経」
ヒバリの話によると、この寺に出るユーレイとやら、人にとりついた後は黄泉の世界へひきずっていこうとするらしいのです。その用心のため、全身にお経を書いておくそうで、そうすればユーレイ達にはつなよしの姿が見えないとのこと。
と言っても、とりつくどころか一向に現れない段階で用心もへったくれもないでしょうが、そこはヒバリです。誰がなんと言おうと、ヒバリ様なのです。逆らう気持ちは起きません。
「あぁコレ、結構楽しいなあ」
「ウッヒャッヒャッヒャッハッハ」
細かな筆先が皮膚の上を滑るたび、つなよしは身をよじって笑い転げました。くすぐったい。だめ。やめて勘弁して窒息する。
「ヒッ、ヒヒッヒバリさ……助け…」
「いらないところで敏感だなぁ君は」
ピコーン。ヒバリの頭の斜め上で電球が光りました。
彼はそれまでつなよしのヒヨワっちい背中に『天上天下唯我独尊』『一撃必殺』『天衣無縫』などという不良文字(不良がスプレー等で街路に落書きしたり、この文字を刺繍した短ラン及び長ランを着用する。バイクなどに文字入れする事もある)を辞書無しでスラスラ書き散らしていましたが(…写経?)、どうやらまたろくでもない事を考えついてしまったようです。
「ヒ………ヒバリ、さん」
「………」
「何してるか聞いてもいいですか………」
「………」
「あの、俺、ちょっと困った事態になりそうなんですけど」
ハァ、ハァ、荒く息を吐きながらつなよしはもじもじと身を捩りました。
ヒバリの使う筆ペンの先が、先ほどからヘンなところばかり擦るのでヘンな気分になってしまったのです。
アッもしかしてワザと?!
やべーよまたヤられるよ!!気付いたつなよしは必死になってヒバリの下から這い出そうとしますが時既に遅し、ヒバリは写経(落書き・いやがらせ・漢字練習)などそっちのけでカメの体を弄り回しました。
「はぅっ、あぅっ、ああっ」
すっかりのってきたつなよしの体を押さえつけ、ペンを逆にしてうしろに突っ込み、ぐちゃぐちゃとかきまわします。
「やっ、ちょっ、ヒバリさんマジでやばっ…」
「入れるよ」
「はぁっ?!」
場面が暗転しようとしたその時です!
それまでウンともスンとも言わなかった癖に、よりによってその時に!
部屋のロウソクが風もないのにふっと消え、生暖かい風が吹いてきました。思わず状況もわすれてびくりと震えたつなよしの、側に誰かの気配がします。
「ヒェッ………!」
ドロドロドロ………どこからともなく聞こえてくる気味の悪い音。
恐る恐る顔を上げると、なんと地面から離れた何もない場所から唐突に腰が浮かんでいます!
それも相当イイ腰です。モデル並みに細く、形が良く、ぼたっとした大きめのストレートジーンズをつっかけてはいたらさぞかしかっこいいであろう腰です。
つなよしは自分の貧相な腰じゃなくて、こういうのが欲しいんだァ………と束の間うらやましがりましたが、そんな場合ではありません。
その腰には勿論腹がくっついていて、腹には胸がくっついていて、最終的に頭が………
あ、かっこいい。
俺を呼びだしたのはお前だな………
望み通り………
黄泉の国へ連れ帰ってやる………
でででもユーレイだ――――――!?!?!!?
その口がおどろどろしい言葉を吐き出したところでつなよしは耐えきれなくなり、
「シギャアアアアアアアア!!!!」
「うるさい」
ボカッ。
「イテエ!」
後頭部を容赦なく強打され、涙目で後ろを振り返ると其処にはユーレイと同じくらいおどろどろしい雰囲気と更に激しい怒りを纏ったヒバリが、トンファーを構えて完全に殺る気でした。
「ヒバリさっ、それっ、それユーレイ」
「知ったこっちゃないね」
邪魔をされて超不機嫌のヒバリはつなよしに手をのばしているやたら男前なユーレイに襲いかかり、あっという間にぼこぼこのメッタメタにのしてしまいました。
幽体だとか、そんな事はヒバリには関係がないようです。
だってヒバリ様だから。
「まあ、そこそこ面白かったかな」
「うぐぅ…」
すっかり当初の目的とは違うユーレイツアーの名残で、つなよしはぐったりしていました。
やっと甲羅を返して貰えたというのに、逃げるどころか腕一本持ち上がりません。逆に、見た目に合わず体力魔神なヒバリは軽い足取りで山を下ります。
その手には紐が握られており、その紐の先にはつなよしがくくりつけられていて、ヒバリに引っ張られてずるずると山道を落下していました。多分、帰り着く前にすり切れて死にます。
ヒバリは振り返り、仕方ないというように肩をすくめました。
「ほらちゃんと掴まってるんだよ。落ちたら置いてくからね」
「あうぅ…」
100年に一度の気まぐれでヒバリに背負って貰ったつなよしでしたが、彼の意識はぶっとんでいました。
まだ落書きだらけの体を降りる速度で揺さぶられています―――
その後ろを、なにやら不穏な影がのそのそと着いていくのも知らずに。
2005.9.30 up
文章top
|