有り得ない患者
世間では相当な女好きと見られているが、実の所その通りである。
いや、好きなのだ。大抵何を考えているかというとまあ、ナニだ。死ぬ時は酒瓶を隣に置いて、女とイチャつきながら死にたいし。
でも近頃、ちょっぴり自信を失いかけているのも事実である。
男も四十を半ばを過ぎると、体力の底が見えてくるものだ。若い時は際限なく楽しめた様々な事が、今は一回やるのもフウフウ息を切らしやがる。
無礼なガキにそれをつっつかれても、大して言い返しは出来ない。冗談じゃねえ、オレはまだ若いぞと口では言っているが内心結構傷付きもした。違う奴には何か良い方法があったら教えてくれと言った。どうも調子が良くない。
女は好きだ。
女は綺麗だ。どんなに気分が腐っていても笑顔を浮かべる術を心得てるし、その気になれば男を何度だって天国に導いてくれる。
ただ、その何度も出来ない男にはとことん冷淡にもなれる。または、下手な慰めをうってもっと気分とナニを落ち込ませるかだ。
そんな訳で、この所ちょっぴりご無沙汰気味だったのは否めない。だからと言って、オレが何でも手当たり次第手をつける程飢えている事にはならない。あくまで中休みだ。だから。
「有り得ねぇぇぇよ、バカ」
「このオレが頼んでいるのにか」
「お前にはちょっとばかり義理があるかもしれないが――いや、やっぱりそんなもんはないぜ。冗談じゃねえ、お断りだ!」
「このオレが、頭を下げて頼んでいるのに」
「下げてねえじゃん」
偉そうにふんぞり返っているようにしか見えない。
目の前で長いアンヨをこれ見よがしに組んでいるのが若いおネエちゃんだったら良かったのに、と以前なら思ったものである。
今はその足が生地に包まれていようが上を辿っていけばおネエちゃんには決して無いブツがついてようが、どちらでもいい気分だった。
やっぱりビョーキだ、これは。
「おめえも分からねえ男だよな」
「それがオレの仕事だ」
おお、言い切りやがった。
しかし流石にこいつも――今回だけは気が進まなかったらしい。
色々とストレスを抱えていそうだ。いつもなら匂いがするから絶対に口にしない煙草の類を懐から出し、火をつけた所をみると。
ついつい誘われてしまいそうな良い香りだが、医者なんて職業をやってると自分の身体まで知りたくないのに知っちまう。
若い時の無茶のせいか、今のオレがアルコールの過剰摂取と喫煙を続けたら、あと十年も生きられないだろう。
「もう幾らも手段は残っていない。その内最もリスクの低い方法を選ぶのは当然だろう」
「よーく考えてみろ。不可能だろ?」
「なんとかなるさ」
「ならねえよ! 絶対に!」
奴はその後も散々オレを名医だとか、お前にしか出来ないとおだてていたが、向こうの要求を考えれば良い気分になる所ではなかった。
オレは確かに名医だが、それはひとえにこの溢れんばかりの才能と、人類(ただし、胸と腰が突き出てる人種に限る)愛と、ろくでもない体質のせいだろう。
それはオレの身体に住まわせている菌やウイルスの事じゃなく、もっと馬鹿馬鹿しくてくだらない方だ。医者になる前はそれこそ何の役に立つのか分からなかった。
考えようによっちゃあ便利なんだろうが、ろくでもない。
例えばそう、まあ、とびきりイイ女にあたり、相手はオレの渋〜い大人の魅力のせいで脳内にドーパミンが溢れまくり、即ベッドに沈み合うコトになり、そうなればオレは世界一マメな男になる訳で当然ながら相手は化粧もぐちゃぐちゃになるほど泣いたり、喚いたり、果ては尻だけで飛び上がって叫んでびくびく震えてるだけになるのだが、オレだってそれが居心地の良い場所に収まっていると一緒に真っ白になれる。二度目は、獣みたいになっちゃうかもしれない。
そんな感動的クライマックスの中オレの意識は引き摺られるようにして相手の体内に潜り込み、その女の身体の奥深くにひっそりと息づいている病巣とバッチリ目を合わせてしまうのだ。平たく言うとオレはセックスで相手をオルガスムに至らせ、自らも同等の快感を得ればその身体の隅々まで知ることが出来る。比喩ではなく。
医者が莫大な金を掛けて設備投資し、哀れな患者を横にしたり斜めにしたりひっくり返したりしても分からないコトをオレは一瞬にして知ってしまう。
正に、名医になる為に生まれてきた男だ。
ただし女専門の。
「何度も言うが、オレのアレは女専門だぜ。男相手なら欠片も勃ちゃしねえ」
「目を瞑ってヤればいいだろう」
「あのな、男っていうのはもっと繊細なの! 分かるでしょ!」
「オレも非常に複雑な気分だが…それしかあいつを助ける方法はなさそうなんでな」
黒服の葬式屋みたいな(職業の方も、それに大体相違ない)男が"あいつ"と言い表すのは、オレもそこそこ知っている人間だ。十年前はガキだったが、今はそこそこ普通に成長しきった、
まぎれもない、
男。
「お前の言ってることは無茶苦茶だ。お前だって、いきなりそいつの為だからってイエティの女を抱けって言われたらどうするよ?」
「女なら大丈夫だ。案外ベッドの中では可愛いかもしれん」
「オレもその仕事をするくらいなら、そっちのがマシだ。少なくとも女だしな」
生理的な問題なのだ。
「無理だ、出来ねえよ。突っ込む以前の問題だ、勃たねえ。ボーズも可哀想だとは思うが…」
「とにかく、一度会って様子を見てくれ」
会って見たら同情でもすると思ってるんだろうか、だとしたらとんでもない間違いだぞと力んでオレはそのドアを叩いたが、中を一目見るなり早速同情してしまった。
「あれ…? ドクター……久しぶりですね…シャマル」
「元気そうじゃねえか」
ベッドに伏すそいつの両脇には、番犬よろしく部下連中が文字通りしがみついている。
黒服の人相の悪い男にずらりと囲まれたら、オレだって具合が悪くなる。しかもその内一人はガキの頃からオレが面倒を見てやらなくもなかった奴だから、余計に悪い。
「クソ医者…何しにきやがった」
「お見舞い。感謝しろよ?」
隼人が吐く悪態も、まるで勢いがない。
こいつがこんなボス命な人間になるなんて、昔じゃ考えられなかった事だ。
「それと内緒にしといてくれ。オレが男に花を贈るなんて世も末だ」
「自分で言ってりゃ世話ねえな。クソ、静かに話せよ…」
「オレは医者だぜ」
花を花瓶に突っ込んでから、むさくるしい男共を除けて座る。
ベッドの上のボンゴレ十代目は、いいとこ虫の息と言った所だった。顔色なんかも死体と代わりがない。
「リボーンが…言ってました…午後には、新しい、医者を寄越すって」
「次も見つけてくるかもな。奴は走り回ってるよ」
「はは…」
見たところ、全部悪いようだった。
呼吸も本人が良く気をつけてしているから傍目には穏やかだが、かなり苦しいだろう。
血流がうまくないので全身に十分な酸素を供給できず、青いを通り越して白くなっちまってる。
目の下のクマ。
痩せた手首。
どっから見ても重病人だ。厄介なことに、原因が分からない。
出来る検査は全てしたと言っていた。十分に信頼の置ける病院と、医師と、検査器具の名前。
多分何も分からないだろうという確信の元、オレは最後の悪あがきで診察道具を取り出した。
「はいはいはいむさい男どもは一人を残して全員出てって見たくないから。代わりに美人の看護婦を寄越してくれ。おい隼人、お前の事じゃねえさっさと出てけ」
最後のむさい男の一人は、部下が出て行くなりゼイゼイと苦しげな呼吸を始める。
呆れ果て、オレは乱暴に顎を上向けさせた。
「お前な。病人がバカに気を遣ってどうする」
相当苦しい筈だ。
呼吸器を使えば楽になるが、身体も弱くなっちまう。
まだ回復を捨ててないって証拠で、それはこの酷い有様な患者の一つだけ良いところだった。
「苦しいか?」
沢田綱吉はそれでも、弱々しい笑みを浮かべて見せたのだった。
2008.6.7 up
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