魔物の村

 

 その時ディーノの頭にはすっかり先の展望が見えていた。
 メインの街道から外れた道を選んだのは、己の嗅覚としか言いようがない。魔物、それもそこそこの大物がいそうな気配がしたのだ。
 この辺りの森は深い。遠くの山は切り立って鋭く、人を寄せ付けない。
 こういう所にこそ獲物はいる。
 舌なめずりをするような心境で、薄暗く狭い道に入った。
 近頃は人が増えすぎてどこもかしこも町がある。もちろんにぎやかなのは好きだし、遊ぶにも不自由しない。食い物もうまい。

 自分の生業からして、町でだけ暮らすことは出来ない。
 それに騒がしい人の波に揉まれていると、それだけで息が詰まる瞬間があった。元来が田舎暮らしで、合わないのかも知れない。
 一人で静かに自分の息遣いだけを聞いて過ごしている間、心は穏やかであり、何の不満もなかった。だからディーノは食うために、落ち着くために、己の在り方を――辿ってきた道を振り向き、確かめる為に人のない道を行く。連れをもたないのはそれが理由だ。



 辿り着いたのは、山奥の小さな村だった。
 反応は二つに分かれる。歓迎か、拒絶。雰囲気は良かったからてっきりいけるかと思ったのに。
 ただ滞在を断られたのだったら、ディーノはあっさり引いただろう。
 村人達は大いに動揺していた。その目線は気遣わしげですらあり、口を揃えて引き返せと言う。
 しつこく何度も尋ねると、簡素な服を着た純朴そうな若者が建物の影まで引っ張っていき、ぼそぼそとした声で話してくれた。

 この村は呪われている。
 森には魔物が住み、贄を欲している。
 どんな力のある勇者も、僧も、誰も敵わない程だ――と。

 どうするんだと訊いた。
 すると若者は迷ったような表情を浮かべ、ちらりと奥の建物を見た。
 造りが他の家と違う。組みがしっかりしているのはこの地方の特色だが、何だか必要以上に厳重だ。
 ご丁寧に、見張りまで置いて。
 これは――まあありがちな展開だが――
「あの中に、誰か居るのか」
 若者の視線がびくりと揺れる。
 震える唇が、これは古くからの契約なのだと言う。言いながらどうしようもない罪悪感に苛まれ、表情が歪んでいる。
 悪い人間ではない。臆病なだけで。
 しかし一人の人間を死に追いやるには、それで十分だ。





 ……と、ここまでくれば大体の展開は予想できるだろう。
 閉じられた村、生け贄を欲する魔物、意味ありげな村人の態度。
 あの建物の中には誰かがいる。
 っていうかぶっちゃけ若くて可愛い女の子に決まってる。
 魔物への贄は若く、見目良く、清らかでなければならない……という正式条件こそないものの、大抵はそう決まっている。
 魔物だって油ギトギトの中年男よりかは、美少女の方が良いに決まってんだろ的な認識が世間に浸透しているからだ。万が一ご趣味でないものを捧げてしまった場合、村人惨殺村全滅もありえるのだ。そりゃもう細心の注意を払って選ぶに決まっている。
 歩き通しで体は疲労を訴えているし、村に宿を取ることも出来ないらしい。
 当初の目的を果たすためにも、自分は此処に留まるべきだろう。
 そして――
 建物との距離を測り、見張りの視線や動きのパターンを頭に叩き込む。
 宿や食事にありつける方法は一つしかなかった。
 あの中だ。
 哀れな生け贄の娘を助けてやろう。
 そう思ったのだ。無論、それだけではなかったが。

 落ち着かない気分を押し込めて、丈夫な木組みの窓枠へと足をかけた。
 外見のせいで世慣れているように見られるが、ディーノは感覚的には普通の青年だった。
 美しい女性を見れば心が騒ぐし、別に、なんてすかしていられるほど余裕があるわけではない。
 今もわくわくと期待を込めて壁にへばりついていた。あまりこういう仕事は慣れているようでない見張りの頭上でひらりと身を翻し、死角となる面の窓まで狭いスペースを伝って歩く。
 壁一枚隔てて人の気配がした。
 静かな、静かな気配だ。音もしない。
「よッ…と」
 フラついた拍子に足が当たった。
 慌てて表を見るが、見張りは気付いた様子もない。
 フウと息を吐いて体をしっかりと隙間へとひっかける。見る限り窓は中からでなければ開かないようだ。
「んー…」
 その時、中から小さな音がした。
 少し考えて、コンコンと二回叩いて返事をする。無論他には気付かれないぐらいの小さなノックだが、中には十分聞こえただろう。
 枠が軋む音がして、唐突に窓が開いた。
 とりあえず。
 苦しい体勢から一気に体を持ち上げ、中に滑り込む。ひゅ、と息を呑む音がして、相手が驚いたのが分かる。
 格好良く決めようと思ったのに、予想より床が深かった。
 バランスを崩したディーノは後頭部を擦るように打ち、呻き声をあげる羽目になった。
 失敗だ、格好悪ィ、どうしよう。
 そんな事を考えていると、「大丈夫?」と声をかけられる。
 周囲を憚って顰められた声。
 透明な音。
 何処か少年めいた響き…………え?



 顔をあげると、其所にはなんだか予想と違うものが居た。


2011.8.28 up


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