肉ってなんだ

 

 春風が爽やかに吹き抜ける校舎内を闊歩していた雲雀は、2年の教室の前で止まった。
(沢田…綱吉)
 確か彼はA組だったのではあるまいか。
 しかし、授業中にも関わらず教室の中にその姿は無い。サボりか? それとも…
「…フン」
 来たとき同様、スパアンと扉を閉めて去っていく雲雀には、教師を含め誰もつっこむ者は居なかった。
 怖いので。





「ひいぃぃ〜っ」
 ツナはその頃、学校から遠く離れた場所に居た。
 真面目ではないが不真面目でもない彼は(属性:適当)、サボっているのではない。朝は立派に登校中だったのだが…
「ガタガタ騒ぐンじゃねえッ!」
「あぁ〜ん?」
 ああんと言っても色っぽい方ではない。
 ツナの周りをぐるりと取り囲んでいるのは、隣町の不良共だった。
 しかも制服から言って、高校生である。

(こ、ころされる…)
 彼等はツナの恐怖で引き攣った顔をじろじろ眺めた挙げ句、爆笑した。
「ヒバリのヤツもヤキが回ったモンだぜ!」
「あいつがホモ野郎の変態だとは知らなかったなオイ」
「なんだこのガキ。こういうのが趣味なのかァ?」
「……あああ」
 ツナはガックリをこうべを垂れた。
 あの雲雀の宣言以来、学区内で風紀委員の姿が見えたな、と思うと彼等は必ず近くまでやってきて
「ちーっす! アネさん!」
「どうもっす!」
 と挨拶するようになった。
(違ううううう)
 完全に雲雀の女扱いである。まああれだけ堂々と肉奴隷宣言されたら…信じるしかないのか。そうか。
 盲目的な忠誠は今やツナの命を危険にさらしていた。
 近隣の不良は、雲雀初のスキャンダルを千載一遇の好奇と捉えたらしかった。
「違いますっ…俺はただの…」
「あぁ?」
(肉…がつかない方の、奴隷なんで…す…)
 元はと言えば雲雀が区別が出来ないのが悪いのだ。
(男が肉…なんて、恥だよおお!)
 恨めしい気持ちがして、思わず心中で「雲雀さんのバカ。ものしらず」と罵った時だった。
 ドカンと音がして、ツナの閉じ込められている建物のコンクリートが割れた。破片が吹っ飛び、その内の一つがツナの顔面に直撃する。
「ふごぉっ」
 手を縛られたままだったので、受け身も取れず仰向けにぶっ倒れる。
 後頭部を強打したツナはしばらくまともな思考が戻ってこなかった。くわんくわんする。

「来やがったなヒバリィィィ!」
「てめえのスケは抑えてるっ! こいつが惜しけりゃ黙って殴られとけェェ!」
「は? なにそれ」
 バゴス、と打撲音がした。
 雲雀は不良の脅しなどなんのその(というか聞いてない)、目に付く者を手当たり次第に血祭りにあげていた。
「意味」
「わかんないんだけど」
 その視線がちらりと、床に倒れているツナを向いた。
(ひ…ばりさ…ん)
 ぐったりしているツナを見る彼の表情は、やや不機嫌そうに顰められた。
「どういうこと? ウチの肉奴隷に手を出して無事で居られるとでも?」
「ひっ…ひばり、さ」
 ツナの言葉を遮り、部屋の隅に追い詰められた不良が引き攣った声で叫ぶ。
「この変態野郎ォォォォォ!」
「――は?」
 全員をトンファーでめった打ちにした雲雀は、床にくたばっているツナを足先でつついた。
「ちょっと、説明してよ」
「ハア…俺は今朝登校途中突然この人たちに連れてこられ」
「そっちじゃない」
「ぐっ」
 靴先が腹に食い込む。苦しい。
「変態ってなんだ」
「……」
「僕が聞いてるだろ」
 靴でぐりぐりなぶられても、言えない。

 それは全部貴方の肉奴隷発言によるものです、とは……

「肉がどうかしたの」
「はぁっ」
 どうやら無意識のうちに口から出ていたらしい。
 先程頭を打ったダメージから回復していないようだ。
「ええと…その、分かりません」
「ふうん?」
「ぐえっ」
 今度は手。ぎりぎりと容赦なく体重をかけてくる…
「それって学校で習わないよね?」
「習いません習いませんっ……ヒッ?!」


 必死で弁解しようとしたツナの視線の隅に、動くモノがあった。
 どうやらあの雲雀の猛打を耐えたらしく、ゆっくりとその場に起き上がる。
(根性、あるなあ…)
 こいつにかまけて俺の事は忘れてくれないだろうか雲雀さん、とツナは微かな希望を抱いた。
「まだ動けるの」
「てめえ…よくも…」
 不良の目はギラギラと異様な光を放っている。
 あっと思う間もなく、そいつはツナに襲いかかってきた。
「ひいぃっ?!」
 後ろから羽交い締めされて、足が宙に浮く。ダミ声が耳をつんざく。
 恐怖に固まっているツナの顔の横で、その血まみれの口がくわっと開いた。
「どうだァ!」
「…ん?」
 ツナを人質に取ったつもりだろうが、そういうのは…
(この人には通じないと思うんだけどな…)
 案の定雲雀はきょとんとしている。本気で意味が分かっていない。
「こいつがてめえの『処理係』だっていう事は知ってるんだぜ…!」
「はあ?」
 雲雀はカツカツカツと寄ってきて、硬直する不良の前で構えた。
「処理係?」
「オ、オレは知ってるんだ!」
「彼にそんな体力はない」


 うわー。わー。


 ツナは自分を拘束している男の顔面が真っ赤に染まったのを見てしまった。
 その口から小さな呟きが漏れる。
「絶倫…宣言…」
 ――違うと思う。





「あ、あり…がとう、ございました…」
 ハアハアと息荒く、ツナは並盛に戻ってきた。
 公園の水道で汚れた顔や手を洗うと、随分サッパリして頭の方も大分調子が戻ってくる。
 すると今度は先程の雲雀の発言や相手の反応が思い出され、いたたまれなくなる。
「あああの、雲雀さん!」
「なに」
「余計な…事かも知れませんがっ」

 春風に煽られ、雲雀の学ランが激しく揺れた。
 あんな大立ち回りをしてのけた後の割に、乱れは殆どない。
 立ち姿も、その堂々とした視線も、全てが――

(――ッダメだあああっ!!!)
 言える訳がない。この人にそんな。
 ツナは恥と、これから面倒そうだという予感と、雲雀への尊敬その他諸々ごっちゃの感情を抱いたまま、拳を握り締めて言った。

「これからもお手伝いさせてください…」
「言われなくても扱き使うよ。奴隷だし」


2008.3.13 up


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