数年後

 

 一つの対象を狩る為に、ハンターが大勢集まることは珍しくない。
 一つ二つのチームではどうしようもない程の大物、異常発生した群れ、その他諸々の理由で大規模な掃討が計画され実行される。慣れた筈の事だ。
 しかしどんなに大勢が加わるクエストも、ヴァリアーは常に単独行動を貫いていた。他人と組むのは手練れの彼等にとって足手纏いになる。自分たちからすれば合理的判断だが、それを煙たく思う人間も居る訳だ。
 今回ヴァリアーはチーム名を変えて登録している――というか、此処の所合同クエストは必ずそうしていた。面倒を避ける為の処置を避けるこの方法は他ならぬボスの指定であり、皆首を傾げてはいるものの、表だって尋ねる度胸のあるものはいないのだった。機嫌一つで人殺しも厭わないような男だ。怒らせるのはできるだけ避けたい。
 多くの場合、中継役になるのは次点幹部、太刀使いのスクアーロである。
 太刀使いの中では有名な男で、元はハンターではなく人を切ることもあった。だがくせ者揃いのヴァリアーの中で比較的円滑に外部との交流を保てるのは彼ぐらいのもので、如何にこの連中が腕は立てども狂人変人の集まりかという事がお分かりになるだろう。
 そんなわけで。
 朝もはよから野営地を出て、スクアーロは美しい山間の小道をテクテク歩いているワケだ。

 前日に連絡のあった通り、待ち合わせ場所には既に人が来ていた。
 指定通り一人で現れたようで、辺りに他の気配はない。太刀使いのスクアーロは鋭いその感覚でもって周囲の気配を探り、人も害意ある生き物も気配すら無いことを確認して、ゆっくりとその場へと出て行った。
 日当たりの良い広場になっている中央、砕けた岩が幾つも積み重なって出来た自然のテーブルの上に、その人物は座り込んでうつらうつらしていた。のんきなヤロウだと些か呆れながら、スクアーロはその岩棚の上に飛び乗った。
 フードを深くかぶった――装備から見て男だろう――は、尻を飛び跳ねさせるようにしてその場に立つ。
「ふんがっ?!」
「おう。待たせたなぁ」
「ふえ? うあ、ゴメン寝てた」
 でへへと照れ笑いをするその顔に、影を落とすフードが取り除かれる。
 現れたのは随分と若い、というより幼いハンターであった。小柄で細身、明るい茶色の目と髪、ツンツンとはねた特徴的な髪型以外は特にこれと言って目立つところはないが、どことなく人の良さそうな顔つきである。
「こんにちは。俺はこの先で陣を張ってるハンターチームの一人で、ツナヨシって言うんだ。よろしくね」
「悪いが、よろしくされるつもりはねえんだよなァ」
「そうなの?」
 きょとんと此方を見る眼差しに歪んだ色は何もない。
 あまりに毒気がないのでつい、スクアーロは手を伸ばしてその頭をぽんぽんと撫でてやった。上位のナルガ装備と使い込まれた大剣から見て彼が見た目以上に腕が立つハンターである事は分かるのだが……こいつ、小突き回したい愛嬌があるな。
「ウチはちょいと事情があるのさ。まあ、あんたらはあんたらで勝手にやってくれりゃあいい」
「えーと、じゃあ」
 ガサゴソと懐から紙を出した『ツナヨシ』は、書面の空欄を指し示す。
「此処に君達のチームの責任者、ボス、リーダーのサインか印章が欲しいな。今回相手が相手なんで、ギルドがちみっと保険かけてくれるらしいんだけど、個人プレーとなるとその対象外だから。いい?」
「面倒臭ぇ」
「まあそう言わずに」
 へらへらと笑ってはいるが何気に押しが強い。こんなツラをして、案外と強かだ。
 スクアーロは逆に感心し、仕方がないと野営地の方向へ顎をしゃくった。相手はごく軽い動作で高さのある岩場から飛び降り、滑らかな動きで歩き出す。
「君達はチームだよね?」
「ああ。オレの名はスクアーロだ」
「そうか。俺は……言ったっけ」
「ツナヨシ」
「そう、ツナヨシ。ツナでいいよ」
「お前は?」
「俺もチームに入ってる。と言っても身内なんだけどね。ソロで出る時もあるし……」
 ツナの視線はスクアーロの背後で揺れる、長い髪に釘付けだった。
 ハンターや兵士の中には急所を守る為に髪を伸ばしている者も、ただの不精者も居るが、前者の場合は編んでぐるりと首に巻いているし、後者は手入れされていないぼさぼさ頭が多い。
 陽に透けてキラキラと光るスクアーロの頭髪は女も羨む究極のストレートであり、更に色は貴重な艶のある銀だった。
 若い時には短く刈っていたのだが、願掛けの意味で伸ばしてある。
「ねえ、スクアーロ」
 髪の事でも聞きたいのだろうか。
 しかしツナの視線は髪に固定されているが、質問の内容は思っていたのと違った。
「君のチームってどんな人たちなの?」
「変人の集まりだな」
「アハハ。ハンターやってると、多かれ少なかれそうなるよね」
「少なくねえんだ。ウチのはよ」
 スクアーロは顰めっ面になった。金が命、正に守銭奴と言った態のガンナー。若く逞しく見目の良い男に目がないハンマーオカマ。気に入らない事があれば直ぐに刃物を持ち出す双剣プッツン王族。義侠心が度を超して殆ど盲信の域のガンランスゴリラ……等々。
 そして極めつけはボスである。
 強さは折り紙付きだがとにかく横暴な男であり、口より先に手が出る仕様。その攻撃力たるや恐ろしく、一般人ならまず一撃で死んでいる。
 ある日突然唐突に姿を消し、数年前にまた突然戻ってきたのだが、その間何をしていたとかどこにいたとか言う情報を一切言わず一言「うるせえ」で済ませたある意味究極のマイペース。
 スクアーロはしょっちゅうこのボスから八つ当たりをされ、ありとあらゆるモノをぶつけられたり蹴られたり殴られたりしているので以上にアタリが強くなった。
 モンスターに吹っ飛ばされるのとボスにされるのなら、迷わずモンスターを選ぶ。そのくらい容赦のない攻撃を内外に発しており、血も涙も無い男である。
 が。
 唯一アイルーにのみ、扱いが丁寧というか、通じている時があり、たまにアイコンタクトしているので其処だけはちょっと笑える。実際笑ったら殺されるので出さないけど。
 諸々の事を脳内で展開していたスクアーロは、『とにかく、用事が済んだらさっさと帰んな』と忠告してやった。このいたいけな少年があの理不尽のカタマリに吹っ飛ばされる所など見たくない。案内した暁には手早く用事を済ませ、仕事もついでにやっつけてしまおう。
 そう、決意したのである。

 

 


 

 

「なにそのチビ」
 ツナを見るなりの、チームの第一声がそれであった。
 言葉を発したのはプッツン王族こと双剣使いのベルフェゴール。某国の王子つまり生粋の王族だが、諸外国を視察という名目でハンターをしている変わり種だ。
 性格は猟奇的変質的で、はっきり言ってこんなもんが王様をやったら国三ヶ月で滅びそう、というのがスクアーロの所見である。
 腰に下げた双剣とは別の、小さなナイフを手の内で弄びながら近づいてきたベルは胡散臭げな顔つきでツナをじろじろと眺め回した挙げ句、視線でスクアーロに問うてきた。なにこれ? なんでこんなチンチクリン連れてきたんだ?
「事情があんだよ」
 説明するのも面倒くさい。みんなまとめてで良いだろ、と奥へと足を進める。
 野営地入り口からは丁度死角になっている位置、そびえ立つ岩山の影にじっと座り込んで動かない男。それがこの、我等がヴァリアーのボスである。
 ギリギリ攻撃が届かない範囲で立ち止まり、ホレ行けとツナを小突いたスクアーロは――
 隣に立つ彼が呆然と目を開き、口元を戦慄かせながらじりじりと後退っているのに気がついた。
「おいツナ?」
「ヒッ――」



 ぐるん、とものすごい勢いで顔が向いた。
 すれ違うだけで通行人が目線を逸らし、子供が泣き出すと評判の強面がくわと目を剥いて此方を見つめている。
 あまりの目力に慣れているスクアーロでさえ一瞬びくりと肩が動いた。なんだ、なにごとだ!
 次の瞬間突っ立っていたツナがくるりと後を向いて、無言でダッシュをかけた。
「アッ、おい!」
 と思ったらそれまで座っていたボス――ザンザスが立ち上がり、追って走り出したではないか。
 何事?! と目を剥くメンバーを余所に、普段ハント以外では滅多に走る事などないザンザスは、図体に似合わない俊敏な動きで通り過ぎていく。
 ボスもさることながらツナの方の逃げ足も速かった。正に電光石火である、背に大剣を背負っていながらあっという間に岩場を飛んで越え、小川を蹴散らして薄暗い山道へと駆け上がっていく。
「は」
 何の事情か知らないが。
 あのいたいけな少年ハンターがボスに関わりのある人物として、あの顔つきでは……追いついたら殺されてしまうのではないか?
 それはあまりにも可哀想だ。ナリな凶暴な剣士であるスクアーロだが、ヴァリアーの中では比較的常識人な彼である。同情心を呼び起こされて、二人の後を追うことにした。
「一体なんだってんだよ、あんたらぁぁぁ!」





 山道から川に沿ってぐるりと山をまわり、崖から海に飛び込んで――
 逃走ルートは起伏に富んだ非常に険しい道であった。にも関わらず、あの子供は大分距離を逃げていた。中々根性のあるやつである。状況が許すならスカウトしていたかもしれない。
 そんな事を考えながら二人を辿っていたスクアーロだが、とうとうツナは林の中で掴まってしまった。
 いや、あれは、ボスずりぃ。
 ザンザスは手当たり次第木をなぎ倒し、その道をふさいでしまったのだ。ツナ本人に当たらないよう囲うように倒れた木を見る限り、殺そうというのではないようだが……
 逃げ場を失い、おろおろと周囲を見回しているツナへずかずかと近づいていくボスの姿を見たスクアーロは慌ててその場に飛びだそうとした。
 もう木に足がかかり、飛び降りるばかりであった。
 だがそれをすんでの所で留まったのは、少年の胸元を掴み、乱暴に押し倒した挙げ句上から覆い被さったからだ。
 とっ、あっ、ちょっ、とか言いながら樹上でわたわたしていたスクアーロを余所に、二人の間では話が進んでいるようだった。
 ツナはそれまでの怯えっぷりが嘘のように、怒りの形相で暴れ出した。

「このっ……触るなバカ! ヘンタイ! 嘘つき! 人でなしィィッ!」
「誰がバカだてめえ。犯すぞ」
「おまえ相変わらずサイッテーだなザンザス! っつか勝手に装備解くなヤメロー!」
 まさかそっちのお知り合いとは。
 というか、なんでボスは……いつから宗旨変えしたんだ? アンタ男の趣味なんぞなかった筈だが。オカマに言い寄られて三分の四殺ししてたじゃねーか。
 かろうじて木の幹にすがり体勢を立て直しながら、スクアーロはガタガタと震えていた。あいつ、大丈夫なのか。ああ、ボスにンなクチ利いて……サイアク殺されんぞぉ。
「こっちくんな!」
 そんなスクアーロの心配を余所に、ツナは人が変わったように悪態を吐いていた。
 出てくる言葉は全て罵声であり、ギリギリと睨み付けている視線から相当恨みが深いことは分かる。
 マジで、一体、どういう関係なんだ。
「今まで何処に消えてやがった……ッ!」
 驚くべき台詞にスクアーロは木から滑り落ちる所だった。今の、本当にボスが言ったのか? あの人が?
 ツナの細い肩を掴み、ガッタガッタと揺らしている。これが立派なもので、幾ら顔がぶれるほど揺さぶられてもツナは頑として譲らず、それどころか綺麗に体勢をかわして蹴りまで入れようとした。
「うるさいっ! お、お前が全部悪いんじゃないかっ……俺にあんな嘘教えやがってえええ! あの時の俺ってばバカ丸出しだったわ! おかげでとんでもない恥かいたわアアアア! いいか、出先で会った父親にだぞ?! ぜえええんぶてめーのせいじゃねえかぶっ殺してやる!!」
「父親……? ああ、イエミツか」
「ああ……もう……なんでよりによって今」
 がくりと地面に膝を着いて。
 ツナは両の目からぼろぼろと涙を零し、ワンワンと泣き出したのだった。

 

 


 

 空白の数年間を埋めるキーが、この少年だったとは。
 スクアーロは数奇な運命のまわりに感心しながらも、今は自分の命について第一に考えていた。彼の腹にはしっかりとツナの腕が回されていて、胸元に押しつけるように顔が伏せられている。
 そして目の前には憤怒の形相をしたボスだ。
 駄目だ。オレ、死んだわ。
 せめてその前に真実が知りたかった。スクアーロは貪欲に質問を繰り返した。
「つまり……オレ達の前から姿を消してた数年間、ボスはお前の所に居たのか?」
「うん」
「おい」
 余計な事を言うんじゃねえ、と睨み付けてくる。
 ザンザスの鋭い眼光も、このチビには効きが今ひとつのようであまり反応はない。相変わらず鼻をグスグス言わせ、べったりくっついてオレの寿命を縮めている。
「騙されたんだ」
「騙してねぇっつってんだろ」
「最初は可愛かったんだよ?! でも中身こんなだからな。フン、完璧詐欺だ」
 ちなみにそれって、と内容を尋ねようとしたスクアーロはボスの顔を拝み、その表情のみで追求を諦めた。遅かれ早かれオレは死ぬだろうが、今突っ込んで聞いたら即死する。
「しかもいたいけな子供の俺にとんでもないウソ教育を施した挙げ句、みんなそうだって言って、一年近くもヤリまくったんだ。尻がすり切れるかと思った」
「……」
 無言のまま頭を抱える。紛う事なき犯罪である。
 しかしそれ以上に幼い少年に手を出すような性癖があったのかと、そればかり気になってしまう。
 いいんだ、犯罪の方は。
 元々アウトな人だし。
 オレも人のこと言えねえし。
「ボス……あんた……何やってんだぁぁ!」
 しかしスクアーロの涙ながらの訴えに、感じるところはひとつもなかったらしく。
 ザンザスの視線はその腕の中のツナに固定だった。
「お前が誘ったんだろうが」
「おっ、俺はなあ、そっち方面真っ白で! 何もわかんないで言ったの! 間違いぐらいフツーに正せよ! 言ってくれ! なんでずっと黙ってたの?! おかげで俺一人えっちする時尻に指入れるのがフツーだと思って親父にそれ言っちゃったよ!」
「うわおまえソレ」
「言っとくけど、あんたの所のボスのせいだかんな。俺は何も知らなかったんだから」
 ジト目で睨んでくるツナの眼光もまた迫力があった。境遇がまた泣ける。
 可哀想過ぎて。そして、バカ過ぎる……
「今俺親父といるんだぞ。っていうか、離してもらえなかったんだずっと。俺がバカで騙されるからって……何処の世界に息子の貞操心配して護衛する父親がいる? もう、情けなくって……」
 色々な意味でいたたまれなさを感じたスクアーロは、じりじりと体をずらそうとしたが余計にツナがくっついてきた。
 そろそろか。オレの死期は。
「あのね、あの人、お前を捜して血眼になってるから。会ったら絶対殺されるぜ」
「フン」
「俺が言うのもなんだけど、父さんめっっちゃ強いから。あとキレるとマジで怖い。深夜に見るお前の顔よりこわいぞ。掴まったらお前は、」
 其処でツナはふう、と一呼吸置いた。
「去勢されるだろうな」
「うええっ」
「ツナ……テメエ、いつまでそれにくっついてんだ」
 ぞっとする話よりそっちの方が気になっていたらしい。
 ザンザスは腕をのばし、渾身の力で引き剥がしにかかった。
 流石の馬鹿力である。ツナはすっぽーんと手甲を残し、他中身は全てザンザスの方へ持って行かれた。
「なんだよ。お前が先にいなくなったんだろ!」
「あのけったいな呪いが解けたかどうか、調べに少しばかり留守にしただけだ。お前こそちょろちょろ村から消えやがって」
「何も言わずに一月も帰って来なかったら! 普通は探しに行くんだよ!」
「……そうか」
「うるさいもう知らないっ」
 なんだろうか、これ。
 さきほどまで修羅場かと思っていたが、辺りには妙な雰囲気が漂い出している。ツナはすんすんと鼻を慣らしつつも、その抵抗は先程のように激しいものではない。せいぜいが――すねていじけているだけだ。
 ついでに、邪魔だとばかりにボスが睨み付けてるのも、つまり――そういう事なんだな?



 スクアーロは静かにその場から退散する事にした。なんかもう、キスとか始めてるし。いや、とか全然嫌そうじゃない声だし。クッソただの痴話喧嘩じゃねーかすげー疲れた。
 勝手に盛り上がっている二人を置いて野営地へと戻った彼を待つのは、事情を知らずねえねえと質問攻めにしてくるチームのメンバーと、愛息子の帰りが遅いと気も狂わんばかりに焦る伝説のソロハンター、沢田家光の尋問であった。

 


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