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ぐったりと疲労した身体を横たえる。残業が立て込んだのはここ数日連続で多発した窃盗事件のせいだ。車上荒らしは日常で、鍵を閉めていたってガラスが割られて中の物が盗まれる、けれど、車を丸ごと何台も盗む手口は大がかりな犯罪組織の存在を匂わせていた。
おかげで今まで興味も縁もなかった保険の事に、やたらめったら詳しくなってしまい。
眼鏡を押し上げ、今年新調したばかりのマシンを機動する。早くもケーブルとケーブルとケーブルに埋もれ始めた新住居はそれでも掃除の手を入れている方だ。極たまに来客があると気まずい思いをする羽目になる―――最も、相手はそんな事お構いなしであるが。
ああでもこの間来たのは………
あと二ヶ月は猶予がある………
どうやら三ヶ月のスパンで仕事を取っているらしい男は、突然現れて突然去っていく。あまりの唐突さに家に帰って来て初めて、あ、来てたの?と思うことなどしょっちゅうだ。そして部屋から気配が消えて行ったのかヤレヤレということになる。
本当に、不思議な程すっぱり気配を絶ってしまうのが不思議。
いなくなると直ぐいなくなったと分かる。ゴミや散らかった部屋が片付けられていたり、とにかく何か違うのだ。しるしを見てフムフムと納得し、日常に戻る、それが今の生活の全てだった。
久しぶりに潜ると、やはり例の事件で持ちきりだった。車泥棒。街の話題を拾っていく。
そうそう土地に愛着など持たないが、今の場所はなかなか気に入っている。静かだし近隣の住人も大人しく、問題はない。以前住んでいた安アパートは年がら年中喧嘩の絶えない夫婦とクソガキが下に、上は上で恋人をとっかえひっかえする男が住んでいて夜中に大層困ったものだった。
暗い部屋でカタカタ言わせていると、電話が鳴った。
指を走らせる合間に掴み、耳元へ持っていく。ゴトリと音がしてものが落ちた。
「あ」
とりあえずモシモシをすると、二ヶ月は猶予がある筈の声がしたのでぎくりとする。
『落としたな。聞こえたぜコラ』
「………なんで。どうしたの…さ」
『仕事』
シンプルな答え過ぎて分かるまで少し時間がかかった。
「ああ、こっちの仕事………」
『あけておけよ』
このあけておけ、の意味が分かったのはつい最近だ。部屋とカラダの事を指している。つまり、他に別の相手がいても俺が行く間は追い出せという実に身勝手な言い分。
(十代が言う台詞じゃないなあ…)
生憎別の相手などいない。これはまったく筋の違った断り文句である。
しかしそんな事を言うのも面倒くさいので「わかった」とだけ答える。
『………』
「それで…いつだって?」
『さあな』
ぶっきらぼうな返事に心の中でナンダヨと言い返し、受話器を抱え直す。
「お前さあ、来る度人の部屋に物騒なモン放り込むの止めろよ。俺の部屋凄い事なってんぞ………今警察に踏み込まれたら何も言い訳できない」
空きクローゼット一杯にズラリと銃の物騒なコレクションが入っている。防弾ベストくらいなら許さぬでもないが、手榴弾は一般人には必要ない。
「聞いてる?」
『フン』
聞いてるが、きけないという事だろうか。きっとそうだ。諦めよう。
ためていた息を吐いて、もう切りそうな気配の相手にさようならを―――
とその前に。
ふと、思いついて言ってみた。
「偶然だなぁ。ムシが知らせたのかな?」
『………なんだコラ?』
「今お前のこと思い出してた」
ガシャンと激しく受話器を叩き付ける音がして、顔を顰める。
あの様子では何処かの公衆電話だ。まったく、人の耳の事も考えろ―――苦々しい思いで受話器を戻した。
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