ポンコツ

 

客は早朝に着き、挨拶もせず寝室へ入っていった。幸い昨日の内に片付けてシーツを変えておいたから、不快ではなかったと思うが。
まだ寝ぼけた頭で応対に出ると、玄関の扉は開け放されていた。タクシーの運転手がいそいそと荷物を運び、客はその辺りを見回して鼻を鳴らした。俺を見て、まあこんなものかとも言った。
「いらっしゃい。どうぞ」
男は大きく、顔に派手な傷があったが、この町で顔に傷がある男など珍しくも無い。眠いのも手伝っておざなりに説明を―――洗面所はあちら、食事は要るかなど、細かくもどうでもいい事をずらずらと並べている間に彼は部屋に入っていった。眠いらしい。
俺は起きて昨日のうちに作っておいた分を酒場の主人へ下ろしにいった。殆どが常連用で、本人用に調合してある。俺の薬はちょっとの違いで効かない、本人専門のもので、客が幾ら欲しがっても俺が調合しないと話にならない。二度目三度目の客への効き目はその度微妙に変えてあり、やりすぎないよう気を使った。無理やりが意味が無いというのはそういうことだ。

眠そうな主人と世間話をし、前の分の料金を受け取って開き始めた店に入る。朝食を注文して窓際の席に座り、新聞を読む。
その間にも顔見知りが数人やってきて、入れ替わり薬の注文を告げていく。
面白いのがその誰もが、こっそりと言うことだ。
麻薬でさえ堂々と手に入るこの町で、彼らが俺の薬を恥ずかしがるのはきっと、ほんの少し混ぜる、初恋の相手を思わせるような懐かしさなのだろう。誰も文句を言わないから満足していると信じて作る。少なくとも、相当えげつない望みを持つもの以外はほんのり甘い、男にしたら恥ずかしさすら感じるような体験らしい。試したことが無いので分からないが。
コーヒーを飲み終わると新聞を束ね、丁寧に戻して店を出る。既に陽が高い。
雑貨屋によって薬の材料(ほんとうにくだらないものばかりなので、皆俺がどうやって薬を作っているのか知らない)を買い、ついでに夕食のメニューも見繕う。あの客はきっと心を開かないタイプだろう。こっちもそんなことは望んでいないし、単に友人の顔を立てる意味でのディナーだ。長い放浪暮らしでそんなことは珍しくも無い。

家に帰ると、男はまだ部屋にこもって寝ているようだった。
俺は物音をたてないよう気をつけ、夕食の準備を始めた。一応二人分の材料で、少し考えて三人分に増やした。ものすごく沢山食べるような人だったら、に備えて。
鳥が蒸しあがる頃、ようやく男は起きてきて席についた。俺がここに着てから備えられるようになったテーブルクロスとマットの上に皿を置くと、やっぱり挨拶もせずフォークを使い、一口食べた。
「………」
彼は驚いたのだと思う。
ほんの少し目を見開き、口の中の物を飲み込んだ後また次に手を伸ばした。後は、あっという間だ。
気がつくと皿が空だったので俺は自分の分も差し出した。
「良かったらどうぞ。昨日も鳥だったんで」
「ああ」
一応返事らしきものはした。
彼はあっというまに俺の分も平らげると、ナプキンで口を拭いて(育ちが良さそうだ。テーブルは汚れていない、食べ方も綺麗なもんだ)放り投げた。(ここは行儀が悪い)
俺はパンとサラダを食べながら、合間にお茶を用意しに行った。

「何をしている」
「お茶を沸かしてますけど………」
「違う。昼間」
シンプル過ぎてなにがなんだか。
問いはつまり、俺の生業についてだろう。
「薬を売ってるんです」
「行商か?」
「作って、売るんですよ。売るのは一種類だけですけど」
男は呆れたような顔をしたが、何も言わなかった。


2006.6.27 up


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