カランカラン。 「いらっしゃいませー」 昼時を過ぎても店内は混雑していた。 殆どが女性だが、中には書類を広げて仕事をしているスーツ姿の中年も居る。近所らしい初老の男性が、シクラメンの開花時期について店主らしい男と話していた。 「カウンターでよろしいですか?」 「ああ」 良いも何もコッチは一人じゃねえか―――ぶっきらぼうに返事をした後、ドカッと乱暴に腰掛けると店内は一瞬静まりかえった。 しかし少し経つとざわめきは戻り、店主の方は笑顔すら浮かべて「なんにします~?」などと聞いてくる。ふざけたヤロウだ。 「あんた」 「あ?」 シクラメンの水やりについて講義を終えた老人が、隣の席に座った。 「コーヒー好きかい」 「嫌いじゃねえが」 「この人の煎れたコーヒーうまいよ。おすすめだよ」 「ちょっとやめてくださいよそんな…」 でへでへと相好を崩し、照れまくる店主。 地味な容姿をしている上に男だ。 他に従業員の姿はない。 一体この店の何処にあるんだ(物?)と思って見回していると、コーヒーが来た。 「………フン」 まずまず、と言ったところだろう。 店主が恐れ入りますとぺこり頭を下げる。かなり若く見えるが、仕草の一つ一つがのんびりしていて思いの外いっているのかもしれないなと思ったところだった。 カランカラン。 「ただいま」 「おぅ、おかえりー」 聞き覚えのある声とキャー、という歓声に振り向く。 其処には赤ん坊の頃から一緒に育った腐れ縁のヤツがいた。 「何やってんだコロネロ」 「その台詞そっくりそのまま返すぜコラ」 「知り合い?」 「こいつにそんなモン出さなくていい。コーヒーと紅茶の味も分かんねえ味オンチだ」 「誰がだコラァ!」 本当にふざけた野郎だ。元々こうだが―――ますます酷くなってないか? 店主がのんびりと会話を繋ぐ。 「あ、そうか、なるほどねえ。なんか似てると思ったんだよ」 「あ?」 「あぁ?」 「………ってそんな二人で睨まなくてもいいじゃん………えーとキミ、コロネロ君?」 「ツナ」 ンだよ。 なんか不都合でもあるのか。タイミング見計らったように口出しやがって……… どさり、と箱を下ろしてリボーンがカウンターを揺らしやがった。 「買い物行って来た」 「うん、ご苦労様」 「駄賃くれ」 「あのな…」 店主がうんざりした表情になる。 しかしリボーンはお構いなしにそのぼんやりした顔を両サイドからがっちり掴むと、 「―――ッ?!!」 ………正気か、こいつら、口くっつけやがったぞ??!! つまりアレだ………ええい、アホか!アホだ! 後ろからきゃあきゃあ悲鳴があがる。そりゃそうだろう。 店でこんなモン見せられちゃあな………(微妙に喜んでいるような声が混じっているのは何でだ?) 「リボーン…!」 「ん?」 「人前でなんて事を!あわわわっ……すみません!!」 店主が誰ともなく店全体にぺこぺこと謝り倒す。 仕事を持ち込んでいた中年親父は見てなかったのか、きょろきょろしてまた視線を書面に戻した。 周囲の女共はきゃあーだの、イヤダー、だの言いつつ、席を立とうとしない。 「そうだな。いつもは裏行って、だからな」 「何言っちゃってくれちゃってんの?!バカじゃないのお前信じらんねえっ」 「フン………で?」 「あ?」 「なんの用だコロネロ」 そんなもん。 お前が暗殺家業切り上げて急にヤサをこの極東の島国に移してアホな事やってるって聞いたから問い詰めに……… とは一般市民の前で言えず、ああとかううで濁す。 「…裏で話す」 「お前とはお断りだ」 「違ぇよ!オレだって死んでもお断りだコラァァ!」 「あの………」 さっきのぼんやり店主が遠慮がちに喋る。 女が出来たっつーからどんな冗談かと思って来たら、コレか。 コレか? 冗談通り越して茶番だぜ。 「仲良いんだねえ二人とも」 「てめえ正気か?!どこをどうみたらそういう結論になるっつーんだコラ!」 「………で?」 「で、じゃねえよ」 「こんな世界の端までやってきて、暇なのか?それともオレが好きだとか」 「死ね」 「生憎本妻の席が埋まってな………1756番目の愛人なら、プラトニック限定で」 「…いや。今すぐこのオレが殺す」 「ほんと仲いいねー」 この状況で(本物の殺気×2人分)へらへら笑ってやがるこいつの脳味噌はどうなっているんだろうか。 目の前には湯気の立った白米とおかずの皿が。 何故か一緒に夕メシを食う羽目になった。 「はい、味噌汁。日本食平気?」 「いいからコイツは放っておけ。僻みからオレの邪魔しに来た心の貧しいヤツだ」 「それならなおのこと歓迎するよ。あ、肉もっと食べる?」 ………うまくいってねえのか? リボーンが伸ばした手を叩き落としたぞこいつ………できる様子はなかったが……… 「リボーンの言うことは気にしないで良いからたくさん食べてくれ!大きくなるぞー…っていうかもう大きいね!アハハ!」 でかいなぁ、としきりに感心しているその頭は確かに標準より低い位置にある。 でも男。 男。 「人のモンじろじろ見るんじゃねーよいやらしい」 「なんだとコラ!」 「お前のモンになった覚えは一切無いから…」 サラダを取り分けながらぼそぼそ喋る様子を見ていると、どうやらこの店主とリボーンは……… 「まだオトシてねーのか」 「うるせえ」 付き合い=人生そのものの長さ、のオレ達だ。分かる。 愉快になってにやにや笑うと、箸が超高速で飛んでくる。咄嗟に叩き落とすと一本がテーブルに刺さった。 「ちょっとリボーン………食事の席で暴れないでくれ。子供じゃないんだから」 「コロネロが」 「友達のせいにするなよ」 「………」 「あと俺の味噌汁にネギ入れてくんな!キライだっつってるだろ!」 ………なんだこの店主。実は強いのか? 「リボーン」 「なんだ」 「お前、仕事は………」 かぽ。 唐突に鍋(さっきまで料理が入っていて今は空)を頭にかぶせられ、店主がびっくりして固まった。 「アーアー、アーアー♪」 「ちょっ、何なんか空気しょっぱい!しょっぱいんだけど!」 「らーらーらー…今でもやってるぜ」 喋っている所は鍋を揺らして店主に聞こえないようにしている。 ガコガコぶちあたっているのが痛そうだが、大丈夫だろうか。 「ただ長期間の仕事はやらねえ。今は単発のだけだ。店があるからな」 「こいつはあの家光の息子だろう?」 「ルールールー………まあな。護衛も兼ねて、オトす」 「ほぉ」 知りたかった事は全て分かった。 食事に戻ると、ようやく鍋を離された店主がくわくわと目を回している。 「オトす前にイカレそうだぜ」 「大丈夫だ。こいつ丈夫だけは取り柄だからククク」 成る程。 だから気に入っているのか、このうすぼんやりを。 2007.1.18 up 文章top |