Re-composition



 故意に聞いたのではない。と、思いたい。
 人の過去を嗅ぎ回るようなマネ、極力したくなかった。自分自身もそうされたくないからだ。
 もういい、放っておいてくれ。
 あの時まではありふれた台詞。心底、うんざりして言っているのだと――思い知った。
 多分それは彼も同じ気持ちだろう。
「何も聞いてはいない」
「そう、でしょうねえ…」
 深い同情を込めたその口調。親切心。
 その全てが不要だと、どう言えば伝わる? 無駄だ。彼らには理解できないだろう。
 寄り添う存在が何よりの重荷になる瞬間など。
「もし、機会があれば。言って頂けますか、私達はいつでも――」
 不幸なのは、丁重に葬られていた筈の彼の過去を、僅かな片鱗でも知る人間と再会した事だろう。
 彼自身が憶えていないとしても。



「調査、とか。冗談じゃないですね。あんな保存状態の悪い現場見たの初めてだ」
「あれから三度は雨が降ったからな」
 思いの外、男は仕事に対して真摯な姿勢で望んでいた。
 それは当初の予想を覆す働きであり、来て数日の内に完全に事態を掌握しているように見える。
 なんとなく、彼は知っているのではないかと思う。
 捜査を進めるその態度、言葉に揺らぎはなく、あらかじめ全てが決まっていた事のように周囲に指示を出していた。
 一人で出歩くな、武器を持っているからと言って油断するなと、人に会う事繰り返していた。まるで犯人相手というより、猛獣相手の対処法だが、本人は至って真面目なのだ。
「そんなに騒ぐ程の事じゃないだろう」
「誰もがアンタみたいに心得があると思わないでください。オレだってそうだ」
 びっくりする程非力ですからねと言って、彼は胸を張った。
 威張ることなのだろうか。
「いや、アンタだって危ない。相手は人を殺してるんだから…」
「そういう気遣いは無用だ」
 前職を考えれば、自分で言うのもなんだが――オレは殺人のエキスパートという事になる。
 男は一瞬妙な顔付きをしたが、首を振った。
「ああ、もう。意味が違うんだよなあ…」
「それはともかく。なんだ、見当ぐらいはついてるんだろう?」
「…!」
 驚いたように見開かれた目。
 一瞬眉が顰められ、すぐに平坦な表情に戻る。どうせ鬱陶しく感じたのだろう。
「俺は……まあ、色々回ってますからね。こういう事件は多くないけど、少なくもないですよ」
「人の腹を真横にかっさばいて放置する輩が、この星系にはそんなに多いのか?」
「身も蓋もない言い方だなあ」
 ちょっと思い出しちゃったじゃないかと、口元を覆いながら恨みがましい目線がくる。
 こんなヤワな人間が捜査官だの――連邦もヤキが回ったモンだ。
「理由? 動機、というのかな。そういうのは全然分かりませんよ!」
「なんで威張るんだ…」
「ただ見えるんで。手を汚した人間は匂いがする」
「……」
 ああ。そっち系か。



(なら奴らとは話が合いそうなものだが)
 先ほど少し話をしたのは、なんというか、そういう見えるだの分かるだの言う人間が集まっている、コミュニティの一人だったのだ。
 彼らはいつでも精神の救済を説いており、少しでも不幸の匂いのする輩を嗅ぎ回り、絶対に声をかける。
 来たばかりの頃、自分も随分と追いかけ回されたものだ。
 曖昧な態度はかえって失礼だと思ったので、一度目を見てはっきりと不要、と伝えた所、止めてくれたが――彼らは遠くから見守る事にしたらしい(そっちもできたらご遠慮願いたい)。
「そりゃ結構な事だな…」
 若干の距離を取りつつ、しかしかえって興味が沸いた。
 彼らとは真逆の存在であるように思えたからだ――案の定、相手は先ほどよりずっと派手に眉を顰めた。
「あのー。そういう意味じゃないですが」
「別に。個人の自由だな」
「ああ、だから、もう!」
 余程腹に据えかねたのだろう。
 珍しく強い口調での否定。更に、こっちの腕を掴んで歩みを留めた。
「俺は」
「なんでもいい。ただ、目を付けられてる事は憶えておけ」
「は? なんですそれ」
 軍を離れ一人で暮らすようになり――自分の許容限界が此処まで落ちていたのかと実感させられた。
 無礼な口を利かれる事は別に良い。
 だがこの察しの悪さは苛立ちを誘った。こいつは自分を意識していない。どういう存在なのかも。お前がのんきな面を晒してうろつく度、何かを思う人間が居ることを。
「町で声をかけられなかったか? 教会の奴らにお前のことを――」
「はあ?」
「聞かされた。聞いた訳じゃないぜ」

 瞬間的に、波が引くように、表情が失せていった。
 扉を閉じるように感情を抑え、一瞬で相手の興味が消えたのが分かる。

「なるほど」
 なぜ、だの強い拒否や敵意でも示されたのなら、恐らく自分は彼を許せたのだろう。
 だがその時、男の視線はまったくこちらを向いていなかった。
「俺を知っている人が居たのか…なるほどね」
「それも教会の人間だ」
 それだけで、相当面倒な事が分かる筈だった。
 しかし彼は笑ったのだ。
「世間ってものは随分と狭いもんだなあ」
「…一応、他には言うなと」
「あ、口止めしてくれたんだ」
 ありがとう、と明るく礼まで言われて。
 何かがふつりと切れてしまった。





 何故そういられるのだと。
 尋ねた口調が余程切羽詰まっていたに違いない。
「俺の身の上話はそこそこ有名ですよ。貴方程ではありませんが、大佐」
「喧嘩売ってんのか」
 まさか。そんなこと。
 首を竦めて男は笑った。陰鬱な笑い方だった。
「多分、俺と貴方はある部分で非常に似た思いをしているのだと。理解しています。けれど」
 男の指が腕から離れ、その薄い胸をシャツ越しに掴んだ。
「知られること、同情されることに俺は慣れ過ぎてる。それは子供だったからでしょう」
「幾つだ?」
「八歳です」
 なんでもないように言った言葉が、波立っていた心を静める。
 僅か八歳の子供が、一人きりで、両親の――今まで自分を庇護してくれた全ての大人達の死に、立ち向かっている。そんな図が浮かんできたからだ。
「俺と両親の居た開拓団は極小規模なものだったから。大した損害ではなかったし、全滅なんてよくある事だった……あの時代は。有名なのは違う要因が絡んでいるからだ。違いますか?」
「詳しくは知らん」
「大抵の原因は行った先の惑星の環境にあります――気候、天変地異、細菌、大型捕食動物の襲撃。けどあれは、人為的なものだった。研究所があったんです。あの星に生息する非常に特異な生命の――」
 多分、繰り返し聞かされた言葉なのだろうなと思った。
 普段彼が使う言葉とは違う余所余所しさが其所にはある。
「俺が助かったのは貨物ロッカーに隠れて遊んでいたからだ。あれは高い気密性があるし、子供一人の酸素消費量なら三日保つ。そういう、事情でしたね?」
「分かった、もういい」

 聞きたくなかった。
 全部開けっぴろげにするのが彼のやり方なら、自分はその反対だった。
 世間で言われるそれが事実とは言い切れない。
 だが違うとも言い切れず、判断する資格が自分には無いからだ。

「貴方は……優しいんですね」
 大勢がそう言った。
 だがその殆どが、丁寧で気遣いに満ちた言葉の裏で自分を恐れていた事は分かる。
 妻と子供を殺した残忍な男だと――



「で、申し訳ないんですが」
 それまでの口調をがらりと替えて、男は言った。
「俺はその反対でして。正直どうでもいいわけです」
 快活な笑みさえ浮かべて、ぽんとこちらの肩を叩く。随分と気安い仕草だった。
「貴方の事情とか気持ちとかそういうの、本当に興味がないんですよ。俺がこんなだからかな?」
 だから安心してくださいね、と。
 奇妙な言葉で締めくくり、表情を戻す。
「とにかく今は事件解決、これしかないってかそれが仕事ですからねえ。ね、手早くやってしまいましょ」


2011.5.9 up


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