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故郷(クニ)でもその姿はよく見かける、寧ろ多いかも知れない。花を持って歩くその後姿だけで女と判断した俺が悪いのかも。けど、けど、ほっそい背中から腰から尻にかけてのラインとかエプロンしてるせいで余計先入観入っちゃってて。多分、男よか女のが親切だからってだけの単純な理由で声をかけたのが始まりだった。
「スミマセーン」
すたすた先を歩いていく背中は止まる気配も無くて、何度か繰り返し呼んでやっと振り返った顔は微妙に不機嫌そうだった。
(………男?)
判別つかなかったのは、反応の遅さ。
ハイとかナニとかそんなんじゃなくて、返事は「のあ?」だった。
のあ。
どんな意味だ。ムズカシイな日本語。
「ああ、ハイハイ」
呼んだ癖にポッカーンと口開けて突っ立ってた俺を流石に可哀想に思ったのだろう。
彼はゆっくりした足取りで、鉢を抱えながらやってきて。後ろから見たら花を抱えてるってだけの光景が、前見たらちゃんと土入った鉢で驚いた。重そうだ。
あー………
だから真剣な顔してたのかもしれない。落としちゃマズイって思って。
声をかけたことをすまなく思って「ゴメンなさい」と謝る。
「どうしたの?」
「ア………道が分からなくて」
「住所はあるんですか」
自分で買った部屋の場所が分からないなんて、言うのも恥ずかしいことだったが。
違う道を通ったら分からなくなったんだからしょうがない。
俺はもたもたとポケットから紙を取り出した。くしゃりと丸まったそれが余計恥ずかしくて、一生懸命皺を伸ばしていると彼はそれを無造作に覗き込んだ。
「新しく出来たトコだな………橋は………渡らないな。ウン」
そこでやっと確信が持てた。声が、男の子だった。まだ学生ぐらいに見えるけれども、物言いは落ち着いている。
「分かりました。この通りをまっすぐ行って…」
「まっすぐ」
「直進、右折、十字路を左坂上がって右」
早口でそう言った後、彼はクスリと笑った。
「分かンねーな、これじゃ。俺説明下手ですね」
なんだろう。
「配達の途中で。少し寄り道していいなら、案内しますけど」
なんだこれ。
「いいですか?あれ?」
お兄さーんと声をかけられ目の前で手を振られてやっと俺は正気に戻る。
オネガイシマスと頭を下げると、イエイエコチラコソと返された。
「花、好きなんですか?」
どこから来たのとかなんて名前なんて事じゃなく、全然関係ない質問をされた。
「うん」
とりあえず答えながら、あれなんで俺こんな頭ふわついてんだと考えた。
「じーっと見てるから。シクラメンの鉢」
「重いだろ」
持とうかと腕を差し出すと、一瞬間を置いて笑われた。仕事ですから。ごもっとも。
どうして持とうとしたのか分からないまま、ついていくだけ。
その内彼は店が建ち並ぶ通りの端、今はもう看板を下ろしている古い店の前で止まった。すみませんと声をかけながらガラスの戸をガラガラと開ける。
「沢田でーす。ご注文の品お届けに参りましたぁー」
沢田。
彼は沢田サンと言うらしい。
「あらあらどうもご丁寧に…」
奥から白髪をひっつめたばあさんがやってきて、まず花を見た。顔を綻ばせて沢田サンを見て、最後に俺の顔を見て「ヒェエー…」と妙な声を出した。
「おっきい外人さんだねえ。おともだち?」
「うんにゃ。今そこで会って。これからご案内するところ」
「あらそうなの」
えらいねえ、と子供に対するように褒めて、ばあさんは奥へ消えた。
戻ってきたその手にはお菓子の袋があった。
「おつかい、ご苦労さんね。奈々ちゃんにもよろしく言っておいて頂戴ね」
「はは…」
家を出た所で、彼はボソリと言った。
「食べます?」
袋から菓子を取り出して、差し出してくれる。成り行きのまま受け取ってパリパリ食べながら歩く。ちょっと変な光景なのだろう。
すれ違う通行人がぎょっとしたような顔をする。
ただでさえ俺で目立ってるのに、ダメ押しみたいな。
「あまいですね」
「うん。俺、あまいの好き」
目が合ったのでニッと笑うと、大きな目がちょろりと動いた。顔がうすら赤くなっていたのでこれはイケるかなと打算を働かせて、少し距離を詰める。
「こっから、そんな遠くないですよ」
ところが彼は少し歩調を早めてしまった。急かすような早足にガッカリする。う、わあ。いよいよあぶねーな俺も………そんな事考えて、センベイの最後のひとかけらを口に入れた。バリバリ噛み砕く。ああ、もう見えてきた。そうかこの道路こう繋がってたんだァと頭の中で地図が完成した所で、振り向いた彼がぺこりと頭を下げた。それじゃ。
どうもーと陽気に手を振りながら、俺は考えた。
ちょっと呆気なさ過ぎるだろ、これは。
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