天然攻防

 

「今になって気付くなよ」
「アハハ、そうだよな~」
「いや俺は、前から薄々…気付いてたよ?」
「薄々ってかそりゃお前これ以上ハッキリ白黒ついてる事もねえよ。バカか?」
「ううっ…」
 重大事項に気付いて早々、バカ二人はこの界隈で尤も大人で、尤も信頼できる判断を下す人物に面会していた。つまるところココはツナの部屋で、二人の前でベッドに足を組んで腰掛け、見下ろしている偉そうなリボーンがいるわけだ。
 リボーンは二人が揃って自分の前に腰を下ろした瞬間全ての事情を察し、実に面倒臭そうな、興味の薄いフリをしていたが、そこそこ長くなおかつ四六時中付き合っているツナには分かる。笑いの気配が。
 やつは面白がっている。間違いない。
「で?おまえらはどうしたいんだ?」
「「オレ(俺は)ツナ(山本)が好きだ」」
「聞いてねぇよ」
 二人が同時にアレな事を高らかに宣言した為、リボーンは―――とりあえず―――目の前のツナの頭をべしりと叩いた。
「痛ッ!」
「おいおい坊主、」
「大丈夫だ。今のは愛のムチというやつだからな」
「なるほど」
 ツナは隣を見て必死に納得しないで山本…と訴えたが、本人にも無駄なことは分かっている。
「"仲良くしたい"んだろ?」
「デートした」
「キスもしたな」
「知っている。付き合いだして2週間、今時珍しい程のローペース」
「そうなの?!」
「そうなのかー」
「………」
 今すぐ目の前ののんき×2を撃ち殺したい衝動に駆られながらも、リボーンの手は膝の上の帽子を弄ぶ。
 彼の精神は限りなくクール、かつ落ち着いていた。
「問題は一つ」
「「一つ?」」
「………男だからだの、ペースが鈍いだの、そんなのはどうでもいい。問題はやるか、これに尽きる」
「やれ………やら?」
「実行に移せるか、一歩どころか奈落の底に踏み込めるかという事だ」
 無表情。
 ぴくりとも動かない指先。
 対し二人は言われていることを理解できず、未だきょとんとしている。
「服を脱いで向かい合え。山本、お前着替え早いな………おっとパンツまで脱がなくていい、とにかく座れ。ツナ、脱いでからカーテンを閉めに行くな逆に見える。これ以上変態の噂が立ったらお前は並盛にいられなくなるぞ」
「誰のせいだ!」
「………よし、あとは若い二人に任せる。ヒントをやろう、ベッドを使え。じゃあな」
「ええ~っ?」
「おー坊主、またな~」
「そんな…リボーン、あいつ一体何を考えてン」
「へくしっ」
「寒い?つけようか?」
「うーん」
 エアコンのスイッチを探りつつ、ツナも肌寒さに震える。この季節部屋でも、下着姿は辛い。寒いに決まっている。
「………寒い」
「寒いなぁ」

 温かい空気が行き渡るまでの間、二人はひとしきり話し合った。リボーンの言葉は端的で、決して親切ではない。向かい合い、見つめ合ったところで分かったことは互いの成長具合だけで、わー山本腕スゴイなーだの、ツナも腹固ぇなどうのこうのと健全極まりない。

 いい加減、20分も話し込んでいたろうか。のんきに。
「分かったか?」
「わっ!」
 体が馴れ、部屋もいい具合に暖かくなってきた頃、唐突に天井板が外れリボーンが顔を出した。
「お、お前いつから其処に………」
「最初からずっとだぞ」
「なんでそんな」
「結論出たろう」
 ぽかんと口を開ける二人を前に、ヤレヤレと首を振る。リボーンの声は確信に溢れ、よどみがない。
 お前達のそれは友情に毛が生えた程度のモンだ。独占欲は何も男女に限った事でもねえしな。落ち着いて考えろ、必要性があるか?一緒に居る程度で満足なんだろう?
「そいつぁ衝動で、もっと即物的なモンだ。どっちでもいいとか嫌いじゃないとか、そういう曖昧な話じゃ、絶対無いぜ」
 続いていく言葉は説得力に満ちていた。
「ったく人騒がせなバカどもめ。さっさと服を着て好きなだけ一緒に居たらいい―――無論、ボス修行に支障が出ない程度にな」
「………って俺はボスなんてならないぞ、リボーン!」





 勿論二人はそれからも一緒に出かけたし、存分に遊んだ。しかしもう手を繋ぐのもキスをするのも止めていて、恋人同士の付き合いとは言えなくなっていた。山本は先輩に今は付き合ってないと言って失恋者扱いされたし、ツナはバカだバカだと思っていたがここまでバカだったとはと、散々リボーンに貶されてガックリしていた。そうかもしれない。そうかもしれないが、其処まできっぱりはっきり言うことないじゃん………酷いよ、リボーン。知ってたけど。ああ。
 ガックリきたままツナはいつもの如くメールで待ち合わせをし、山本が練習を終えているであろう部室まで迎えに来た。既にグラウンドの照明は落ち、部室と校舎の一部のみ明かりが点いている時刻、他校生だがすっかり顔みしりになったツナが野球部の皆さんにぺこりと頭を下げながら入っていくと、訳知り顔の一人が唇に指を当ててしー、のポーズを取った。回りは声を出さないよう、ヒッヒと笑っている。独特の空気。
「アイツ、今取り込み中」
「………あ」


 腹の中がぐるぐるする。


 抑えた辺りから不快感が広まって、ツナは暗がりで顔を顰めた。むか、むか。いら、いら。苛ついたまま足先で土を抉り、周りの部員達が次々鞄を背負って帰宅していく中、一人待ち続ける。なんだ、俺、結局ものすごく心が狭いって事か?山本は女の子と付き合いだしてもきっと俺の事を忘れたりはしないだろうし、遊ぶし、話をして、休みには会ってくれる筈。なのに、なんで。このやろう。この!

 部室が開いた。
 咄嗟に身を屈めたのは、妙に疚しい気持ちになったからだ。
 しかし、いや、ある意味予想通り女の子は足早にその場から立ち去り………きっと、多分泣いていて、後からゆっくりした足取りで部室から出てきた制服姿の山本は難しい顔をしていた。何度か見た、怒っているように口を真一文字に引き結んだ、あの顔。
 手が乱暴に鞄へ突っ込まれ、携帯を取り出した。
「あっ!山本…」
 飛び出すタイミングが遅れ、ツナの手の中で携帯が鳴り出す。薄ぼんやりした部室内の照明が零れ、二人の仏頂面は互いに良く見えていた。その、筈だ。山本もツナもまず一言が出てこなく、意味もなくウロウロと視線を外して戻して、また外す。
 ツナ。こっち。呼ばれて弾かれたように顔を上げたツナは、次の瞬間には走り出していた。山本より背の低い人間には確実に頭突きになるような勢いで部室の入り口に山本ごと飛び込むと、後手で扉を閉める。山本の手は、小さいがもうしっかりし始めている背中に回り、もう一方はツナの右手を掴んでいた。ツナは目を瞑る。うわあ。
「やっぱ、これ、間違いじゃねえよな?」

 がくがくと頷く。うん、うん。間違いない。だって多分俺も。
 押しつけられた場所の熱さに脳裏が白く焼け、ツナは震える息を吐く。確かに、これって紛れもない衝動で、これ以上ないくらい即物的な事だね、
 リボーン。いつだってお前は正しい。


2006.11.20 up


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