12月24日の災難

 

「はあ?」
「あぁぁ?」
 ガキの、いかにも「何いってんだアンタ馬鹿ですか?」的視線に長髪の男―――スクアーロは被せて脅した。
 流石にぎくりとしたようで、ガキ―――ツナはおどおどと視線をずらす。
 しかしまた懲りずにもう一度、「はあ?」と言いやがった!
「なんで苦労して此処まで来たのに帰らなきゃいけないワケ?俺は、ちゃんとベルに―――」
「あのヘンタイに五分刻みにされたくなかったら、オレの言うとおりにしやがれガキがぁぁ!とっとと帰ってクソして寝な!」
「………」
 至近距離で怒鳴り散らされて丸い目が更に丸くなる。
 チッ………めんどくせえ………
 スクアーロは面倒に顔を歪めた。まだ目を大きくして固まっているツナの首根っこをひっ掴むと、細い外見に似合わぬ怪力で持ち上げてしまう。
「ぐえええっ、ゲッ、ゲッ!」
 当然ツナの体重の全てはその貧相で貧弱な喉にかかり、危うく窒息しそうになる。死に際の怪鳥のような声を出し、ジタバタ藻掻く。
「うるせえ!」
「ぐっ…ぐるじ」
「めんどくせえ!」
 ぐるん、と視界が回転し、ツナの姿勢は通常に戻った。
 腹を肩に乗せた荷担ぎスタイルで、スクアーロは大股に歩み出した。ツナと言えば、これが黙ってされるがままになっている。ユッサユッサと揺らされて出かける間際食べた遅い朝食が出そうになる以外は、楽でよろしい感じだ。
 吐くときは俺にかからないだろうし、うん、この角度で行くと男の長いコートの裾を伝って落ちる。よし。
「まあ、いいか」
「あ?」
「ひとりごと。うぷっ」





 渋るツナからなんとか家を聞き出し、(途中戻ってこられたら二度手間である)強制送還を終えたスクアーロは、それはもう呆れを通り越していっそ感心してしまうほどに一般的なツナ宅をしばし見上げ、ふーんとか何とか言って帰ろうとした。
「待てい」
「なんだぁ?コラ、引っ張るんじゃねぇぇ!」
 背を向けて歩き出そうとしたスクアーロの頭が反っくり返る。見れば、俯いて肩を振るわせたツナが長い白髪を掴んでいた。
「俺、楽しみにしてたのに………」
「………」
「クリスマスパーティーなんて、小学校2年生の時町内会のクリスマス会に出たっきりだし。ベルが誘ってくれて、ホントは俺すごく嬉しかったんだ………」
「………フン」
「今日は会えなかったけど、冬休み中…なら、いつでもいいから、遊びに来てって伝えてよ」
 それまでツナは、間抜け面をひっさげたただのバカガキだった。
 しかし今は。
 見るものの胸を打つ哀愁を湛え、普段何事も流してきたスクアーロの胸にもちょっとは、ジャワーンと来たのだ。
 まあ、実は、感動ドキュメンタリーや動物映画に弱いのである。
「………分かった。伝えておくぜぇ」
 こんなピュアな子供をヘンタイの毒牙にかけるわけにはいかない。
 この冬期休暇、仕事を迅速に終わらせ帰国して、もう二度とお前の前にオレもベルも―――姿を現すことはねぇ。
 そう心に決め、再度一歩を踏み出した。
「あがぁ!」
「あっ、大丈夫?」
「大丈夫じゃねえよ!!いつまで掴んでんだよテメエはぶっ殺されてえかぁぁ!!」
「それでね」
「オレの話聞けよ!」
 一般よりも些かマイペースなツナは、仰け反って苦しい体勢のスクアーロの顔を覗き込み、エヒャリと笑う。
「おじさん」
「あぁあ?!?!」
「お、お兄さん。あの」
 時間ある?と唐突に言ったツナの後から、やや高い歓声が聞こえてきた。

「あらぁツッくん早かったわね?まあ大きなお友達、さあさ中へ入って!母さん腕によりをかけたのよ〜」

………
………
………

 ぽかんとするスクアーロの前で、その、どう見ても十代にしか見えないが妙な迫力を持った女性はきゃっきゃとはしゃぎ、隣で息子は沈痛な顔をした。
「大変言いにくい事なんですが………こうなると俺にはどうすることも」
「うぉい!ちょっ、いで!あでででででで!」
 スクアーロの長い髪をツナの母がぐいとわしづかみ、有無を言わせぬ強引さで引きずっていく。
 もてなし好きの母親の猛攻のすごさは、息子のツナが一番良く知っていた。こうなれば夕飯を食べるまでこのお兄さんは帰れないし、ヘタをすると「お風呂先に入っちゃって」
「お布団出しといたわよ〜」まで一直線。止まる駅はない。
「今夜はクリスマスだものねえ!」
「そうだねー母さん」
「なんでオレがぁぁぁ!!」

 はしゃいでいる母親と共に、さっき出会ったばかりの男を引きずっていくツナも―――いつもとは違うクリスマスに浮かれていたのかもしれない。

 

ENDING:S


2006.12.25 up


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