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      12月24日の災難
         
       一部の極端な人達によると、人間は支配する側される側に別れるそうだ。 
       随分過激で大雑把な認識だが、そんな単純な思考を持つ男が此処にいた。彼は今、長い待機状態に飽き果て、その辺をウロウロしていた。 
       早い話が迷ったのである。 
      「…なんだこの家は」 
       そう、この家は、実は一家ご自慢の仕掛け満載だった。泥棒よけと称して時折客や使用人すら犠牲になる部屋や通路のからくりを、嬉々として専門家に受注している―――時には自ら発案し、実用化。 
       そういった仕掛けの数々を、時折部屋を破壊したりしつつ、除けて男は先へ進むのだが一向に出口に着かない。もう、窓から飛び降りてしまえば早いような気もするが(彼の身体能力を持ってすれば軽い)、そうした瞬間になんか負けた気がするから止めた。 
       こうなりゃ意地でも自力で出てやる、と、本日3回目同じ通路を通りながら男は革のコートを脱いだ。暑かったのだ。 
       
       コートを手に持ったまま男は歩き出した。 
       屋敷は相変わらずシンと静まりかえり、静寂の中にある。 
       男の実家も相当な資産家で、その自宅は此処よりも更に広い敷地と立地面積を誇っているが、作りはもっと単純というか家らしい。所々にセンサーやレーザー照射装置が付いていて、銃や武器を持った部下とよく訓練されたドーベルマンが徘徊している他は、普通の家と変わらない。(この普通の家というのは、男の中での家の認識に等しい。いわゆる豪邸や城だ) 
       男の腹の中にでは順調に苛立ちが積もっていた。 
       思い通りにならない怒りをひとまずスッキリさせようと、無意識に体が力を貯め始める。力が込められ、血管が浮き出た手から眩いばかりの光が迸り―――… 
       
      「あっ!」 
       
       寸前、今正に吹っ飛ばそうとしていた階段下から小動物がひょこりと顔を出した。 
      「………」 
       まあ、いいか。 
       男は作業を続行し、腕を振ってその階段を吹き飛ばした。 
       
       
       
       ………死ぬかと思った。 
       いや、実際紙一重の所だったのだろう。トレードマークでもあるおっ立った髪の毛に触ってみると、先端部分が綺麗に焼けこげてプスプスしていた。 
      「ひぎゃあ!」 
       おっ………俺の髪が―――!!?わー焦げたー!短くなってるうぅぅと悲しむツナの前にのしのしと大きな影が立った。 
      「なんだ、生きてやがる」 
      「?!?!!?」 
      「おい」 
       影はツナの、些か短くなった茶髪をぐわし!と掴む。そのまま持ち上げるもんだから頭皮の痛さに「キュウゥゥー」とウサギのような声が出る。UFOキャッチャーの景品になった気持ち。 
      「痛い、い、痛!」 
      「………」 
       人間だったのか。 
       男の心情は素直な驚きに満ちていた。見た瞬間「あ、うさぎ。じゃなきゃネズミ」と思った、第一印象は伊達ではない。 
       顔の位置まで持ち上げてまじまじ見ると、ネズミのように小さな人間は「ヒイ〜〜〜」と情けない声を出した。 
       
       男は即座に判断した。 
       これは、支配するされるでなく、生まれついての最下層。 
       いわゆる奴隷である。 
       
      「持て」 
       男はごく自然に、使用人に対する態度を貫いた。 
       ツナもまた男の両眼にただならぬ物を感じ、大人しく受け取った。と言っても運命とかラブと一目惚れとかいうものではなく、「逆らったら殺される」と即座に察した自衛本能に他ならない。 
       ツナはしずしずとコートを捧げ持ち、その場に立ちつくした。 
       男はどんどん先へ行く。 
       ツナは立ったままである。 
      「………おい、てめえ」 
       ふざけてんのか、と声だけで恫喝されたツナは慌ててその後に着いた。振り返りもしなければ足も止めない、大股でがつがつ先へ進んでいく男に追いつくため必死の小走りである。 
      「はあ、はあ」 
       日頃の運動不足が祟り、早くも息を切らしながらツナは見知らぬ男のコートを掴んで走り出した。 
       
       
       
       
       
      「なんでだよ〜!」 
       帰宅したベルを待っていたのは、テーブルに所狭しと並べられた料理と特大ケーキ、それらを無遠慮にひたすらもしゃもしゃやっているボスだった。 
       しかもその脇に使用人のように立ちつくし、辿々しい手つきでお給仕しているのはツナ。 
       出会い頭に殺されたり、不況を買って殺されたりはしていないけれど、凄いことになっていた。 
       
      「………ベル!なんだか知らないけどこんなことに!助けてくれ!」 
       
       お仕着せのタイとベストを着せられた使用人姿のツナは、蒼白な顔色でプルプル震えていた。腕が短くて合わないシャツをシャツガーターで留めている姿は本当にそれらしく、ベルは口元をひん曲げて文句を言った。 
      「あ?」 
      「あじゃねえよ、そいつ、オレの客だぞ?なんでそんなカッコさせてコキ使ってんだ」 
      「客?」 
      「今日は家デートなのっ!イブだかんな!メシ食わせてからエッチすんだよ!」 
      「しないよ!!?何言っちゃってんの?!」 
       男がツッコむ前にツナがツッコんだ。ベルの発言は正直過ぎたのだった。しかもすっかり日本的不道徳なクリスマス観に染まっている………なんとも、罪深い。 
      「そもそも、ああくそ、なんだよその衣装!オレが着せてえよ!そうか………主従プレイとは考えつかなかったぜ」 
      「いやあああ!」 
       ツナは捧げ持ったワインの瓶を放り出して走りたかったが、丁度良いタイミングでグラスを押され、泣く泣く注いだ。もう反射である。 
      「チクショーそう来たか………こりゃしょーがねーな」 
       ベルはストンと向かいに腰を下ろし、長い長い晩餐用テーブルをはさみ、遙か向こうで「イエー」と両手を上げた。 
      「オレにも注げ」 
      「なんでさ?!助けてよ!」 
      「ボスに出来てオレに出来ないっての、納得いかねー。トモダチだろー?」 
      「友達の使い方間違ってるだろ!」 
      「あ、ケーキ。ケーキやる、ほら」 
      「ううう…」 
      「オレの膝に乗ればー?」 
      「誰が行くか―――!!!」 
      「おいノロマ、さっさと注げ」 
      「はい只今ぁ!………くっ!」 
        
      ENDING:BAD… 
       
      2006.12.25 up 
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