12月24日の災難
あれだけストレートに伝えているのに、日本人というのは相当難儀な人種に違いない。
感情表現も薄く、怒りを怒りと出さない。好意を好意と出さない。最初こそ面白く愉快で遊べたが、こうも続けられると、
飽きる。
ベルはたっぷり30秒は口をくっつけて、さらに舌まで伸ばした。唇を割って潜らせようとした。
が、いっかな挑戦しても固く真一文字に引き結ばれたツナのそれはピクリとも動かず、それどころか間近にある大きな目は瞬きすらしないで停止していた。
まるで時間を凍結したように動かないツナの口や回り、頬から耳までペチャペチャと舐めた後、ようやく舌を離したベルは改めて顔を覗き込む。
「………」
「おい」
「………」
「おいツナヨシ、おーい」
「………」
硬直しきったまま、ツナは動かない。
試しに肩をチョンとつつくと、弾かれたように飛び上がった。
「あ、戻った」
「………ぁ、う」
言葉を覚えたての赤ん坊のようだ。意味を成さぬ母音ばかり言って、皿のような目をじっと向けてくる。
「はン」
ベルは嘲笑を浮かべ、得意げに腕を組んだ。
ショックのあまりものも言えないツナの顔を見て、ようやく気分が晴れた。
いつもいつもいっつもジョークみたいに片付けて、無礼者。これで分かったろう、というような。
「…ベル」
「なんじゃ」
「ケーキ、食おうぜ」
「………」
はああ?
ポッカーンと口を開けたベルの前でツナはクルリと身を回した。
予想外の反撃に凍り付いている不意打ちのヘンタイは「て、手強い………ツナヨシの癖に」と、考えようによっては大変失礼な事を考えていたのだが。実は、
(なんてこった………!)
ツナにしては精一杯の反応である。
これぞ必殺、「何もなかったことにする」。強力な一撃必殺技だ。
(ベル………前からおかしいおかしいとは思ってたけど、ここまでとは………)
「ベル」
くるりと振り返ったツナの顔は、引きと慈愛が半々で混じり合う、微妙な表情だった。
(可哀想に………)
「美味しい物を食べてゆっくり休めよ。日本じゃ馴れないことも多いだろ?きっと………色々大変だろうしさ。家もこんなに広いと迷うしな。部屋辿り着く前に疲れるし…」
「………むー」
ベル本人はまったく不本意であろう事に、彼は同情されていた。
「納得いかね―――!!!!」
あんだあの慈愛に満ちた眼差しを注ぐウザい生き物は!ギイイイイ、と叫びながら枕を引き裂き、ぐちゃぐちゃに振り回す。
最高級の羽毛が部屋中に舞い散り、またメイドの仕事が増えた。
犯人はぷっくりとふくれた頬からふっと息を吹いて落ちてきた羽根を飛ばし、椅子の背に腕を乗せ更に顎を乗せた。
完全なる拗ねモードだった。
あの後ツナはベルに色々と世話を焼いた。シェフご自慢のディナーを緊張の面もちで食した後、切り分けたケーキを手ずから食べさせてくれた。
ふざけて「食わせて」と言ったら、「俺で出来ることなら、なんでも力になるからな…!」と微笑まれたのだ。そしてクリームの乗ったイチゴを喉奥に突っ込まれた。………むせた。ツナヨシは不器用だ。
優しい笑顔、気遣う言葉。
その生温かい接し方をされるだけで、全身にじんましんが出る思いだ。世話焼きなぞ故郷の乳母で十分間に合っている、うっとおしい。オレはそんなカワイソウな子じゃない、違うんだ!全部分かってんだ!
オレは王子だ!えらいんだぁっ!!
「ツナヨシのアホー!バカー!うんどうおんちー!○×●(ピ)―――!!」
冷静に考えれば、ツナは同情から完全に油断しているチャンスかもしれなかった。しかし、ベルのプライドがそれを許さない。そんな、情けなくも屈辱的な感情から延長線で×××、なんてオレサマの経歴に傷が付くとばかり、断固拒否である。
「クソ………こーなったらぜってーオレに惚れさせてやる」
ガチ、ガチ、ガチンと歯を鳴らして息巻く。
前髪の隙間から、壁に貼り付けたツナの特大ピンナップ(盗撮)を睨み付ける。四方を鋭いナイフで突き刺されたそれはどこかすっとぼけた表情をした彼で、更にベルをバカにしていた。
すくなくとも、そう見えたのだ。
「カクゴしろよなー!!」
ぎゃあぎゃあ喚く王子様は、完全に、正真正銘なるドツボにハマっている事に気付いていないのだった。
ENDING:B
2006.12.25 up
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