※皆さん揃って人外設定です

 

「てめえからノコノコ出てくるとはな。手間が省けたぜ」
「ひっ…あ…」
 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべたジャイア…もとい、ザンザスに、綱吉の足は凍り付いて動かない。
「あ、あ、あう」
 地面に倒れ伏したまま動かないスクアーロを必死に揺さぶるが、完全にノビてしまっているようだ。
(死んでないよね? ね?)
「来い、ガキ」
「!」
 頭からバリバリされる、と怯えた童はその小さな腕で頭を庇ったが、一瞬遅かった。
「あうっ」
 わしっと掴まれ、手足がぶらぶらする間抜けな格好で家の中に持ち運ばれる。
「うーっ、うっ、う!」
 存在を薄めようにも、食い込む指の痛みで集中できない。ジタバタ暴れる童をザンザスはぶんと放り投げた。
「オブッ」
 着地したのは、柔らかいマットの上だった。
(体育の時間?!)
 一瞬懐かしい思いに囚われたが、顔面に触れているマットは白く清潔で、埃だらけの薄汚い体操マットとは違うようだった…というか…
「――ッ!!!」
「今度こそ息の根を止めてやる」
 直訳で殺すと言いつつも、手がバリバリと綱吉の来ている絣の着物を剥いでいく。
(言ってる事とやってる事が違うんですけど!)


 此処に来て初めて、綱吉はこの時期に『里帰り』する危険に気付いた。
 種族の違いも関係ない。そういう時期なのだ。そして場所も。
 これは一族としての義務と――


「言えないだろおおおっ!」
 小さな童の姿が消え、まず大きさが元に戻る。
 しかしそれだけに留まらず――綱吉の気配は力に溢れ、見開いた目は真っ赤に染まり、口端から鋭い牙が見えていた。
「離れろ」
 一撃で襲い来る獣人を壁に吹き飛ばしたのは、吸血鬼としての彼。
 崩れた壁から起き上がったザンザスは、既に上着を脱いで変身体勢に入っている。
「ガァァァァッ!」
「煩い」
 普段の綱吉だったら即逃げ出す光景だが、この状態になると気弱な性格が引っ繰り返るのだ。
 冷たくそれだけ言い放つと、突進してくるザンザスを軽くいなしてふわりと空中に躍り上がり、
「グウッ!」
 鳩尾に膝を入れて乗り上がった。
 押さえ込まれて怒り心頭に達した獣が、鋭い爪を次々繰り出してくる。
「グルルル」
 それを叩き落としながら、綱吉はぽつりと呟いた。
「……腹が減った」

 ふわりと倒れ込むようにして、筋の浮いた肩口に顔を寄せる。
 綱吉は分厚い身体を抱えるようにして、牙を食い込ませた。
「アッ…ゥ…!」
 ズズッ、と吸い上げる音がして、床に雫が散らばる。
 呑み込みきれなかった血。
 背を伝い落ちていくのを、指で拭って舐め取る。
「濃い、な」

 既に束縛を解いているにも関わらず、獣はじっとしていた。
 思う存分血を啜って満足した綱吉がその眼を覗き込むと、低く唸る。
 威嚇ではない、何かもっと別の意志で二対の視線が合う。
 血液にまみれた唇が、唸り声を発する口元に赤い舌をのばした。
「…は」





「無事かぁぁ!」
 触れる寸前、扉を打ち破る轟音が辺りに響く。
 埃だらけの室内に侵入してきたのは、頭からドクドク血を流しっぱなしにしているスクアーロだった。
「ああんボス、大丈夫ぅ?」
「しししっ」
 他のメンバーも続々と入ってくる。
 先程までの濃密な空気は消え失せ、かくりと意識を失った身体が上半身に寄りかかる。
 変身を解いたザンザスは、訳も分からぬ焦燥と怒りに駆られて拳を振った。
「ぶっ殺したのかよ…ってわー?! 何すんだてめっ」
「キャアアア」
「ボス! お気を確かに!」
「……」
 気はこれ以上無いほど確かなのである。
 ぐらぐらするだけで動かない綱吉を放り投げ、一発ぶん殴ろうとした時その目がぱちんと開いた。
「あ、あれ?」
 拳が空を切る。
 風圧で少し頬が切れたが、それ以外は無傷だ。
 きょとんとする綱吉をぐるりと囲む凶悪面。
「へっ? あっ…なんでっ?! 俺確かごま油買いに」
「コレ?」
 スッと差し出したのは幻術使いの一族で、守銭奴として名高いマーモンだった。
「ああ、これだ! これください!」
「有り金全部置いてきな」
「全部ですか?!」
 まあいいけど…とぶつぶつやりながら綱吉は財布ごと代金を渡し、ごま油を持って、
「……う」
 周囲をぐるりと見渡し、ひくりと頬を引き攣らせる。
「そっ…それでは失礼いたしま…すっ」
 ギロリと睨み付けてくるザンザス始めギャラリーに、ぺこりと一礼した後スタコラと駆け出した。
 見事な逃げ足であった。





(その夜、沢田家の食卓)
「どーしたツナ、全然食べてないじゃないか?」
「いやそれが…何故かお腹がいっぱいで」


2009.4.3 up


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