※皆さん揃って人外設定です

 

 空腹が満たされていく幸福感は、なにものにも代え難い。
 まるでそれ自体が意思を持っているかのように、どくどくと喉奥に落ちていく熱い血液。
 濃い生命力に満ちた液体は強烈な感覚を残していた。美味いと感じる自分は明らかに異常。でも――
(止まらない)
 微動だにしない相手にむしゃぶりついて、ツナは夢中で食事を続けた。
 ゆっくりと、乱れない呼吸と鼓動。
 腹が満たされた安心感に、身体中の力が抜けた。
 意識が遠のく瞬間、強烈な鉄臭さと何か違う匂いが鼻をつき、ツナは自らの舌に触れる。痺れるような――これは――



「……っ」
 滑り落ちた体が床に膝を着く。
 小さな肩が激しく呼吸を繰り返し、顔を上げると表情が一変している。ぎらりと光る赤い眼。
「何だ。お前の、血」
 いつもなら。
 絶対的な力と高慢さを滲ませる一対の眼は、今は霞がかったようにぼんやりしていた。
 手元がおぼつかず、立ち上がろうと膝に手を置き、ずるりと滑る。
 それを心底愉快な気持ちで見つめながら、ザンザスはゆっくりと手を伸ばした。
「テメエがガキだからだろ」
 吐き出す息は血の臭いに混じり、僅かだがアルコール臭がしている。
 血中に混じる酒は、普通なら問題にならないぐらいの量。
 多分、極端に弱いのだろう。鋭敏化した吸血鬼の感覚が裏目に出たのだ。
「ぐらぐら、する」
 顎を取った手に、逆にすがるようにしてツナは目を閉じる。
 上気した頬や目元は鮮やかな変化を彼に与えていた。元々――吸血鬼に備わっている能力には相手を魅了するものがある。
 それは性別や年齢、外見すら越えて、本能に訴えかける闇の力。
 貞潔な淑女を誑かし、固い信仰に守られた聖職者でさえ陥落する色香は望んで放つものではない。
 強いて言えば反射。
 容易く血を得る為であり、またその身を守る武器でもあるのだ。
「はぁ」
 仰け反った喉に、逆に噛み付くと小柄な体は爪先までぶるりと震える。
(喰う)
 潤んだ眼が瞬き透明な雫を落とす。骨や筋ばかりの痩せた体を強引に引き摺り上げると、派手に咳き込む音がした。
「苦しい…」
 胸元を押さえて苦しがる。この短時間に酔っ払うとは逆に器用な奴だと感心しながらも、手はきつく喉元を抑える。
 弱々しい風情をしていても、油断はできない。
「オレの番だ。腕の一本ぐらいは貰うぜ」
「やめ…ろ…」
 ツナは牙を見せて威嚇した。しかし酔って潤んだ目のせいで迫力は半減している。
「痛ぁっ…!」
 宣言通り腕に噛み付かれ、悲鳴を上げる。
 激しく頭を振って、暴れる手は血でぬるついていた。歯を浮かせて逃がし、また噛み付く。
 弄ぶ動きに気付き、一瞬怒りの気配がぶわりとふくらむ。
 少し冷めたか。
「痛いのは、嫌だ」
「テメエは散々喰っただろうが」
「腕食われたら無くなる…」
「あぁ?」
「だから嫌だ」

 なんだこいつは。

 さっきまで弱っていた筈なのに、妙に目が据わっている。
 ド偉そうな口調も、更に拍車がかかったようである。
「でかいんだから少しぐらい喰っても減らないだろ」
「おい」
 無茶苦茶な論法である。しかも超傲慢。
 まさか酒乱の類とは。予想外だ。
「俺はいいけど、お前は食べるな」
 びしいと指を突きつけて宣言するクソ生意気な面に、ブツンと切れそうになった時だった。
 斜めに傾げた顔が近付き、唇に触れる寸前で止まる。ぼそぼそと囁くような声、己の血の匂いのする息が、間近で言う。だって、お前のが、いちばん……



「うまいから」
「……言いてぇ事はそれだけか?」
 それ以外何があると言わんばかり。
 力の入らない体でぐたりと首を傾げたツナは、うん、と頷いてそのまま眠ってしまった。
 腹がいっぱいになると次は眠気らしい。
 赤ん坊のように安らかな顔である。なんなんだこいつは。
「…チッ」
 ザンザスは舌打ちをし、ぐうぐう寝こける体を放り出そうとした。
 が、ガッチリと食いついていて離れない。
 見た目に反し、それは大層強い力だった。吸血鬼の力も徐々に強くなっているようである。
 細い腕。痩せて肉のない、不味そうな。
 今はすっかり食欲など失せてしまった。先程腹の底から沸いた、強烈な飢餓感と欲求は何処へいったのか――まるで嘘のように消えている。
「ふざけるなよ」
 残念ながらその悪態を聞く者は誰もいない。
 部屋にいるのは二人だけだった。


2010.2.17 up


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