07.

 

 多分腹を立てているのだろう。
 仕草が荒い。強張った顔つきに、とげとげしい空気。
(変な奴)
 最初は空腹のせいかと思ったが、どうやら相手は自分の態度に怒っているらしい。
 まあ、珍しい事ではない。
 人に興味のないアカギは、受け入れられたいという欲求も無い為どうしても無愛想な態度になる。
 大抵の人間はこんなような反応をする。それはそれでまったく構わないのだが。
「ほら」
 投げて寄越されたメニュー越しに様子を窺うと、眉を寄せた不機嫌そうな顔が見えた。
(面倒臭い…)
 この男は少々厄介な所がある。
 普段は概ね寛容な大人だが、時折呆れるほど意地を張り、頑固な一面を見せる。
 それは自分にとってどうでもいいことで、選ぶ必要すらない、くだらないと思う。
 だがカイジは選択を迫る。他の人間のようにああしろこうしろと口うるさく言うのではなく、お前はどうなんだと尋ねる。それも、しつこく。
 無いものを出せと言われても困るのだ。
 多分カイジは自分がどうでもいいと感じている事を察している。困惑や苛立ちを嗅ぎ取っている筈なのに、其処で更に一押ししてくる。
 至極面倒だ。余計な御世話である。
 しかしそう思って撥ね付けようとすると、相手はその一歩手前であっさり引いてしまう。
 ぶつぶつ文句を言いながら勝手に結論付けてしまい、それ以降は受け入れる。忘れてしまったかのように、以後は話題にもしない。
 あんたが心配なのだと――必死で説いてくる連中とも違うか。
 お節介で面倒な性格をしている癖に、時々妙に心得ている。
 普段は抜けているのにある場面では妙に鋭い。
 その不均衡さは、気付いてしまうと一見地味で冴えないこの男に鮮やかなな色味を加えていた。
 普通に接しているだけでは気付かない、小さな違和感。
 匂いのようなもの。
 ぎこちない距離の取り方が、アカギのような人種には新鮮だった。
(変だけど、面白い人)
 あの男もそれに惹かれたクチだろうか。
 後ろ姿だけちらりと見た。
 金と身分のある男。
 高価なスーツの背に、影のような黒服の男達が控えている。
 カイジに言われずとも、その物騒な気配は感じていた。
 ああいう人間は人にも物にも頓着しない。並の幸福を求める事も無く、退屈しきって、歪んだ自己愛と欲をごっそりと抱えている。
 連中はただ一時の刺激の為に、なんでもする。それだけ飢えているのだ。他人がどうなろうと関係ない。死でさえ余興に過ぎない。
 巻き込まれた人間の選択は様々だ。
 この男はどんな道を選んだのだろう。
 傷の多い体を見る度、彼が立った淵の深さを見る。其処で何を考え、何を選んだのか興味がある。
 自分と似ているようでまるで違う、その芯の部分。
 こじあけてでも中を見たいと思う。
 嫌がるだろうか。
「おい」
 ああ、でも。
「何?」
 案外丈夫そうじゃないか。
 少しぐらい無茶をしても、こいつなら耐えられそうだ。





「何をニヤニヤしてんだお前。外でンな面すんなって、怖ぇよ」
「してないよ」
「堂々と嘘吐くなあ。それで、何食うか決まったか?」
 その顔から怒りは綺麗に失せている。
 相変わらず切り替えの早い男だ。
「これにする」
「…和定食? え、もっとこう……ハンバーグとかじゃなく?」
「なんで」
 パチクリと大きな瞬きをした後、カイジは事も無げに「子供ってハンバーグ好きじゃん」と言ってのけた。
「じじむさい奴だな…」
 余計な御世話である。
「和食好きなのか?」
「どっちかって言うと」
「そうか。じゃ、心得とく」
 出される食事に洋食が多かったのは、手間がかからないという理由らしい。
 悪かったと謝られた。
 別に支障はない。此方は腹さえ膨れればそれで良いのであり、そもそも身元不明の居候相手に気にする事でもないだろうに。
 今更どうでもいいと言うのも面倒だったし、またヘソを曲げられると更に面倒なので適当に頷いていると。
「オレも和食のが好きだわ。けどアイツが洋食派なんだよな。オーナー様が」
「あっそう」
「アレ食いたいコレ食いたいってうるさくてよぉ……やだねー金持ちはワガママで」
「カイジさん」



 その日一番の力強さをもって、アカギは言った。
「どうでもいい」
「……すまん」
 少し、やりすぎたかもしれない。
 カイジは怪訝な顔で、首を傾げつつも、気配に押されて反射的に謝っていた。

 

 

 

 

2010.5.1