04.

 

「う……クソ…」
 寝返りを打ちながら布団の中で悪態を吐く。
 どうして人は分かりきった事を繰り返してしまうのだろう。辛さは身に染みているのに、気付くと限度を超えている。
 酒も博打も似たようなものだ。自分の酒臭さに窒息しそうになりながらも渋々起き出すと、アカギは既に着替えを済ませ、新聞を拡げていた。
 あぐらをかいたその姿勢といい、妙な落ち着きといい、なんかおっさんくさい。
 頼めば買っては来てくれるが、自分では絶対に食事を作ろうとしない所なんかも。
 なんとなく、イメージだけど。
 一人暮らしが長いカイジは、家事が負担ではない。自炊もする。
 アカギはと言うと…
 この少年、余程親に甘やかされてきたのか、単にやる気がないのか――日常生活では驚くほど怠惰である。
 出かけていない時は日がな一日寝転がっているし、服も平気で同じものを着続ける。
 見かねて注意すれば新しい服で帰ってくる。金はどうしたのだ?
 洗濯機の使い方を教えたがぴんと来ないようだった。
 覚えが悪いというより、興味がないのだろう。
 説明の間中明後日の方を見ていやがり、その気がないのだろうと諦めた。
 カイジはそれから何も言わず、落ちている服を拾って洗濯機にぶち込んで、乾いたら畳んで枕元に置いておく事にした。仕方がないという境地である。
(あれ)
 考えてみれば手間、結構、かかってるのか。
 微妙な所である。
 多分、自分が手を出さなくてもあの少年はちっとも困らないのだろう。服が清潔だとか、食事が温かいとか、そんな事は些末に違いない。
 見かねて手を出す度、自分が余計な事をしているような錯覚に陥りさえするのだ。
(気にしたもん負けって事か…)
 余計な思考を遊ばせるのを止め、カイジは台所で朝食兼昼食の支度を始めた。
 量は自然と二人分。
 しかし出来上がりも間近、というタイミングで、アカギが部屋から消えている事に気付く。
「あいつ何時の間に…っ」
 物音を立てずに出入りする癖も、こうなってみると中々厄介だ。





 二つの部屋とバスユニット、小さな台所が備えられている店の二階部分は、今のところカイジとあの少年以外出入りする者は居ない。
(暇だな…)
 何をするでもなくただぼんやりと窓を見る。
 海辺にあるこの店は、二階からの眺めが良い。
 向かい側は倉庫街。丁度建物の途切れた部分が正面で、内湾に波立つ海が見え、更に奥には明かりで飾られた橋があり、チカチカと瞬いている。
 初めて見た時は辺鄙な所だと思ったが……

 店をやれと言われた時は、本気で意味が分からなかった。
 不定期に開かれる地下カジノ、その入り口である張りぼての店。
 しかしそれも並の店以上に金がかかっているし、置いてる酒も高級品ばかり。
 遊びの延長にしては本格的過ぎるこの店で、唯一そぐわないのが――
(オレ、だ)
 作法も何も知らず、手探りで始めた。
 ぎこちない接客のおかげで貼られた無愛想な店主というレッテルは、此処での空気を吸いやすいものにしてくれた。おかげでずっと考えてられる。そうだ。
 自分はこんな事をしたいんじゃなく…

 もっと違うもの。
 腹の底が熱くなって、焦燥に脳が溶け、その場に居るだけで狂いだしそうな。

 生き死にを決めるようなギリギリのギャンブル、その熱を欲している。
 安定した日常より、そんなものの方が好ましいとは。
 つくづくオレは馬鹿な奴だと思う。



「…さん」
「……」
「カイジさんってば」
「うぁ?!」
「そろそろ時間じゃない。今日は店開けなきゃならないんだろ?」
「あ、ああ…」
 気付けばすっかり日が傾いてしまっていた。
 いつの間に帰ってたんだと聞けば、怪訝な顔をされる。
「オレ下から入ったんだけどな。ちゃんとただいまも言ったし」
「全然気付かなかった」
 考えてみれば起きたのは昼過ぎだった。
 掃除をして洗濯して冷蔵庫の整理して、一服したらそりゃ――この時間になるか。
「悪い。夕メシは外で食ってきてくれるか」
「別にいい」
 ふいと視線がテーブルに向いた。
「出る時何か作ってただろ。それ食うから」
「あるけど冷めてんぞ」
「いい」
 言うなり、ストンとその場に座り込む。
 こいつなりに気を遣ってんのかな、と思ったが、見ればしきりにあくびをしている。疲れて出るのが面倒なのか。本気の『いい』なんだな。
「せめて汁物くらいは温めるな?」
 台所から顔だけ出して尋ねると、アカギは何故か少し眉を寄せ、なんとも言えない顔つきをして見せた。
「アンタ、つくづく、なんていうか……甲斐甲斐しいな」
「気色悪い事言うなよ…」

 

 

 

 

2010.4.20