01.

 

 世の中には様々な店長が居る。
 一口に店長と言っても、仕事は様々だ。飲食店の店長。百貨店の店長。車屋も八百屋でも店がある所全て店長が居る(筈だ)。身近な所ではコンビニの店長も立派な店長である。
 そんな連中が『私はどこどこの店でエーそのう店長をしておりますぅ』などと言えば、それだけで仕入れに搬送したり、社員の教育に腐心し、日々忙しく立ち働いているイメージが沸くらしい。実際どれだけ働いているかなんて、本人のやる気と能力によるのだが。
(オレは間違いなく働き者だよな?)
 優秀である。成績も良い。抜きん出ていると言っても過言ではない。
 系列店の中で三ヶ月連続売り上げトップを独走した時など、体はヘトヘトで半分棺桶に入っているような状態だったが、気分の方は相当良かった。
 厳しい面もあるが、社員はついてきている。当然だ何しろ優秀だから。頭、良いし。説得力あるし。思い切りも割といい。
 何より、目的のためには手段を選ばない非情さがある。
 どんなゲスにも頭を下げ、権力者には徹底的に媚びを売る。浮ついた台詞を言い過ぎて多少腹具合が悪くなる他はなんと効率的な成り上がりの方法だろうか。
 ストレスはクズをいたぶって発散すれば何の問題もない訳だし。
(そうだ、このクズ!)
 クズめ。ゴミめ。カスめ!
 このカリスマ性溢るる人間に、何という言い草か。
(今お前オレの中で百回は死んだからなクズ…ッ!)
(死ね!)
(今すぐ死ねっ!)



 フーッ、と息を吐く度ビクリと震える部下の気配を感じる。
 半ば八つ当たり的にモニターを睨み付けながら。
 一条は休日かつての学友に出会った際の苛立ちを未だに引き摺っていた。もう既に三日が経過しているというのに、怒りは増すばかりでちっとも去らない。
 彼は執念深いタチだった。
 世の中には数々の店長が居るというのに。
 パチンコ店の店長と言えば、半分遊んでいるように見られるらしい。楽な商売だよな、とか、ああ今お前パチ屋の店長? プッ的な反応とか。
 本当に苛つく奴等だ。
 そもそもお前等のバカにするそのパチ屋の一日の売り上げを知ってるのかと言ってやりたかった。テメエ等の年収なんざ軽く吹っ飛ぶ金額と利率よ。
 そもそもギャンブルは儲かる。何もない砂漠がカジノという一つの産業で有名なホテルやブランドを幾つも呼び込み、世界の富豪がプールで女ときゃいきゃいするようになる。
 利益が確実に見込める事業なのだ。
 元々親が儲かるようになっているのだから当然。更に一条は他店のような、甘調整をして沢山の客を呼び込もうなどと甘ったれた事は考えない。
 客はあくまでも金を落とす為の存在だ。
 適当にイイ顔をし、店中を磨き上げ、従業員の教育を徹底して――優良店を装えば一定の数が来る。それを逃さなければいいだけ。
 勿論『出ている』印象を与える為のパフォーマンスは忘れない。全て計算済みである。
 勝負に熱くなった客を煽り、最後の一枚まで剥ぎ取るこの熱意こそが結果に繋がるのだ。
(そうだオレは目指すものがある…!)
 そこそこの会社に勤め、そこそこの女と所帯を持ち、アホ面したガキに振り回されながら一生うだつの上がらない平凡な男で終わりたいというならご自由に、だ。
 平民め。
 オレはお前等を足蹴にして這い上がってやるからな。オレはお前等とは違う。もっと上を目指せる、そういう人間なんだ。
 下らねえ女や子供っぽい遊びで金を落とすなんて事は、死んでもやるもんか。本当に、

 バカな奴ら。

 クククと喉奥で笑った一条に、周囲の視線がちらちら向く。
 優秀ではあるが根性のひねくれ曲がった上司を持つ彼等は、何か知らないけどどうしようもなく苛ついている店長の雷が自分に落ちない事をひたすら祈るばかりだった。
 たまにこういう事があるんだよなあ……
 普段は余程の事が無い限り取り乱したりしない冷静な店長様だが、不安定な周期に入ると手が着けられない。
 元々ツリ気味の目を更につり上げ、帯電しているかの如く全身からピリピリした空気を発し、見る物全てにイチャモンをつける。つけまくる。なんだろうあれ。ほんとなんだろう。
(店長何で機嫌悪いの? 女と別れたとか?)
(そもそも付き合ってねえだろありゃ)
(え、マジで?!)
 我らが店長、見た目は優男の部類に入る。
 身嗜みにも異常に気を付けるタチなので女性の人気は高い。几帳面に爪や眉の手入れも欠かさず、休日は美容パックまでしているという噂だ。
 しかし本人は女も男も等しくカモとしか見ていない為、イマイチ浮いた話が無い。
(前本社の付き合いでキャバ行ったけど、あの人本気で上しか見てねえから。黒崎さんが煙草出すと横の女が火点けるよか店長が点ける方が早いしよ……正直ちょっと引いたわ)
(うわあ…)
(つーかそっちの人なんじゃないの?)
(シャレになんねーって)
 その瞬間くるりと回転椅子が回った。
 極寒の表情をした店長様が、長く形の良い足を組み、心底蔑んだ目で睨み付けていらっしゃる。
「何をコソコソ阿呆な話してるんだお前らぁ! さっさとホールへ行けーッ!」



「フン、どいつもこいつもバカばっかりだ」
 一人逃げ遅れた部下を叱り、罵り、イビリまくった店長様は、美味、かつ、めんたまが飛び出る程高価なコーヒーを所望した。
 苛々した時はこれが一番。
 酒もある。嫌いではない。
 しかし、悪酔い=失敗=出世の妨げになると固く信じている一条は、余程の事が無い限り一定量以上のアルコールを口に運ぶことはない。
 上司との付き合いや偉い人物への媚び売り時ぐらいだ。
 哀れな部下が目に涙を浮かべながらゴリゴリ豆を挽き、震える手で最適の温度に沸かした富士の泉水をメーカーに濯ぎ、至高の一滴一滴が深い琥珀色を湛え――
 薫り高い一杯が運ばれてくる頃には、なんとか一条の顔は人類の範囲に戻っていた。
 だがまだ若干くすぶっている。
 画面を睨み付けながらぶつぶつと文句を言う。ロクに動きもせずお喋りばかりしている部下や、掃除の足りないホール、彼の私事とはまったく関係ない客にまで。
「大体昼間っから何やってんだこいつらは!」
 それを言ったら終いでしょうに、というような発言の後。
 一条の手からカップが滑り落ちた。
「なっ……あっ…」
 熱い。
「熱い!」
 叫び声を上げた店長は、それでも画面に映る顔を呆然と見つめ、激しく瞬きをした後口元を抑えてしゃがみこんだ。
「熱いぞ畜生!」
「大丈夫ですか店長!」
「大丈夫じゃないっ……なんでアイツが此処に居るんだァァァ!」 

 

 

 

 

2010.4.26