02.
一条は地元公立校の出身である。
気取った物腰や異様に高い競争意識のせいで誤解される事が多いのだが、彼自身は至って平均的な家庭で育っている。
学生時代、一条は実に『それらしい』生徒だった。
成績優秀で運動も無難にこなし、主張がはっきりしている上弁が立つのでリーダーシップがなくもない。
生徒会などにも積極的に立候補し、一年の時は書記、二年では異例の副会長、三年で生徒会長を務めた。所謂優等生である。
キレると多少顔つきと言動がおかしくなる他は割と常識人だったし、クラスでも頼りにされる存在――
の、筈だった。
(こいつ…)
画面に映る男は、面白くなさそうな顔で淡々とパチンコを打っている。
煙草をくゆらし、時折姿勢を変える他は目線も表情もまったく変わらない。退屈しきっているのが見てとれ、そのくせ視線は台からチラリとも動かない。集中している。
典型的な中毒者じゃないか。
しかもこんな昼間から。仕事はどうしたんだオイ。この。
「伊藤…カイジ…!」
いてもたってもいられなくなった一条は、コーヒーまみれの膝にも構わずホールまで一気に走り抜けた。
タッタッタ、と異様にかろやかな足取りで現れた店長に、ホール全体に緊張が走る。
なんの指導が入るやら、恐ろしい勢いである。
しかし本人はまったくスタッフを見ていずに、まっすぐ入り口付近にある端の台へ向かっていた。
何事かと振り返る者も居たが、幸いというかなんというか平日の昼間。客は少ない。
その隙間をスザーッと滑り込むように通り抜けた一条。
彼はこれだけの物音を立てても、風を起こす程の早さで来ても、まったく気配を感じても居ない鈍ったらしい客の背中に指を突きつけた。
「おいそこの伊藤カイジッ!」
「!!!」
「オマエいい大人が昼間っから何やってんだこんなとこでー!」
「い、一条…?」
(店長…)
(店、長……それは…)
(言っちゃいけないと思う…)
こんなとこ=自分の店、職場という事にはまったく頓着しない一条だった。
無論、部下のモチベーションや周囲の客に関しても。
「何……してるって。パチンコだけど」
「見れば分かるわぁー! 此処はオレの店だからな!」
「えっ」
伊藤カイジはやや三白眼気味の大きなめをぱちくり、ぱちくりとさせる。
しかしすぐにまたやる気のない淀んだ目になると、「ふーん」とそっけない感想を述べるだけの薄い反応に戻った。
「一条」
「な、なんだ!」
「久しぶり」
「ぐっ…!」
久しぶり、だと?
(それだけか他に言うことはないのか)
ぐぬぬぬと唸る一条に対し、カイジはやや戸惑っているようである。
しかしそれ以上の関心を示すことはなく、チラチラと台の方を見ていた。
(相変わらず薄情な男だな。久しぶりに元同級生に会ったっていうのに、その態度…)
苛々する。据わりが悪い。腹が立つ。
この居心地の悪い思いも久しぶりだ。
「それで…お前」
「あぁ?」
やっと話しかけたと思ったら、視線は下に向いたまま。
「なんか垂れてるけど、大丈夫?」
「これは……コーヒーを零しただけだ。お前のせいで」
「なんでオレ?!」
ご丁寧に煙草を指に挟んだ後、ぽかんと口を開けて此方を見ているその、そのアホ面を見ていると。
「そうだ全部貴様のせいだー!」
過去の怒りが沸き上がってきて、一条は状況も忘れて怒鳴りつけた。
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2010.4.26 |