ポンコツ

 

男との共同生活は別に嫌ではなく、楽しくも無かった。
ただ夕食にはかかさずやってくるようになったので、二人分、大抵は三人か四人分作らなくてはいけないので、苦労した。料理というのは量が増えれば増えるほど味が落ちる傾向にある。
俺は相変わらず薬を作って売り、時々町の噂に耳を傾けた。柄の悪い連中、ならず者たちは相変わらず好き勝手にやっていて、町長の娘でさえ犠牲になったと聞いた。この町の町長と言えば怪しい経歴を持つ男で―――金も権力も説得力もあるが、人々はそれだけでなく恐れてもいた。そんな男の娘を犯す(しかも、よってたかって)愚挙はその行為自体が許し難いだけでなく、途方も無く愚かなことに思える。
しかし俺は薬を売るだけで、特に関係ない。客には川向こうの奴もたくさんいたし、噂を聞いても変わらず薬を売った。一々気にしていたら商売になどなりはしないのだ。

とにかく、町は騒がしかった。
町長の報復を用心し、犯人たちは川より此方に来ては居ないということだ。

………関係ないと断じたが、正確には違っていた。
その日俺はいつも通り夕食を作って待たずに食べていた。男は珍しく遅くなっていて、そろそろ料理をなべに戻そうかと思った頃帰ってきた。
外は酷い霧だった。
一年の半分カラカラに乾いた土地で、冬の間だけこうやって湿った風が来る。嫌な気候。
男は居間のカウチソファーに乱暴な仕草でどさりと座り、手招きした。
なんとなく、殺気立っていた。
俺は食べかけを置いて立ち上がり、渋々近づいていったが半分も歩かないうちに引っ張られ、転がった。
「さっさと脱げ」
冗談ではない。
俺はこんな薬を売っているので、よく誤解を受ける。その度違うと説明するのは毎度の作業だ。
大抵は普通の薬と同じように考えるので、セットなんだろうとふざけたことを言う客もいる。だが、あいにく俺は男で、そんなことをしなくとも食っていけるだけのものをもっている。
俺は落ち着くために深呼吸し、男の前に手を突き出した。
「薬をやるから、部屋に行ってくれ」
「要らねぇよ。クスリは趣味じゃねえ」
「違う、とにかく―――分かった。俺が部屋に戻る」
「俺」
男は無造作にシャツのボタンを引きちぎった。
俺はひゃあとかなんとか言いながら戻したが、今度はズボンを下ろされて声も出なくなった。
「………注文と違うぜ」
男はよりによって俺の股間を凝視した後、意味不明の言葉を呟いた。
しかし舌打ちをして、顔を歪めてからもなお行為を続行した。俺の抗議の言葉など最初からまったく聞いていず、好きなように扱った。うつ伏せて尻を上げさせ、前置きもせずいきなり突っ込んだ。死ぬかと思った。
間違いなくいままで生きてきた中で、最低の体験だった。





翌朝俺は何年かぶりに調合した強力な痛み止めを飲み、朦朧とした意識のまま家を飛び出した。
こんなときにどうしたらいいかを相談できるのは、知り合いには一人しかいない。俺は通りを一つ越えた所にあるアパートメントに飛び込み、3階まで這い登った。
チャイムを鳴らすと聞き覚えのある声で悪態が聞こえてきた。
「いったい何処のクソ野郎が―――どうしたの!」
「助けてくれ」
彼女は酒場に良くいる類の女の一人で、俺のお得意様だ。払いがいいだけでなく色々と役に立つ情報をくれる。そっちを試したことは無いが、誘われたことは何度かあった。
「今にも死にそうな顔してるよ」
「そうなんだ。はっきり言って、死にそうだ」
「なにがあったの?」
「男に襲われた」
まあ―――と言ったきり、彼女はすばやく行動した。俺のズボンを下げ、子供にするように促すと些かの躊躇いも無く指を突っ込んだ。
「痛い!」
「酷い、裂けてるじゃないの!よっぽどヘタクソだったのね!」
「ヘタどころかいきなり突っ込まれた」
「かわいそうに………」
彼女は浴室まで肩を貸してくれ、男が出した物を洗い流してくれた。親切………だと思う。死ぬほど恥ずかしい思いをしたが。
「残ってると腹を壊すの」
「詳しいな………」
「プロだもん」
あたしに任せてくれれば良いのにと不穏なことをぶつぶつ呟きながら手当てもしてくれた。
あたたかい物を飲ませてくれた。もう結婚してもいいとさえ思ったが、あいにく俺は所帯を持てない。家をもてない男についてくるカミさんはいない。
「一体どうしたっていうのよ」
「それが………」

長々とした説明の後、彼女はとても珍妙な顔をしていた。
「………どうしたんだ」
「今度は私の話を聞いてよ」

話はシンプルだった。彼女が請け負った「うまい話」についてだ。商売にしては口が固く、賢く気が利いていて、美人な彼女には普通では考えられないくらいいい仕事が時折舞い込んでくる。そういう類の話かと思ったそうだ。
「時々危ないこともやるし、向こうはそういうのも知ってるからね。簡単な事よ。何日か別の町から客が来るから、その面倒を見ろって」
「ふうん」
「理由があってホテルは使えないの。部屋を整え、夕食を準備して、必要なら"リラックスのため少々"で、そんなに酷いことはされないと聞いたわ。もちろん受けたわよ、受けるじゃないの」
「へえ」
「でも客が来ないの。3日待ったけど、音沙汰一つ無いのよ。もう今日にでもそう言いに行こうかと思ってたところ」
「それで………」
「鈍いわね!」
違うのだ。名誉のためいうが、誓ってそんなことはない。
俺はもっと違うことを考えていた。時期がうますぎるのだ。話があったのは例の物騒な事件があった直後で、彼女に仕事を流した男は町長子飼いの男だった。
昨夜あの男は血の匂いがし、用事が済むと俺を放って部屋に戻った。
「自警団は使えないと踏んだんだな。だから違うものを雇った」
「………なに?」
「町長さ。正攻法で行っても叩き潰されるだけだし、目的は制圧でも勝ちに行くことでもない。娘の復讐だ」


2006.6.27 up


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