ポンコツ

 

それでどうしたかというと―――戻るしかなかった。
この不幸な誤解を解くためにはそうするしかなかったし、解いた後の為にも彼女には任せられなかった。殺し屋には誰だって怯える。
町で配られていた号外を手に入れる。やはり、思った通り、昨日のうちに町長の復讐は完璧な形で成し遂げられたようだった。あの男が川向こうの、余所者が一人紛れ込んだら何をされるか分からない危険地帯に赴いて奴らを殺し、どうやって無事に帰ってきたかは新聞には語られていなかった。
"正義"と大きく書かれた見出しを見ていると、胸がむかむかしてきた。
これで彼らと町は、以前と同じ状態に戻る。決して交じり合うことは無く、かといって完全に追い出すことも出来なかった彼らと、強引なやり方で憂さを晴らした町長との全面戦争だ。無論、娘を傷物にされた無念は察するが、娘は自ら男たちに着いていったことがもう町中に知れていた。そういうところのある娘なので父親に逆らい、まだ相手の男に会いたがっているというおまけつきで。

俺がトボトボ帰ったら、家に明かりが着いていた。起こす手間が省けて幸いなのか、帰るなり顔を合わせる不幸を嘆けばいいか、判断つきかねる。
中へ入ると男は新聞を読んでいた。
号外記事は丸めてゴミ箱に叩きこんであった。

俺は台所へ行ってお茶を沸かした。寝不足で痛む頭の為に薬草茶を。これは特別なことは無く、俺が育った町の女なら誰もが知っているお茶だった。
カップを二つ持ってテーブルに着くと、男は当然のようにそれを取り上げて啜った。
「不味い」
「薬だからな。痛みを薄めて気持ちを落ち着けるんだ」
嫌味が通じた様子はなく、彼が新聞をたたむ気配はなかった。
俺をぶん殴って殺す気配も無かったので、さっそく用件を切り出した。
「あんたは此処へどうやって来た」
流石に普段、あれだけ端的な問いをしているだけあって、意味は伝わったようだ。
「…言いたいことは分かってる。派手な赤い看板の店を目印に、三つ目」
「一軒はつい先日取り壊された………此処は四つ目の家なんだよ」
「そうらしいな」
電話の位置が少しばかりずれている。確認できたのだろうか。
ならどうしてさっさと出て行かない?謝罪のつもりがあるのかと思って待っても、幾ら待っても、言葉一つ返ってこない。
仕方が無いので歩み寄ることにした。今日はもう、寝たい。
「番地が無い、この町は。だから不幸な間違いと考えることにして、俺は寝る」
男はそこで初めて顔を上げた。
殺気は綺麗に失せていた。成る程、少々のリラックス。
リラックスのための少々?もうどっちでもいい。
「寝てる間に出てってくれ」
「まだ仕事中」
「呆れた男だな………図々しいにも程がある………」
「まだ半分しか終わっちゃいねぇ。いまさら他所へ移るのも面倒だ。嫌だったのか?」
「痛かったんだよこのドヘタクソ!!」

俺にだって沸点はある。

「流血の惨事だ。裂けたんだ。癖になったらどうしてくれる?嫌だったのかって?俺が生きてきた中で間違いなく最悪の一夜だったよ」
中指を立てて誤解されても困るので、親指を下にして言い切った。

男はゆっくりとした動作で首を傾げ、腹をたてるでもなく言った。
「悪かったな」
「悪………」
「だが訂正事項が一つある。俺は"ドヘタクソ"じゃねぇ」

其処か。

いや、男なら誰だって傷つくよな………って違うだろう、とかなんとかぐるぐる、面食らって後退る。にゅっと伸びてきた腕が手首を掴み、背中の下にテーブルがあった。
「なにを………ムグッ」
朝っぱらから俺は知り合って間もない男に、口の中を噛み付かれた。なんて濃厚な朝だろう、最低だ。
うんざりだ。
ぐうぐう唸って抵抗するが、男の腕はびくともしなかった。体は重かった。抑えられた肩は痛みを訴え、口の中をかきまわされすぎて意識が朦朧としてきた。
苦しい。
酸欠と窒息紙一重のところでギリギリ意識すれば、もうどろどろに溶けそうだった。確かに宣言するだけあってお確かな腕前だ。舌がぬるぬるとすべる度、ぜんぜん関係ない腰がビクビク跳ねる。
しかし屈辱は変わらない。抗議と反抗を込めて噛もうとすると、忌々しいことに顎を掴まれて封じられた。
「ウーッ……」
ばたつかせていた手足の動きが徐々に鈍ってくる。男の手が腿の辺りから這い上がり、撫でる。女のあそこを愛撫する手付きだと気付いたが、無論俺にそんなものはない。直ぐに動きは切り替えられた。
ぺちゃぺちゃと濡れた音がする。長いキスで唾液まみれの口周りを嘗め回される。だらしなく半開きになった口は力が入らないだけで、別に誘っているわけでも喜んでいるのでもない。そこのところは誤解しないで欲しかった。
首筋から耳元へ。音と皮膚を濡れた舌が這いずりまわる感触。
扱いたり、擦ったり、先端を爪で抉られてツキンと小さな痛みが走る。電撃のように全身を快感が貫き、生温さが下着の中に広がった。俺にプライドなんてものが存在していたら、今ので完全に消し飛んだ。

「はぁぁっ………」
もらした息の大きさに、慌てて口を塞ぐ。
涙目になって睨み付けると、男は何を思ったのか濡れた指を一本しゃぶった。
「マズ………おい、舐めてみろよ」
「だっ………誰がそんなことするか………」
「お前が出したモンだろ」
ついと唇にそれを塗りつけて、ニヤリと笑う。
悪党面を睨みつけながら俺はシャツの袖でごしごし擦った。埃っぽい匂いがする。





それでどうしたかというと、別にどうもしない。
一向に友人は帰ってこなかった。本当の客である筈の知り合いが訪ねてくる様子もなく、町の争いは日に日に激化していった。しかし融点に達する前にいつも誰かが死に、とうとう彼らは移動の準備をはじめていた。
男は逃がすつもりはないと言っていたし、今では彼らも大分減っていた。俺はというと―――いつもの通り注文がきたらつくり、売る。繰り返し。変わらなかった。気にしたことも無い。商売に差しさわりがなければ関わらないし、あったとしても場所を変えるだけ。
それに―――彼らは時々払わなかったし。


2006.6.27 up


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