―――青年は走っていた。


雇われた身でこのような事を考えても無意味なのだが………
自分が今しようとしている仕事はかなり無茶だった。
余りにも大きな存在にこいつらは挑もうとしている。勝ち目など到底無いと言う事を、彼らは分かっているのだろうか。
(………まあ俺は報酬さえ貰えればいいんだが)


先頭を走る巨体。感情のこもらない目でそれを見詰め、青年は走り続けた。
巨大な建造物を進み、警備の兵の目を盗んで内部へ侵入し、目的地を目指す。
「―――よし、見えたぜ!」
獣の咆哮にも似たドラ声を上げ、バレットはその部屋に身を滑り込ませた。




「ちわーっす!ご注文頂いた特製ランチ39人前お持ちしましタ―――ッ!!」




「………っす」
「声が小せえ!」
「ちわーっす!どうもありがとさんした―――っ」
クラウドはヤケクソで声を張り上げ、担いでいたホカホカの弁当箱を配った。
受け取った従業員は何故かソワソワとしているが、その匂いと温かさに誘われるよう蓋を開く。
「はああうっ………///」
「ああ………!」
えもいわれぬ香り。鮮やかでバランスの良いおかず。ホカホカのごはん。
「「「「う、うまそう………!!!」」」」
それを聞いたバレットは普段の強面が嘘のような愛想の良さで、にこにこと挨拶をした。
「ありがとうございやした!今後もアバランチを御贔屓にお願いしますー!」


アバランチ―――
それは弁当&仕出し業界に最近進出してきた小さな会社だった。
健康を重視した栄養バランスの良いおかず、農家との直接契約によって直送される新鮮なゴンガガ米のごはん。無論味のレベルもなかなかのもの。
民に親しむ低価格とアットホームな雰囲気とで、実は知る人ぞ知る小さなブームとなっていた。
だが。

この業界、新しい社は長く続かない。
何故かと言うと、業界最大手の会社「神羅」があらゆる手段を使って潰しに掛かるからである。
そのえげつない、卑怯なやり口で涙を飲んだ人間は数知れず。今では誰も、そんな危険を冒さない。別の仕事に転職するか、神羅に阿るしかないのである。


「何を隠そう、俺もそんな神羅にやられた一人さ………」
アバランチのアジト………もとい秘密厨房のある酒屋、「セブンスヘブン」ではメンバーのウェッジという男が酒を飲んでウェットになっていた。
「俺は調理学校で独自の料理を研究していた。でも、神羅に忠誠を誓う教師がそんな味は駄目だと俺のレシピを全部………うう全部………燃やして………ううっ」
「………」
どうコメントしたら良いか分からないクラウドは、適当に相槌を打ちながら店の奥へ目を向ける。
「クラウド、仕事おつかれさま!」
其処では自分がこんなわけのわからないバイトをやる羽目になった原因がニッコリ笑ってシェーカーを振っていた。
「うまく届けたんですってね!良かったわー」
振り過ぎて中身が周囲に撒き散らされているのを除けば、良くある光景である。
「ハイ飲んで!ティファちゃんのお酒は美味しいって、近所でも評判なのよv」
「そ、そうか………」
殆んどグラスには注がれていない。数センチ、いや数ミリの液体を無理に喉へ放り込むと、たり、とだけ酒は流れ落ちていった。これで250ギルは高いだろう………
(まあ俺には関係無い。今回一度だけの仕事さ………)
無意味に髪をかきあげていると、店の電話が鳴る。

「はい、セブンスヘブンです☆」

『………、………』

「合言葉、お願いします☆」

『………!』

『せいか〜い!アバランチ特製おしんこセットをつけちゃいます☆ご注文は以上でよろしいですか?ありがとうございました―――ッ』

嫌な予感がした。
「クラウドv」
呼ばれて振り向くと、ティファはにっこり笑って注文表を突き出す。
「今度は倍の60人分のお夜食弁当、5番工場に届けてですって」