照りつける真夏の太陽が肌をじりじりと灼いている。滴る汗を拭うこともせず、歩く。 どよめく大観衆の間をすり抜けて、足はどんどん速くなっていく。 一刻も早く場外へ出たかった。 響き渡る歓声から逃げ出すようにして走った。視界の端を掠めたのは関係者と報道陣が詰めかける狭い戸口。 そう時間の経たないうちに出てくるだろう。そしてあのいつもの、人好きのする笑顔で淀みなく喋る。言葉の一つ一つが、それ自体はさして重要な意味を持つ物ではないのに、耳の奥に残るのだ。声かもしれない。低い声。快活に笑った後の、あの掠れた低い音。 「待ちなさいよ」 いつの間にか速度はゆるんでいた。外の日差しを遮り、ほんの一瞬の涼を与えてくれる日陰で腕を引かれた。振り向かずとも相手は分かる。 「……おめでとうって言っといて」 「あなたが直接言ったらどう? もうすぐ来る。ここ通るでしょうから」 掴まれた腕に食いこむ小さな爪の感触が現実を知らせてくれる。忌々しさに振り返って睨み付けると、相手は泣きはらした目で笑った。 「なによ、そんな顔もできるんじゃない」 だけど。 痛々しさに怒りが萎える。彼女は挑発的な言動とは逆に酷く傷ついている。 視線にこめられた意味を察したのか、対する眼差しは激しく燃えた。乱暴に引っ張られて体勢を崩したまま引きずって行かれる。 「嫌だ、行きたくない」 「今更逃げるの。あなた、逃げるの? 逃げられると思ってるの?」 「離してくれ」 「い、や、よ」 泣きそうだ。 関係者です、通してくださいとはきはきした口調で人混みを抜け、彼女は掴んだ腕を引いていく。ベンチに入れるのは出場校の選手、部関係者、監督にマネージャーだけ。彼女とて、本来ならスタンドで応援しているべきで、表に出ることだって、許されていない筈なのだ。 中へ入ると興奮した人の熱気に包まれる。場違いな他校の制服も、今は目立っていない。 数人の選手が中から降りてくるところだった。此方に気付いて手を振った。 お願い、呼ばないで。 しかし願いが通じる訳はなく、気のいい連中は勝利の喜びでハイテンションだ。それどころか口に手を添えて大声で呼ばわってくれた。 屈託無い笑顔で手を振っていた彼は、すぐに満面の笑みで走ってきた。 「ツナ、こっち来てたのか。席見てた。探したんだぜ」 「あ―――あの、おめでとう…」 「うん」 声が詰まる。喉に呪縛がかかったように不自由だ。 「打ったところ見てた、よ。ボール頭の上越えてったすごい」 「だろー?」 俺は今バカみたいに首を振ってる。涙が滲んでくる。乱暴に擦るとそれは汗と混じった。 「いー手応えだったもんなー。ああいう球好きだ。真ん中で行った」 掴まれた手が熱い。それは不自然な程力を込めて握られていて、そっと離そうとしてもまたすぐ強く掴まれる。 こわい。 帰り支度を始めている部員達の合間を縫って、山本は俺をどこかへ連れて行こうとしている。 気付いた途端、この人でいっぱいで騒がしい場所がたまらなくこわくなった。俺は何をしてるんだろう。俺が此処にいるべきではない。彼女は何処へ消えた? 連れてくるだけ来て、放り出してった。本心じゃない癖に。本当は俺の事なんか触れたくもないみたいに睨み付けて。俺は、 「ツナ、ほら」 騒がしい間を通って、何処へ行くんだという監督の罵声に便所っすーと大声で返して周りを爆笑させて、それでも手の力は一向にゆるまない。 山本は宣言通り俺を連れてトイレに向かったけど、途中で道を一本変えて人気のない隅へ降りていく。其処は用具置き場になっているようだ。使い古したグローブの匂い。埃のにおい。今朝方少しだけ降った雨の匂いが残って、足下には影。 「なあ、俺やったろ?」 ごくん、と喉が鳴る。 「山本」 「もう待たないぜ」 土が付いたままのユニフォーム。逆光で見えない表情。 唯一口元だけうっすらと笑んでいる。待ったはナシな。ほんと、長かったし。5年? 冗談みたいな数字……… 「お願い……戻って!」 視界の全てを塞がれる。鼻孔いっぱいに広がる彼の匂い、背に回った腕の力強さ。その全てがこわかった。俺は弱いから押し流されてしまう。 「ツナ」 外への道は遮られてざわめきは遠い。 |