山本が好きだ。 彼の気取りの無い態度、口調、肩を叩いたり小突いたりする温かい手。自分より大きな背も大人みたいに低い声も懐っこく笑う顔もすべてが好ましい。俺にはない。持ってない。多分一生有り得ない。 はじめから存在が違うのだと思えば、羨望はあっても嫉妬は無かった。それは彼個人の才能で、俺には届かないものだから。はじめから違うと知っていたから。俺は山本が好きだ。違うのに、少しも似ていないのに、俺たちは一緒にいて居心地がいい思いを共有できる大事な友達、だ。 中学3年一緒にいて。休日の野球部が休みの日なんかよく一緒に出かけたっけ。 山本は友達が多くて、野球部の先輩とも後輩とも楽しそうに話しているのに俺とたくさん遊んでくれた。山本の好物と俺のコントローラーの握り方について冗談が言えるほど仲良くなったあたりには、もう、休みの度うちに来たり行ったりしていた。 高校にあがったら、山本は野球の有名校に推薦で入って、俺はなんてことないフツーの近所の学校を選んで。会う回数は少なくなったけど俺は携帯を持つようになったからメールしてメールして時々直に話して。たまにある休みにスポーツ用品店に行ってグローブに手を入れてみたり。その重い感触に驚いて俺は思わず山本の手をつかんで自分のそれをあわせてみた。おっきい。 ツナがちっちゃいんだよ、と笑われたけど。 「山本クン!」 高く空に抜けるような女の子の声がして、後ろから走って近づいてくる気配がした。 俺はそっちを向こうとして体を捻ったら、山本がまだ手を掴んでるのに気付いて慌てて「離して」って意味を込めて見る。 けどその頃にはもう、山本は声の方向に向きを変えていた。 「なにしてるのこんな道の真ん中で」 ごもっとも。 走ってきたせいか大きく息を切らして、肩を上下させている。私服姿ではっきりとは分からないけど、こんな風に山本と話してるって事は親しいんだろう。 もしかしたらこれが噂の彼女さんなのかな。 でもたった今いないって言われたばっかりだし。 「そっちこそ」 「私は部の買い出し。休みの日なのにわざわざ来たんだよえらいでしょ」 「へーえ」 俺はなんとなく居心地の悪さを感じながら、まだ掴まれたままの手を外そうとする。 静かにそっと引いたのに、また強く握り直されて困った。山本はまるで俺が逃げるみたいにちらりと視線を向けて、笑う。 「もうちょっと、な」 「誰?」 ちょっと警戒するような感じ。 まじまじ正面から見られて恥ずかしい。高校に上がっても女の子と話すのは苦手だった。 「中学ン時からのともだち」 「へーめずらしー。高校どこ?」 どんどん話が進んでく。切り替えが早すぎて何処で答えて良いのか分からない。 とりあえず高校を答えて、アァ、っていつもの反応に頷いて。 「こんにちは…」 沈黙。 「あっはっはっはっはっは!」 「ツーナー………おまえ………」 くくく、って山本まで笑う。なんで笑うのかさっぱりわからないんだけど。 かわいいっていうのは褒め言葉じゃないと思うけど。 一応俺、同い年なんだよ知ってるだろ三年間同じクラスだったんだから。 心の中で呟くが、口には出さない。曖昧に笑うだけだ。困ったなーって意味で隣の山本を見上げると、思いっきりの笑顔にぶち当たった。 「だろーもーかわいーかわいーかわいー」 わしわしわしっと頭を撫でられるわ、ぎゅうぎゅうに抱きつかれるわ。 いつものことなんだけど山本のスキンシップは力が強くっていけない。俺の顔半分はひしゃげてると思う。 挙げ句の果てにぶんと体ごと振り回されて俺の体は反対側に来てる。 最近ますます山本との身長差はしゃれにならない。力の差も。俺だってのびてるけど山本は更にぐいぐい成長してしまって、まるで大人と子供なのだ。 笑って、笑って、ひとしきり笑った後。 「だけど良かったー。山本クン今ヒマだよね?荷物持ち手伝ってよ」 唐突は続行中らしい。部の買い物、ってことはマネージャーか何かなのかな。面倒見良さそうだもんな。忙しそうだ。 でも俺がいったげたらって言う前に、山本は首を横に振ってしまっていた。 「悪いけど、オレら今からメシ食いに行くから」 「えっ何それハクジョー」 ハクジョー? あ、薄情か。 一瞬漢字が浮かばなくて頭が?だらけになった。 「ごめんな」 からっと笑って手を振る、山本のこの笑顔に逆らえる女の子はいないだろう。 いいのかなぁ、いいんだろうかと様子を伺っていると、また体がぐるんと回った。殆ど抱えられるようにして連れて行かれる。腕をくぐってぷはっと顔を出してぺこりと頭を下げると、彼女は妙な顔をしていた。 分かるかも。 山本は普段からさっぱりしてるけど、今のはちょっと冷たいぐらいだった。口調や顔は笑ってるんだけど、いきなり壁が天井からズドンと降りてきたみたいに。 拒絶されたと相手は感じたんじゃないだろうか。 「山本、いいの?」 戻ってあげなくていいのかぐらいの意味で、俺は踏ん張って立ち止まる。 けどずるずると前におされるぐらい強い力。結局は横に並んで歩き出した。山本の歩調が早くて、しかも一歩一歩が大きいからついていくのに一苦労だ。手は握られたまま。 「ちょっと待って…」 山本は歩いてるのに俺は走ってるってのは、割と屈辱的だ。 本当はメシを食う予定なんて無かったんだけど。 いつものファーストフード店でバーガーをもそもそと口に入れながら、向かいの山本を見る。一口が大きくてやたら健康的な食べ方をする。見てるこっちも気持ちいい。しかも早い。 「うまい?」 「ん。それなり」 定番のチーズバーガーから二段重ねの巨大バーガー、新作も勿論一通り。割引券を使わなかったら結構な額になるだろうその量に圧倒される。 けど、さすが寿司屋の息子らしく山本は舌が良く、意外とグルメだったりするので評価はさりげなく辛口だ。 「食う?」 ズイと差し出されたのは新作のたまごとレタスとトマトとパテとベーコン………とにかく全部、入ってんじゃないのってぐらいでかいやつ。 「お、おーおーお」 「お?」 「おっきい」 「うん。そうだな」 ニコニコしたまま、山本は手を引っ込めない。俺が食うまで多分。 思いっきり口を開けて、端っこにかぶりつく。むしゃっといってやったが悲しいかな、俺は口が小さい。上のパンとレタスとたまごの味しかせず、口についたソースを拭いてもぐもぐやっていると山本は笑って続きをかぶりついた。 倍ぐらい、あるんじゃなかろうか。上と下一気に食えるなんてすごい。 「たまごおいしい」 「ん」 俺は炭酸が好きだけど、山本はここでも牛乳を頼んでる。これ以上大きくなってどうするんだろうか。 容器が小さいから(いつも500mlだもんな!)すぐ無くなってしまう。俺のは特大のLサイズで、勿論余る。揺らすとうんざりするほどたぷたぷしてる。 つい大きなのを頼んでしまう貧乏性を恨みつつお返しに差し出すとサンキュ、と短い礼をして山本は受け取ってごくごく喉を鳴らして飲む。いっそフタを取って直に飲んだ方が早いような気がするけど。 食い終わってしまった俺はポテトに手をつける気がせず、ぐるりと店内を見渡した。慌てて視線を逸らす者あり、反対にじろじろ見てるのもあり、結構な注目の的だ。 山本とか獄寺くんとか俺の近くにいるのはとにかく目立つ人種ばかりなのでもう慣れてしまったけど、やっぱり多少は居心地悪い。 手持ち無沙汰に携帯を弄る。メールが2件。どちらも獄寺くんからだった。 前よりももっと頻繁にイタリアへ帰るようになってしまった彼は、こうして時々向こうの綺麗な風景とか建物をカメラで撮って、送ってくれるようになった。そういう気遣いをする人なんだなあと思って可笑しくなった事もあったっけ。 でもそのうち俺は気付いて、笑えなくなった。 彼は、そしてリボーンも、俺をイタリアに連れて行くつもりでいるんだって事実を突き付けられたような気がして不安になったんだ。冗談なんかじゃなく。 そうだこの夏、俺はリボーンかディーノさんに連れられて「射撃場とガンショップがある国」へ行くことになっていた。勿論それは観光なんかじゃない。 「ツーナ」 「むぐ」 しょっぱい味が口に広がった。 驚いて顔を上げると、山本が指でポテトを俺の口に押し込んでる。 離れていく瞬間、塩の付いた親指を反射で舐めた。 「着いたら電話してな。迎えに行くから」 「いいよ俺自分で行く。その旅館の名前教えて」 |