先代から引き継ぎ務めるファミリーの幹部の娘に暴行した罪でボンゴレの権威も微かな糸のように細いアメリカの地方都市へ、獄寺は殆ど身一つで放り出された。南米の麻薬組織が街の支配を浸食し始めている危険地帯へ。 臨終近いじいさんのファミリーが一つ、唯一ボンゴレの端系の端系の端系の………程度、小規模なお荷物を持たされ、管理の名目で面倒を見ている。三ヶ月。長かった。 その短気な気性からトラブルを起こす事が多い獄寺だが今回に限り、彼にはまったく罪がなかった。 事実は大分違っていた。その娘が獄寺に惚れたのが、事の発端だった。 小さな頃から欲しいものを手に入れないと気が済まないわがまま娘で、親もそれに応えた。彼女は手に入らないものなどない世界に生きていたのだ。 関係を迫り、通じないとなると結婚を強請った。悪いことに親もこの話に乗り気で、あからさまな打診にツナも苦笑したものである。 話が持ち上がったとき当然ボンゴレに――獄寺に近しい人間は誰も賛成しなかった。賛成反対以前に、この男に女と結婚などという器用な真似が出来るはずがない。文字通りボスしか見えてないってのに。 一応、立場上と念を押して話してはみた。 案の定獄寺は鼻で笑い、会いに来た彼女を冷たく追い返してしまう。 恋心とプライドを傷つけられた女が取った次の行動は復讐だった。獄寺の私室に潜り込み、帰宅を待ちぶせて罠にはめた。 乱暴をされたと騒ぎ立てる相手の顔をまじまじと見ながら、場違いに肩を竦めていた獄寺の危機意識は、今回ばかりは働かなかった。 普段あれだけツナの周囲に関して、異常とも言える用心深さを発揮する彼は、自分の事となるととんと関心が無く、無頓着なのである。 始めは冗談めいた空気が漂っていたのだが、事はそんなに単純なものではなく。 未婚の女性を自室に入れた時点で、その気があったのだろうと責められる。 勝手に忍び込まれたのだと説明しても、穿った見方をする輩には通じない。 徐々に大事になっていき、彼の存在をよく思わぬ者達の思惑も働いて。 くだらない問題ながら、獄寺は孤立した。立場上かばいすぎる訳にもいかず、決定的な手を打てなかった事が悔やまれる。彼が側に居なくて困るのは自分なのに―― ……というのが騒ぎのあらましだった。 「っていうかさー」 皆の衆、一言物申したい。 ツナはそう思ったが、事情が事情で公表できない。 獄寺が罪を犯していないと言える説得力のある証言それは――公共の場ではとても口に出来ない。 どーしたものかとモゴモゴしているうちに獄寺は飛ばされてしまった。 だって。 まさか。 言えないよねえ。俺と抜かずの三発やってフラフラな後に女襲ってまたとかって―― 「有り得ないから」 「はあ。そうなんですよね」 彼女がギャアギャアと騒いだまさにその日。 獄寺はツナの私室というか寝室に立ち寄った後、帰宅した。 「本当だったら君は色情狂っつか化け物だよね。いやそれはむしろ怒るよりスゴイって褒めたいなァ、うん。すげえ」 「ははは……いや笑ってる場合じゃないですね。してませんよ!」 「できないよね!」 「無理です! あっでも十代目がご希望なら努力は惜しみませんが?」 「希望じゃない! 希望じゃないよ!」 違うんだよ戻ってこい。 図書館の一角。どちらにしろ慌てて声を潜める二人の姿は随分情けなかった。 「リボーンも言ってたろ? 誰も本気で信じてないって」 一報が入ったとき、丁度その場に居合わせた殺し屋は『あのバカは明日会議があるだろうがッ』と言って獄寺を殴り吹っ飛ばした。 獄寺が暴行したと聞いて、対象はツナだと勘違いしたのである。ほどほどにせんかと言われながらゲシゲシ足蹴にされた辛さを思い出し、獄寺は遠い目をした。 「山本だってそうだよ!」 直後に入れ替わるようにしてやってきて、倒れた獄寺の頭から数ミリの場所に日本刀を突き刺した笑顔の男も忘れてはならない。 そして詳しい報告を聞き、獄寺が顰め面で部屋を出ていく時彼等はありえねーありえねーと腹を抱えて笑っていた。テメーが女を襲うのはシャマルが男のケツを追っかけるぐらい有り得ないと太鼓判を押された。 しかし。 ツナが丁度不在だった、獄寺配下の者が揃って離れた場所に居たに加え、異常な手際の良さで事が運び、反論も娘に問い質すことも出来ないまま拘束され、気が付くと海を越えていたのだ。 あまりにテンポの良い展開だったので今では誰もが真相に気付いていた。 獄寺をはめた理由は、娘の事だけではない。 他の思惑があるのだろう。 ツナの側近には日本から彼に着いてきた若手がズラリと揃っているが、揃っているだけで彼等皆出世欲というものが無いので適当な役職、程々に自由の利く身軽な地位につきたがる。 大幹部の地位に居るのは獄寺のみだったし、これがボスと組織にガッチリ食い込んでいるものだから、先代より幹部を務める者達は気が気でないのだろう。 「ごめんねぇ、俺がもっとしっかりしてれば………」 「そんな!十代目のせいじゃないっすよ!」 ぼーっとしているヤワっちい十代目は、ひらりへらりと身をかわして言うとおりにならない。 焦った彼等が取った強攻策が、獄寺を蹴落とす事だったのだ。 「勿論こんな馬鹿馬鹿しいこと、すぐに止めさせるさ。長く待たせてすまなかったね、この前やっとのことでシャマルを捕まえたからすぐカタがつく」 女相手ならうってつけな男であるが、あっちへフラリこっちへフラリの根無し草なので捕まえるのに苦労する。 まったく困ったもんだよと柔らかく微笑む主を前に、そろそろ獄寺の理性の糸はぶっちぎれそうになっていた。ツナの格好もよくない。いつものスーツではなく、薄いシャツ一枚で細身の体が見た目に分かるような――それにちょっと幼く見えてしまうのも、なんだか新鮮なのだった。 「十代目…」 「ぐへえっ」 胸のトキメキのままきゅうっと抱きしめると、ツナはカエルが潰れたような声を出した。 トキメキのあまり馬鹿力を出してしまったらしい。 |