いけないと分かっていても、男にはどうしようもない時がある。理性で止められる範囲外なのだ。仕方ない。ウンウン。
 ツナはその異常に諦めの良い思考でもって、そのマズイ事態を楽観的に見ようとした。
 獄寺くんは確かに目立つけど、それでも、う――裏口からコッソリ出るんなら大丈夫じゃないかな。とか、用事が済んだらまっすぐタクシー拾って空港まで一直線、寄り道しないで帰るんだもの平気。等々。
「いいですよね…?」
「うん…」
 それに今だって図書館の隅っこでこんな濃厚な空気を出しているのだ。
 三日(実質三ヶ月)ばかりおあずけをくらった犬がおなかすいたようワンワンと、鳴いて強請って(クゥーン)いれば、誰だって手を差し伸べたくなるに決まってる。それに。
「俺も結構、限界…かも」

 ひそめているせいで掠れた声が、ふっと獄寺の耳を直撃した。
 それだけで担いでドドドと暴走しそうになるのを堪え、素早くその手に唇を押しつける。 二人は早足でその場を後にし、獄寺は辺りを油断なく見回りながらツナを車に押し込んだ。ついいつもの癖で後部座席に詰めてしまったので、運転手が席につく頃ツナはのしのしと座席を乗り越えてやってきた。
「危ないっすよ、十代目」
「いいじゃないたまには。俺景色見るの好きなんだ。前の方がよく見えるし」
「でも」
「こんなとこまで俺を知ってるやつなんていないでしょ。いいからいいから」
 行儀良くシートベルトをカチャカチャ言わせているその姿にホワアフワアとなりながら。
 獄寺は慣れた仕草でギアをローに入れ、少々乱暴に発進した。

 アメ車の横幅の広さ、腹に響くゴツいエンジン音は来て三日で慣れた。
 路も広いし此処は田舎、交通量はイタリアの都市部とは比べものにならない。イエローキャブは国のクソタクシーのキ○○イじみた運転より酷い事はない。人格を疑うほど自己中で、自殺志願かと思うほど急スピードで突っ込んでくるやつらの、あのムカつきに比べれば天国のような場所だ。勿論運転に限る。だってここに十代目はいらっしゃらない!
 でも今は俺の隣に―――!
「ごごごごくでらくんおちついて! 前見てる?! アハハおかしいな逆走してないか俺の気のせいかなああああ!!」

『幸福』の二文字が顔中至る所に張り付いているような上機嫌で獄寺は隣のツナが悲鳴をあげるのにも関わらず思い切りよくホテルの駐車スペースにバカでかい車を突っ込んだ。





 殆どひきずられるようにして狭く暗い階段を上がりながら、ツナは背中に、ジーンズに突っ込んだベレッタを撫でた。ベルトで締め上げているせいで落ちる気配はない。
 空港を下り、我ながら最高に下手な尾行でリボーンをつけている間に何故か道に落ちていたそれは、多分というか十中八九わざとなので。持っているだけで安心できる。
 リボーンの手で調整された銃は手に吸い付くように馴染み、それは彼のヒットマンとしての腕を感じさせる。
 エモノの手入れぐらい自分で出来るようになるんだと頭を小突かれながら、解体と組み立ての手順を叩き込まれたっけ。
 そして――ポケットには僅かなドルとアメリカン・エキスプレス(ブラック)が入っている。使用金額無制限のこのカードを自分の机で見つけた時、ツナはちっきしょうと思ったが他に使えそうなカードは見あたらなく、仕方なく渋々持って出かけた。目立ちたくないから普通のが良かったのに。

 所持品は以上だ。鳴るのが怖くて携帯すら持ってこなかった。
 この身軽さが、軽率な行動に駆り立てたに違いない。後になってツナはそれをうんと悔やむのだが、今はそれどころではなかった。

 煤けた天井に安物のベッド、最低限のものが詰め込まれた浴室しかない狭い部屋をぐるりと見渡すと、獄寺はさっさとブラインドを下ろした。
 壊れかけたそれがやけに勢いよく下りてきてばっさり外の景色を隠してしまう。小さくて、貧弱で、やっと呼吸しているような寂れた街並みを。
「すぐに……すぐにね。戻れるよう手配しておくから」
「そんなことはいいんです。それにちょっと気になる動きもあって」
「動き?」
「失礼します」
 獄寺は引っかかるような話しぶりをしたことを、後悔しているようだった。ツナの注意がそちらに行くのも本当は許せないのだろう。
 手早く上着を引っこ抜いてベルトを外す手はガチャガチャしていて落ち着きがない。表情に焦りと苛立ちが出ている。たまってんのかな。
 いや実際問題そうだろう。
 息抜きや気晴らしで女を扱う器用さはないし、忠実過ぎて浮気という概念すらそもそも存在しないに違いない。身内以外は人を見分ける気すら無いらしく、仕事以外ではもっぱら「誰ですか?」「いましたっけ?」「記憶にありません」、まっことファミリーに向いている。マフィアになる為に生まれてきた男に違いない。
 果ては「十代目、まさかそいつのことを」などと言い出すのでろくに雑談もできやしないのだ。ツナが通りがかった女性を見て綺麗な人だねえなんて言おうものならその時は良くとも、後で忘れた頃に涙を流して「俺に飽きたんですか!」と騒ぐのでその話題はタブーだった。

 つらつら考えていると、我に返ったのか恥ずかしそうに微笑した獄寺がスーツの片腕を抜いていた。
「話、後でいいですか。すみませんオレもう」
 慣れてます。
 足を割って腰を入れる、その性急さにこっちこそ気恥ずかしくなる。
 ツナは無言でこくりと頷き、ゆっくりとした動作で背中のベレッタを抜く。
ゴトリと重い音が頭に響いた。
 獄寺もまた、今頃気付いたのか胸のそれを抜いて二つを枕の下に滑り込ませた。その動作やごつごつ重くてでかいコルト・ガバメントがいかにも「らしかった」ので可笑しくなる。この状況に映画のように合いすぎているのと。
 この国らしい、大口45口径。

 母国でもやはり連射可能なオートマチックを愛用していたように思うのだが―――基本的に銃より先にダイナマイトを取り出す男なので記憶は薄かった。
 首やら肩やら唇やらに吸い付いているその顔は、少し痩せたようだった。
 元々細身で、削ぎ落としたような鋭い印象を与える容姿をしていたけれど、それ以上に外で見かけた時には目つきに一段と険があった。
 少し考える。
 自分は、側近でありファミリーを支える太い柱である獄寺しか、長い間見ていなかったのかもしれない。考えてみれば、今こうして熱心にがっついたキスをくれるこの男は、自分より遙かに才能がある。
 この家業での彼は優秀で容赦のない、完璧主義な男であり、その素質は高い地位を駆け上がっていくに足るものだ。
 もし、彼がこの国で一から出発したとしても、そう年を取らないうちに必ず成功する。
 ならば彼はフェラーリやアルファロメオ、マセラティではなく、コルベットを走らせるのだろう。
「思ったより元気そう」
「――え?」
「ううん、こっちの話」
 すっかり熱くなった体をぴたりとつけてくる、その眼差しの熱心さに気を取り直す。
「なんでもないよ」
 獄寺くんは獄寺くんで、一緒にいるのが当然みたいだったから。そしてしばらく離れてたから、変にセンチになっちゃってるんだろうな。
 気にしないようにしよう、ヨシ。

 進んでキスを返す。ゆるい動きでせめてくる舌をかわしながら目を閉じた。そのうち考え事は途切れてしまうさ。
 急いたようにしごいている手を軽く押さえながら腰を引いた。別にじらしているわけではなく、逆だった。
 何度も交わしているし、獄寺は勘が良かった。すぐに考えを読みとり、胸元をいじっていた手を口に突っ込んで舐める。赤い舌がチラチラ覗くたび、ぞくりとした。
「っ……う」
 唾液で濡れた指が入ってくる感触にツナは小さく呻いた。
 流石に三ヶ月ぶりは体がついていかない。急いでいるせいもある。
 できるだけ乱暴にしないよう気遣ってはくれているが、指はすぐ二本突っ込まれた。
「すみません」
 入り口はきついのに、中はもう刺激を待ちきれないでいる。
 そんな状態が自分でありありと分かったので、覚悟して首を振った。
「いい。いれて」
「そんな…」
「いいんだ」
 指が抜かれ、代わりにそこをこじ開けたのはシャレになんないぐらい大きさが違っていた。そのきつさに思わず息を詰めると、獄寺はもう一度謝って腕を掴んだ。
「えっ、あれっ?」
 不意にぐるりと体を返される。バックは嫌いな筈なのに。顔が見えないとかいう乙女チックな理由で……
 ツナがぼーっとしていると、手を掴まれて後ろに引かれた。獄寺の低めた声が耳元でぼそぼそと卑猥な言葉を囁いた。
「触ってください」
「へっ…」
「十代目、お願い」
「や、その向きじゃ上手にできないじゃん」
「んッ……、それで十分…」
 そんな。
 顔を赤らめて、唇を噛んだツナの背中や首筋に固い感触があたっている。その後に、やわらかいもの。
 歯をあてて舌で舐めて、動物のように甘噛む。そんな愛撫にびくびくと震えながら手を伸ばした。そろりと手探りで触れると、獄寺は小さく呻いてぴたりと体を寄せてきた。
「あ、なんか、や……らしい、よ、こんなの…」
「そういうことしてるんですよ。しましょうよ、もっと」
 苦笑混じりに吐き出された言葉にくらりとした。
 やはり生まれなのかそうなのか。獄寺も立派にイタリア男の血が流れている、道理で覚えが早く、応用が利き、こちらが予想もしなかった手をうってくるわけだ。
 熱に浮かされたようなぼやけた意識で言われるがまま手を動かす。可愛かった近所の子がすっかり大人びたのを見るような感慨深さもあれば、稚魚を放流したら鯨になって帰ってきたよーなショックもあり、それらをまぎらわす為にツナはことさら熱心にした。
「ぁ、くっ……」
 ふうっと息を吹きかけられて耳が。
 手の中の、獄寺のものがびくりと震えた。
 背中がぞくぞくして、思わず手を止める。獄寺は構わずそのままぐり、と押しつけるようにした。
「あ、あ…」
 生ぬるいそれがどぷりと注がれる。ぬるついたそれを、萎えた先端で円を描くように尻に擦り付けられるとツナは耐えきれず、一気に膨らんだ前を掴んでシーツに顔を擦りつけた。
 洗濯のりが異常に効いてバリバリになっている固い感触と、洗いざらしの綿の、ザラザラ荒い目にじわりと涙と唾液が滲む。
 口端から涎を垂らして震えるツナの背を押さえつけ、獄寺は少し荒く身を引き、一気に貫いた。

「じゅうっ、だい、めっ…」
 一度出したそれが潤滑剤の役目を果たし、注挿はスムーズになった。内壁を擦られて掠れた喘ぎしか出ない喉に獄寺の指が這い、掴む。
「キスしたい………口、開けてください」
 強引に横向けられた顔に、斜めから唇が重ねられる。いつもとは違う角度で絡む舌の動きが新鮮で、されるがままに応える。
 首の痛さは無視することにした。
 直後に意識が白に塗り潰されて、ツナの喉から悲鳴があがった。