「……とまあそういうわけで、小せぇくせにやたら面倒なんスよ」 「へえ…」 事後のぐったりした、独特のだるさに身を任せ、ピロートークには少々物騒かつダークサイドな話題にうん、うんと相づちをうつ。 人の体にぴったりくっついてがっちり腕をまわして、離れない。獄寺は名残を惜しむようにして首筋に顔を埋めた。 「大変だ、君も」 「とんでもない。十代目のご苦労に比べれば」 「俺別になーんもしてないし、考えてないけどねっ」 小規模なファミリーにも、問題は山積みのようだ。 それを来て早々把握して、人員を配置し、モノにしている獄寺の才能にも舌を巻く。自分ならとっとと見切りをつけてあきらめて、新しい人生なぞ歩んでいるかもしれない。 「く、くすぐったい」 「だっていいにおいします」 「しないって。あ、もう、止めてうわ舐めないで」 「じゅーだいめー………あークソ、起きたくね…」 未練がましくグズグズしていた獄寺だが、時間は来れば携帯も鳴る。 恐ろしい形相で悪態をついていた彼も組織に関しての責任感は人一倍あり、もうしわけありません! と何度も謝りながらシャワーを使い身支度をし、慌ただしく出ていった。 ツナはひとしきりごろごろした後、のそりと起きあがって浴室にこもった。 「お仕事頑張ってね…と」 時間をかけて念入りに体を擦り、頭を洗い、ひげも剃る。といっても、ツナの体毛はその髪同様色素が薄く淡く、しかも全然生えないので三日に一度で十分なくらいである。 いやこれは気分の問題だ。 男のたしなみってやつなのだ。 誰に言われるわけでもないのにツナは一人で弁解し、体をタオルで拭う。散らかった服を拾い集めて着て、背中に再びベレッタを刺す。 「今日中の便に間に合うかな……」 パタパタと足音を立てながら階段を下がり、こっそり裏口から顔を出す。流石に正面から堂々帰る度胸はなく、辺りをうかがって大丈夫そうだと判断したツナは飛び出し、 その瞬間両脇から腕を引っ張られてバランスを崩した。 引っ張られたせいだけれど、そのおかげで転んではいない。 慌てて両脇を見ると強面の大男が両脇に立ち、薄ら笑いを浮かべている。 しまった…やばい…これはちょっとマズイ事態ですよ。 叫ぶ間もなく車に押し込まれてしまう。 車の中で、ツナは恐怖も忘れて顔を顰めた。改造された座席で無理矢理正面に座り込んだ男が、ぎょろりと目を剥いて隅から隅まで眺め回す………明るい茶の目とブロンド。顔つきから見て地元の人間ではないようだ。 両脇の男達も腕を掴んだまま無遠慮に見下ろしている。 居心地悪く尻をもぞもぞさせていると、幾らも走らないうちに車は止まった。小さな街なのだ。 「これは何だ? 本当にあのゴクデラの」 「小さいし、ガラガラに痩せてるな……趣味が分からん」 訛りの強い英語にツナは無表情を貫き通していた。こんなのは慣れているし(ボスにしちゃ見栄えがしないと、十三の時から自分でも思ってた。今更人に言われることでもない)、リボーンの教えがその身に染みついていた。 ツナが身の危険を感じるのは、命を狙われているとき。 ボスを誘拐なんてまどろっこしいことをする人間はそうそういない。だから正体はばれていない。 それに誘拐にしては随分のんびりした連中で、お世辞にも頭は良くなさそうだ。 縛られた縄をじわりと緩めながら、ツナは冷静に男達を観察していた。 「ジャパニーズはそうなのさ。ゴクデラも……」 彼等は獄寺を日本人と知っているのだろう。当然か。獄寺隼人ってのは日本名だ。 そして変な偏見があるらしく、ツナの無反応をすっかり言葉を知らない故だと思いこんでいる。 これは好都合だった。 リボーンは言っていた。言葉が分かると思えば、軽々しく口を利いたりしないだろう。黙っておけば良いことはたくさんある、と。 ツナは言われたい放題を完全無視して、わざと怯えた様子できょろきょろ辺りをみまわした。 倉庫らしいみすぼらしい汚れた床。放り出された荷物。積まれた箱。 怪しさ百倍のこの場所で、果たして俺の運命やいかに。 そのうち仲間内で獄寺の趣味を罵倒するにも飽きたのか、彼等のリーダーらしい男がにじりよってきた。 のばされた手に上着をむしり取られ、胸を鷲掴みにされる。イテエ! と日本語で叫ぶとギャラリーはゲラゲラと笑った。 「ちいせえのはどこもかしこもだ」 「こんな女、まるで子供じゃねえか」 女?! ツナは目を剥いて驚いたが、彼等はそれを怖がっているのだと勘違いしてしまった。 安心しろ、俺たちは変態じゃねえ、子供には興味がないなどと宥めるように言われ、口の中にアメを突っ込まれる。 「イイコにしてりゃ、何もしねえさ」 どうやら完全に誤解されてしまったらしい。 上着を剥がれ、今や背中の銃を隠すのは薄いTシャツ一枚になってしまったわけだが……ツナは落ち着き払ってアメを舐めていた。 恐らくあのリーダー格の男、言動と容姿から言って獄寺の話に出てきた、この街のファミリーの血縁者だろう。 ボスに息子はいないが甥がいると、そしてその甥のせいで組織がバラけ、弱体化してしまっている、なんていう有り触れた話だった。 能なしで有名な甥が裏でコソコソやってやがるんですよ、まったくの小悪党で心配はありませんがね……と軽蔑の表情を浮かべた獄寺の顔を思い浮かべる。 獄寺くん。 少なくとも彼等はキミの女(これがショックだ)をかどわかすぐらいは悪意を持っているみたいだね。 手際も見事だし、裏口から出てきたツナをばっちり捕獲している。 そうバカには思えないけど、当人はバカっぽいなあ。 「ふーっ」 ツナは腕の縄も緩められたし、腰にはベレッタがあり、体力も少々腰がガタついていることを除けば良好だった。 倉庫は隙間だらけで小柄な彼にはすり抜けるのは容易だろう。 しかし、嫌な予感がしている。 獄寺の言っていた事が、どうしてもひっかかる。 すなわち、 「………これが、あの男の………か?」 最近勢力を伸ばしてきた余所者に、そいつが通じているのではないか。裏切り者なのではないかという疑惑。 突然開いた扉と、方言とはまた違う特徴ある英語の発音。 ゆっくりとした足取りで近づいてくる一人の男の気配に、ツナは嫌な予感が的中した事を知った。 |