だって俺はもう扉を開けてしまったし、相手は相当急いでいた。コンコンっていうノックがガンガンって音になって、切羽詰まったような呼びかけがリボーンさんリボーンさん!って。
「………」
「………」
扉を叩いていた手が、空中でそのまま止まってる。
俺は椅子に座ったまま手を伸ばしてドアを開けちゃったので、背の高い相手に思いっきりまじまじと見下ろされていた。

2年後の獄寺くんは髪が程々に伸びて、それを乱暴にひっつめて、それにとても厳しい顔をしていた。眉間のシワがまた増えてる。煙草の匂いは相変わらず。
最初ドシリアスで精悍な顔をしていた彼は、俺をみてまずくわえていた煙草を落とした。火が点いてなくて幸いだ、火事出すところだよ。
「や、やあ」

ひさしぶり?
元気してた?
獄寺くん、やっほー。

間抜けな挨拶が数々頭を巡ったが、口に出す前に俺は
「ぐえっ」
ぎゅむーっと力一杯正面から抱きしめられて呼吸困難になってしまった。
耳元でじゅうだいめ、じゅうだいめ、ずっとエンドレスで繰り返される。そのうちぐすとかグズとかいう音が聞こえてきて、獄寺くんは泣いてるんだと分かった。
「………」
早口のイタリア語で神に祈りを唱え、合間に啜り上げる。なんだか聞いてるうちに段々、俺までも涙が出てきそうになった。
「ごくでらく…」
「じゅうだいめっ!」
彼はがばりと顔を上げた、涙でぐしゃぐしゃの。
そして笑おうとして失敗し、首を振ってもう一度俺を抱きしめた。ああ、もうほんと泣きそう―――

そんな感動の場面、俺がたりと、(男の頃寄りかはちょっとでも美しいに違いない)涙を流す寸前。
それまで10代目コールをしてグスグス泣いていた獄寺くんは、不意にピタリと止まってしまった。

う、うん。
実は俺も気付いていたよ………
獄寺くんの、ぎゅうと背中にしがみつく腕は長いから余って前にまわっちゃう。その手は周り回って俺の正面、つまり胸の辺りをわしづかんでいる訳だね。ほい。

「じゅっじゅっじゅ」
「そう、なんだよ実は」
「じゅうだい、め」
「俺も予想外の出来事でどう対処したらいいのか………ほんとわっかんないんだけどね」
「―――若いっすね」
「そっちか!ハハハ!」
じゃなくてよ。なあ。

俺は決心し、獄寺くんを部屋に引き入れて扉を閉めた。されるがままフラフラと前に立つ彼へ向けて、とりあえず。
わかりやすく。
手っ取り早く。
「こんな感じ?」
スーツの前をがばっと割った。
当然発育不全の胸だけでなく、足まで全部見えるから説明不要だハハハやってやったぞー。

「………はぅっ」
「ぎゃーごくでらくんがー!!!!」
「だから言ったろーが、ダメツナめ」

浴室から手を拭き拭き出てきたリボーンの前で、獄寺くんはもののみごとにぶっ倒れてしまった。





かくかくしかじか事情を説明すると、獄寺くんはなんとも微妙な顔をした。
「女の俺なんて気持ち悪いし頼りないと思うけど」
「そういうことじゃなくてですね………」
今度は苦しそうな顔でリボーンを見てる。なんだろうか。
リボーンはといえば、説明を終えた途端にもうスーツに腕を通して出かける準備だ。
「後は任せた」
「ちょっと待ってくださいよ!?」
「何か不都合でもあるのか?」
彼はリボーンの冷たい視線に身を凍らせた。
ウンウン、俺もその気持ちは十分に分かるよ。
「俺、俺、俺はですね」
「―――信頼してるぞ、獄寺」
リボーンはにやりと笑って帽子のつばをあげ、軽やかな足取りで口笛を吹き吹き出ていった。
ナニあの上機嫌。

残された俺はどうすればいいんでしょうか。
獄寺くんは相変わらず凍ってしまっているし。
ってか忘れてたけど、俺風呂に入りたいんだったよ。

「ねえ獄寺くん」
「ははははいっ?!」
「俺さ、変な匂いしない?」
「とんでもないですっ」
「………じゃなくて、なんかねえ、人工ナントカに浸かってたせいで生臭いの。風呂に入りたいんだよう」
「………」
「リボーンがお湯ためてくれたんだけどね、俺足まだ動かないんだよね?」
「………え」
「悪いけどさ、浴室まで運んでくれる?ついでに洗ってくれるとありがたいんだ腕まだ重くて痛いから辛くて」
「勘弁してください!!」
獄寺くんはいきなり土下座した。かわらないなー、彼。
「なんでさ」
「なんでって10代目、貴方は今女性なんです!」
「うん。そうだけど」
「俺は男です!」
「知ってるよ。………ああ、大丈夫大丈夫。見てこんなんだよ?」
べらっとかぶっていたタオルを開くと、獄寺くんは回れ右をした。
「10代目、いけません!」
「だいじょーぶだってー。教育に悪い体してないから。ほらほら、全然、こんなの男とかわらないって」
「とんでもない!」

………俺は感動した。
俺の知っている獄寺くんは女性に対する態度は最悪(勿論それは男にも変わらない)、愛想もへったくれもない上に睨み付けるぐらいなんだけど、心の底ではこんなにも紳士なのだね。
見習わなきゃなあ。
でも、これとそれとは話が別ですから。
「獄寺くん、これは命令だ」





結局ボスの特権を行使して、獄寺くんに無理矢理頼むことにした。だって我慢できなかったんだもの。
「やー悪いねー!」
「いえ………」
頭から背中から足から全部洗って貰ったよ。流石に前はスルーしましたけどね、幾らなんでもそれはねえっていうか、まだ俺の心の準備ができてないもんで。
「獄寺くん濡れちゃったねえ」
「………はあ」
「あ、ついでに入っちゃえば?」
「10代目、先に上がってください。ふ、ふ、拭きますから」
「ありがとーほんと助かるなーウン」
俺は一足先にタオルにくるまり、部屋に戻った。獄寺くんは俺を運んだ後浴室に戻ったが、

それから一時間出てこなかった。
「知らなかった………獄寺くん、長風呂なんだぁ…」