主がいないにも関わらず、あの日から、一日たりとも掃除の入らない日はなく。
庭もよく手入れがされ、昔のままだった。つるばらの絡まるあずまや、点々と奥へ続く敷石。
屋敷に集められているのはボンゴレの主な構成員。大多数が幹部や近しいファミリーのボスであり、主人亡き後組織をまとめ上げてきたそうそうたるメンツもずらりと並んでいる。

細身で長身、不審な表情を隠しもせず苛々と煙草の煙を吐き出しているのが獄寺隼人。
少年の時分から10代目に忠誠を誓い、名実共に右腕と称される、現在ボスに最も近い男。その頭脳と経営手腕、戦闘能力はずば抜けている。しかし彼自身は未だ10代目ボンゴレボス、沢田綱吉にその全てを捧げており、何度会議でその話が出ても不機嫌と爆弾で応じる徹底ぶりだった。今は若干長い前髪の間から、凄んだ目つきを部屋の上位置へ向けている。

筋肉質の体つきで、見上げるほど背が高く、にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべながらぐるりと部屋を見渡しているのは山本武。
綱吉とはジュニアハイスクールの時から同級生であり、誰からも好かれる闊達な野球少年だった。今もその抜群の運動神経でもって近所の子供と草野球を楽しむのんきなマフィアだが、そこはそこ、仕事はきっちりとこなしていく有能さ。もう一人の右腕とも言われるほどボスには頼りにされていたし、部下にも慕われ、人望が厚い。だが野心はなく、サイドから囁かれる打診を飄々としながらも、すっぱり切って捨てる精錬な男だ。

その2人が両脇を、やや距離を置きながらも固めているのが雲雀恭弥。
1つ上の元先輩だったが、何の因果かボンゴレに入ってしまった………?
入ってるのか入ってないのか微妙なところではある。
その強さと生命力は学生時代より折り紙付きで、今は物憂げに細められた目、その顔立ち、共に一見麗しく美貌と称してもいいようなものだが、いかんせん気配が剣呑過ぎ、殺気立ち過ぎている。凄味がその魅力を引き立ても、打ち消しもしているようだ。
本人は群れるのを嫌孤独を愛するスナフキン体質なのに妙なカリスマ性を持ち、後から後からトコトコ部下希望がついてくるので、生前のボスにその処理を任せたり、仕事を請け負ったり。まあまあ色々関わりがあったその義理でと言い切り、今回に限り出席したようだ―――

ざわつく大広間の壇上に、コツコツと靴音が響く。ハイヒールの踵を鳴らして入ってきた美女に一堂はざわつき、とりわけ獄寺は目を閉じて「うっ」、口元を抑えたが、彼女はメタルフレームの眼鏡をかけていた。スーツを着て、知的有能秘書といった様子。深いスリットから惜しげもなく出ている脚線美に、一部を除き皆の目は釘付けだ。
「どったの?」
その一部がけろりと問う。両腕を頭の後ろで組む山本をビアンキは一瞥し、黙りなさいと言うように手を振った。高慢な仕草が似合う、数少ない女。
「静かになさい」
一言、それのみを言って彼女は下がった。
その後から、人が浮かび上がる―――というのは勿論目の錯覚、黒い幕やカーテンの間から現れた黒服の男は完全に気配を消していて、しかもその登場はかなり時間が経ってから戦闘に長けた者にしか気付かれなかったのだ。

黒衣の男、リボーンは子供を一人連れていた。
小柄なシルエット。小さく細いあご。おどおどした目つき。
ピッタリしたミニのTシャツに、大きなベルトを巻いて膝上のスカート。ピンで止めた巻きで、可愛らしいチェック。ずどんと突き出た足がブーツに突っ込んである。
だがファミリー一のお世辞屋がかわいい女の子ですね、と保護者面したリボーンに言えないのは、彼女がその細腰のベルト部分にごっついデザートイーグルを突っ込んでいるからだ。ハンドキャノンと言われる超大口径の、これを撃ったらそのまま後ろへ吹き飛びそうな風情だというのに………

其処にいた者全員がなんだこいつ、と思っている中。
何人かはん?と違和感を露わにした顔をして、いや、ナイナイ。
わき上がる懐かしさをうち消す。

「あの、あのう………」
もそっと小さな声が遠慮がちに響く。その足は落ち着きなくもじもじと動き、小さな身体をもっと縮めるようにして肩を落とし、俯いて―――
「ん」
視線は縋るように脇のリボーンへと向けられた。
無表情のまま、目だけが促すように静かな大人へ。
「長らく留守にしてすみませんでした。ボスの不在という、本来ならば有り得ない事態に今日までファミリーを守り支えてくれたことを感謝します………」
か細い声がシンと静まりかえった部屋に広がる。
怪訝な顔とざわざわが増していくと、斜め後ろで腕組みをしていたビアンキが咳払いをした。
「10代目の―――」
「ツナの子か?」
「隠し子がいたなんて聞いてないけど」
前3人が口々に言うと、少女はびくりと肩を跳ねさせる。
「その………そっくりですね、お父上に」
「似すぎてびっくりだなオイ」
「………ふん」
獄寺、山本、はずいと壇上に上がり、怯える子供を取り囲んで口々に懐かしがる。雲雀はやや離れたところで冷静に観察している。
「ええと………だからね、そのぅ」
「そうか!後継者と知られれば狙われる危険があるので、聡明で賢明な10代目は………流石だ!」
「おまえボスになんのか?ん?なあ坊主、この子幾つ?」
「勿論俺がお守りしますからご安心を!」
「かーいいなあ、これ誰に貰ったんだ」
「あのねっ…」




どんどん隠し子説が定着していく事に危機感を抱いたツナは、早くも大後悔の嵐である。
大体こんなトンチキな格好をしているだけでも恥ずかしいのに、皆の前でお披露目会だと。とんでもない。
(ビアンキめ………!)
ツナは黒のフォーマルなスーツを希望したが、3秒で却下だった。ビアンキは「こういうのは見た目が勝負、インパクトが大事なのよ」と言うなり、子供服屋に連れて行ってファッションショーを開始したのだ。最終的に眩暈のするような女の子っぽい服を着せられ、「これが突っ込んであると見た目完璧」とデザートイーグルをベルトに入れられ、「こんなん撃てやしないよ!元の俺だって…!」反動大きすぎて外れてばっかで威力凄いからしゃれになんなかったんだけどー!との訴えもむなしく「だって小さい子がこれ持ってたらかっこいいから」というデザインのみ重要視した彼女の発言により決定したこの格好、ときたら。
情けない面もちになりながら、ツナは勇気を出して声を張り上げた。
「ちょっと黙って!獄寺くん山本離れて。ヒバリさん、そんな目で見ないでください俺だって好きでこんな格好してる訳じゃないんです!」
はあ、はあ、はあ。
唖然としている皆の前で、ツナはついに覚悟を決めて顔を上げ胸をはった。
「実は―――」
「隠し子作る甲斐性なんぞこいつにあるか。いいかお前らこいつはツナだ。本人。俺が教え、鍛え、頭ぶった切ったあのボンクラを、再びボンゴレのボスにするために連れてきた―――ただそれだけの話さ。単純だろう?」

 


 

もちろん単純なんかじゃない。
その瞬間その場にいた者は皆例外なく口を開けて呆然としたし、次の瞬間には納得してああ、と肩を落としもした。
この人、そーゆーことやりそー………

「リッリッリッリッリボーンさん!!!」
今も昔も変わらぬ呼び名がえらくスクラッチしている。テンパった獄寺は目の前にしょんぼり立ちつくすかつての主の手を掴み、跪き、半分拝んでいた。
「ばんざい!」
「ばんざいぃぃ?!」
喜んでるのかよ!
ツナはびっくり仰天した。こんな状態で歓迎されるとはつゆほどにも思っていない。女がボス、しかも年端もいかぬ幼い外見の、チビでポッポのオッペケペーが「やあこんにちは!ひさしぶり!ボスだよん」なんて言って即受け入れられるなんてどんなのんきなファミリーだ…
「おかえり、ツナ」
にこにこ笑顔のまま違和感なくそんな台詞をのたまってしまう山本。
ありがとう、ありがとう。感動の場面か?そんな。だって俺こんなですし、本物かどうか分からないでしょうが。
「用はそれだけ?帰るよ僕」
あんたはまたサラリと!
すたすた会場を後にしてしまいそうなヒバリにリボーンが声をかけた。
「待て。話はまだ終わってねえ」

―――来たよ。

ビクビクしながらおっかなびっくり振り返る。リボーンはツナの襟首を掴んで引き回し、自分の横に置かせ、腕組みをし全てを静観しているビアンキに目で合図を送った。
「こいつが絶望の余りドタマぶちぬかねえよーにおさえとけ」
「ぜつぼうのあまりどたまぶちぬく?!」
そんなこと今からこの状況で発表する気かお前?!?
ツナはガタガタと震えだした。リボーンがこう言うときは大概ご機嫌なジョークなどではなく、100%真実だった。そもそも、この男は自分をいじめるのをライフワークであると考えているふしがあり、何をしてもいいとふんぞり返る暴君だ。
そして案の定、その予感は的中した。

「今現在、ボンゴレは過度期に来ている。利潤は大きいが組織としてまとまっているとは言い難い―――そこで」
ぐいっと前に押し出され、突き出される。
「長らく不在にした詫びの意味も込め、安定の為に、ボスが責任を持って後継者を作る」
作る?
「協力者候補はこの俺が選出した。獄寺、山本、ヒバリ。うちのファミリーからは以上。そして更に」
パチン。指を鳴らすと扉が開き、ドヤドヤと大勢の人が入ってくる。ただでさえ多いのに、すし詰め状態だ。
「ディーノ」
「よっ」
「皆知っての通り、キャバッローネのボス。資格は十分だろう、そしてもう一人」
「沢田ちゃーん!」
ぶんぶんぶんっと両腕を振って入ってきたのは、あろうことか長らく敵対関係にあるトマゾファミリーボス、ロンシャンだった。
今は休戦協定を結んでいるとはいえ、まだまだ両陣営に禍根を残すピリピリしたムードが間に漂う。
「アホのロンシャン」
「アホって!」
失礼だろー!と焦るツナの前でロンシャンはえへえへ笑いながら「アホじゃないよー」。
いやこの場合少し怒れ!とさえ思った。
「両ファミリーの発展の為に、協力を快諾してくれた。見た目に合わず、バカじゃない」
「おまっ………ひとこと多いよ!」
ツナはごめんごめんとぺこぺこ謝る。相手は気にしなくとも、あまりの言いように自分が気になるのだ。友人として、同じ世界で同じ立場と責任を担う同士として………申し訳ない。

「こっ………これだけ集めて何をするつもりだリボーン!!」
声を張り上げる、と、集まっている皆がざわっと引いた。流石に温厚なツナも血管が切れそうだ。
「選べ」
「は?」
「よりどりみどりだろ?好きなのを選ぶんだ。それから作れ」
「何を!」
「後継者を、だ」
「何言ってんのか意味わかんな………い、よ」

ゾワッ。
鳥肌が全身に立つ。その思考に至ってしまった自分を殴りつけたい。
「は、はは」
人間、本当に感情が激すると、笑うことしか出来なくなるのだ。
「はははは、そんな、リボーン」
「………」
無表情でじっと此方を見つめる視線は本気だ。実際頭の中でパズルのピースがガタガタとはまっていく。
膨らみすぎたボンゴレ。脆いボンゴレ。部下達の不安、敵に付け入らせる隙を作らないため、ボスは必要だ。しかも、長期に渡って安定させるとなれば。
だからってそんな非人道的な選択を迫られるなんて、夢にも思わない!
「そんなこと出来るわけナイダローガッッッッ………!!!」
力一杯叫んだせいで眩暈がする。脳に酸素が行ってねえ、いやこいつどうかしちまってるおかしい狂ってる!

がくんと折れた身体を支えるために腕が四方八方から伸びてきて、それにすら恐怖に襲われた。
ツナはちっちゃくなって床に蹲り、支えるビアンキの足に齧り付いた。
「夢なら覚めろ―――!!!!」





むろん覚めない。夢ではない。
冷静になれ頭を冷やせと入れられた自室のベッドの上で膝を抱え、ガタガタと震えながらツナはさっきから一度も瞬きをしていない。
「大丈夫?」
流石にクールなビアンキも同情的な反応だ。隣に座って爪を磨きながら、時折覗き込む。
「どう………」
「ん?」
「どうしたら………いいと思う………?」
「逃げても無駄よ。リボーンが地の果てまでも追っていくでしょう」
「やっぱそうか………はは………俺………俺が?ありえ、ないだろ…」
「物理的には可能でも、感情が追いつかない?」
「可能とか言うな!」
「そのための女性体だったわけね………」
「ああああっ!くそっ!」






→ こういうウチワの事はファミリーが一番安心だよな
→ こうなったら覚悟を決めてディーノさんにお願いしよう
→ ロンシャン、よろしく!

→ リボーンめぜったいゆるさねえ………!(本筋)