扉を開けた瞬間後悔した。どうしてもっと慎重にしなかったのだろうと。
ツナは伸び上がってドアを開けたが、相手はほんの少しそれが開いただけで苛立たしげに足で残りを蹴り上げた。結果椅子の上からみっともなく転げ落ち、顔面から着地するはめになってしまった。
「いってえ…!」
更に。
「ぐえっ……」
げしい、と背に足をのせられてツナは仰け反った。
「あ、ついうっかり」

うっかりじゃねえだろ!!
ちくしょーいてーじゃねーか!

ツナは涙目で相手を睨んだが、即表情を正した。今は驚きのそれのみだ。
男もまた滅多にないことに―――目を見開いてツナを凝視していた。
「ヒバリさん?!」





「………とまあこんな事情で」
「ふうん………」
床にへたりこんだまま延々説明していたツナは途中、手を拭き拭きやってきたリボーンに要所要所補足されながら、最終的にヒバリに訴えた。
「見てくださいよ!」
勢いよくがばりとスーツの前を開ける。つるりとした幼児体型があまりにも見事すぎて、いっそ感心してしまう。
「おれ、おれこんなになっちゃってるんですよ!酷いですよねえ!」
「………………………そう」
ツナとしては―――人にこんなことをしておいて、つれっとしているリボーンに対する当てつけもあり、ヒバリは多少暴力的な面はあるが人間としては極まともな道徳規準を持っているので、この異常さを理解して貰えると思った故の行動だった。
「わかった、わかったから」
しかしヒバリは頭でも痛んだような顔をして、背けた。
「そんなもん僕に見せるんじゃないよ」
「あっ、わあすみませんお見苦しい物をっ」
「別に…」
そのやりとりを一部始終見ていたリボーンは、一瞬だけ口元を歪めたが、ヒバリの視線が向けられるとまた元の無表情に戻った。
「俺は用事がある。ヒバリ、しばらくお守りを頼む」
「なんだって?」
「おいリボーン!」
そのまま身を翻し、すたすたと出ていってしまった。

後に残された方が気まずいったら。
「………で?どうするの?」
「えー、俺はとりあえずふろにはいりたいです」
「入ればいいじゃない」
「足が動かないです。まだうまくいろいろ行き渡ってません」
「まさか僕に洗えなんて言わないよね?」
ウッ。
ツナは言葉に詰まる。いや、もちろん全部じゃなくていい!
浴室に運んでくれるだけでもお願いできないかと………思っていた。
「そ、そこまでは。畏れ多いというか」
「………はぁ」
ヒバリの顔があからさまにほっとした。珍しい。
「あのぅ………ただ、あっちまで、一人じゃ行けないんでですね」
「………ふぅ」
仕方ない、という仏頂面でヒバリは腕を差し出してくれた。
ツナは喜んでありがたやーと拝みながら、スーツを脱いだ。
「なんで脱ぐのさ!」
途端ヒバリは手を引っ込め、信じられない!と心底呆れた表情で壁を向く。
「えっ、だってあっちで脱いでもこっちで脱いでも一緒だし」
「一緒じゃない」
「は?」
「一緒じゃないんだよもう。それとも引きずってく?」
「着ます着ます」

浴室まで運ばれ、タイルの上に下ろされた。
その直後まるで汚い物でも封じ込めるかのようにヒバリは扉をばたんと閉め、寄りかかって座った。
「ヒバリさん?」
「………一応見張る必要あるんだろ」
「あー………どうも………」
結構ショックだ。
ツナは久しぶりにヒバリにあって、怖かったけど嬉しかったのに。彼はまるで拒絶の態度を取る。
蛇口を捻ってお湯をだしながら、ツナは俯いてため息を吐いた。途端視界いっぱいに自分の下半身があったので、慌てて顔を上げて頭を振った。
ああ、俺のが頭痛がしてきた。

元々体毛が薄く、その色も薄い。平坦で枝のように細った体に第二次性徴の欠片もないが、これは成長するごとに………
ぶるる、考えたくない。
どこまでも落ちていくテンション。ざあざあと頭を濡らすシャワーの音だけが響く。
「沢田綱吉」
「……はいっ?」
「何をぼーっとしてる?さっさと済ませろ」
「そ、それがですね」
ネガティブな感情が引き金となってしまったのか。
さっきまで動いていた腕がやけに重く、持ち上げることすら出来ない。動かない。
「腕動かなくなっちゃった………」
ぽろ、と涙がこぼれた。ツナは呆然とした。
新しい体はやけに感情に正直で、素直で、しかも制御できない。この不便さはなにごとだ。
ヒバリはしばらく沈黙していたが、やがて決意をしたように立ち上がった。
「………わかった。ちょっと待ってて」
「あの、どこ行くんですか」
「ちょっと近所にね。頼めば面倒見てくれそうな知り合いがいるから」
「えー?!」





ヒバリが知り合いを持っているだけでも驚きなのに。
突然浴室のドアを開けたそれを見てツナは仰天し口をぱっかり開けてしまった。
「こんにちは!まあまあ風に吹かれたら飛んできそうな細い子だよ!」
この大声のおばさんは、何者だ?
「あなたはだれですか?」
「あたしゃね、そこの通りの靴屋のおかみだよ。お得意さまが血相変えてやってきたから何事かと思えば―――」
靴屋のおかみさんは言葉を切り、ツナを上から下まで眺め回した。
「―――なにかされたのかい?」
「い、いえっ」
「どうしたの?」
「や………服、服が無くて。ダメにしちゃって!水に浸かっててそれで………」
我ながら支離滅裂な説明だったが、おばさんはガハハと笑い、どんと胸を叩いて見せた。
「見た目に合わずおてんばな子だねえ。体、動かないんだって?大丈夫おばさんにまかせなさい。服は姪っ子に持ってこさせるよ、今はとりあえず体をあたためなきゃ―――」
「アハハ!うわ!あのくすぐったいですけど………いたたいた、いたいっ!」
靴屋のおかみさんは威勢よく言い切り、張り切ってツナを洗い出した。
シャンプーは目に入るは息は出来ないわ、ようやく浴室に放り出されたかと思ったら、犬猫のようにタオルでごしごしと擦られる。
「いたいですってば!」
「はいはい」
「ほんとうにいたいです!」

この騒がしい攻防を、ヒバリは一枚壁を隔てて聞いていた。
そして恐ろしげにぶるりと身を震わせ、顔を顰める。やがて受話器を取って番号を押し始めた。
「………あぁ、僕だけど。此処ね、今月いっぱいで引き払って。ちょっとした不都合があるんだよ………でなけりゃただの休憩所にするとかね、考えたらいいだろ」